劇場公開日 2022年12月3日

「1本の鉛筆、1枚の紙きれさえあれば」THE FIRST SLAM DUNK pipiさんの映画レビュー(感想・評価)

5.01本の鉛筆、1枚の紙きれさえあれば

2022年12月6日
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映画の制作には、多くのコストと人材が必要だ。アイデア次第で予算をかけずに面白いものを作ることは出来るが、「本当に作りたいもの」を心おきなく作るためにはどうしたって多額の費用と優れた製作陣が必要になる。
ところが「漫画」という手法は、鉛筆と紙さえあれば、どんな壮大な物語をも表現出来るのだ。言わば手のひらの中に世界を掴むに等しい。

OPにて、湘北スタメン5名が白紙の上に鉛筆描きから生まれ、生き生きと歩き出すシーンを見てそんな事を想った。
ウォルト・ディズニーが、手塚治虫が、情熱を傾けた漫画と映画の同一化もついにここまで来たのか!という深い感慨に捉われた。
スラムダンク連載終了から26年。
バガボンドやリアルを経て辿り着いた井上雄彦の絵柄は非常に写実的だ。
どれだけCGを駆使しようとも、元の絵が実写とかけ離れていては、話も「空想上の作り話」という印象を受けてしまう。(その辺りが新海誠の限りなく惜しいラインかもしれないな。いかに背景がリアルであろうとも。肝心の人物がアニメ絵なのだ)
そこを埋める為には、写実的な劇画が最適だと感じる。

令和の世に至り、マンガ・アニメは子供が見るもの、或いは馬鹿が見るもの、という偏った価値観はすでに払拭されたとは思うが、例えば「料理」にも超一流シェフの粋を極めたものもあれば、FCチェーンで不慣れなバイトが作るものもあるし駄菓子の類だってある。
「漫画」「映画」と一括りにしようとするのが誤りであって、その中には格もジャンルも多種多様なものが内包されているのだ。
そんな中で、このTHE FIRST SLAM DUNKは、実に優れたトップクラスの一品だったと思う。

26年の年月が作品に深みを与えている。原作は10〜20代の心情に寄り添っていたが、本作はそこに40〜50代ならではの懐の深い多様な価値観を感じ取る事が出来る。リョータが洞穴にて慟哭する様には心を揺さぶられた。

原作は「楓パープル」がジャンプ誌上に掲載された時から読んでいる。上手い新人が出てきたなーと思い成合雄彦の名を忘れる事はなかった。(自分もティーンズだったくせに上から目線w)
数年後、スラムダンク連載開始時には流川ではなくまったく別の主人公を立ててきた事に驚かされた。だから本作が表面上、エピソード・オブ・リョータに仕立てられていても驚きはしない。
私の中では「スラムダンク」とは「楓パープル」の延長線上であり、「え?桜木花道?誰それ。主人公は流川だろー?」というfirst impressionが消える事はない。だから、湘北レギュラー5名への思い入れは等しく平等。「アイツら」の青春グラフィティ。花道はまぁ多少比重多めのモモタロスくらいの感覚なのだ。
5名の中では1番余白の多かったリョータを切り口(言わば、映画ストーリーを前に進める切り込み隊長)に据えてきたのはストーリーテラーとして秀逸な判断だと感じた。
(リアリティラインを崩すティーンズ向けのギャグは削ぎ落とされている。コアな原作ファンこそキャラの内言語は脳内補完で済ませて、大人の眼で山王戦を俯瞰して欲しい。)

映画鑑賞中には、いつもレビュータイトルに用いたいフレーズが幾つも閃く。今回の候補は
「井上雄彦サイコー!」
「ジェットコースターのようなワクワク感」
「焦らし上手のテクニシャン」
であった。

漫画原作者が監督&脚本を務めるのはかなりレアなケースだ。
アニメ創世記から「漫画とアニメは別物」「アニメ制作に原作者はさほど関与しない」というのが一般的であり、アニメ監督には「原作などレイプしてなんぼ」とまで言う奴もいるほどだ。
しかし、今回、井上雄彦はそれを許さない。自らディレクションをこなし、
「漫画の中のアイツらが、極めて自然にそのまんま動き出し、喋りだす」という事を見事にやってのけてくれた。
制作スタッフ陣にも感謝したい。リアルさを追求するために、バスケ未経験のスタッフはわざわざバスケを習いにいってくれたそうだ。それは監督の指示ではなく、スタッフ達の自発だったらしい。
「漫画そのまんまのアニメ化」という嬉しい未来を見せてくれた彼には
「井上雄彦サイコー」と賛辞を送りたい。

あとの2つのフレーズは実は同じ事を指している。
「クライマックス?」と思わせておいて実はまだまだと焦らしまくるのだ。(笑)
本作は、最強・山王戦を展開しながら、随所に回想を織り込むという構成になっている。
観客はリョータの幼少期を辿りつつ、白熱する山王戦を観戦していく。
様々な葛藤、様々な確執、乗り越えてきたいくつもの壁が湘北を強くする。
王者山王が心を折りにきても、奴らは何度も立ち上がる。
回想シーンのメロディアスな楽曲から、ついに一転して流れるロックサウンド。
「ついにクライマックス!ここからたたみかける!」と思いきや、暫くするとまたドラマパート。
ジェットコースターに例えるなら、そろそろ最高地点に昇り詰めた!と思って疾走を楽しんでいると、またまた更に高い山が見えてくる。
今度こそクライマックス!と思っても、またまた更なる最高地点が、、、。
登山で言えば「やった!山頂踏破♪」と思ったらまだまだ小ピークだったみたいな。後半はそんなピークが次々と連なっています。
そのサディストっぷりには、井上雄彦氏ってよほど焦らし上手なんだろーなーと思うに至った次第です。
(でも、それをレビュータイトルにすると、まるで毛色の違った大人のレビューになってしまうだろうからやめましたw)

ゴホン!閑話休題。
「漫画」というジャンルの大いなる可能性。
格調高い文学作品でも、青くて熱い人生の1ページでも、壮大な叙事詩でも、鉛筆1本で無限の世界を創造し得る「漫画」
それを「そのまんま映画にする事は可能であるのだ」と証明し、希望を見せてくれた本作。
私にとっては非常に価値ある作品でありました。

原作を知らずとも楽しめるけど、湘北バスケ部各メンバーの性格や背景は知っていた方が何倍も醍醐味を味わえると思います。

※オマケ情報
98年の「ピアス」掲載ジャンプ、オークション価格が急上昇してるー。(コミックスに収録されてないから現時点では幻の作品状態だからね。)
所有しなくていいから読んでみたいだけという人は、you tubeに全コマupして下さっている親切な方がいらっしゃるので高額入札せずとも無料で読めますよ〜。
兄が釣りに行く最期の別れになるシーン、リョータが慟哭する洞穴(基地)など登場しています。

pipi
たなかなかなかさんのコメント
2023年3月19日

pipiさん、コメントありがとうございます♪

思い入れのある作品ゆえ、少々熱の入ったレビューを書いてしまいました💦
「明日のジョー」は良いですね🎶実は通読したことがないので、いつかチャレンジしたいと思っております😆

たなかなかなか
レントさんのコメント
2023年1月18日

本作は実に井上氏の面目躍如と言える作品でした。本当は五つ星なんですが、思い入れのある作品との差別化のためにあえて五つ星にしなかっただけです。
誰もが楽しめる作品て、実は結構難しいんですよね。娯楽作品ほど作るのは難しいんじゃないかなと思います。

レント
bionさんのコメント
2023年1月13日

僕の鑑賞した回は、始まる前から熱気がすごくて、単行本を持っていない自分がちょっと恥ずかしくなるくらいでした。
公開前の悪評で初日鑑賞をやめた自分を殴りたくなるくらいのすごい出来でしたね。

「近江商人〜」は、ひどかったですね。キャバクラ風お茶屋とか、茶屋娘総選挙とか、茶屋娘ダンスとかがあった上に、水戸黄門式大団円でしたから。年末の最後に時代劇を楽しみにしていた人を馬鹿にしてますね。エンドロールでバタバタと席を立つ人がすごかったです。

bion
レントさんのコメント
2023年1月13日

おはようございます。おっしゃる通り、本作はリアリティがあり没入感の高い作品でした。同じ日に観たすずめちゃんは実際の災害をテーマにしてる割にファンタジー色が強すぎて、ちょっとダメでしたが。
ちなみにさきのコメントにインド映画のRRRを入れ忘れてました。危うく鑑賞を逃すところでしたが、昨日梅田ブルク7で観て、驚きました。もしお時間とお身体が許すようなら是非ともご鑑賞ください。

レント
レントさんのコメント
2023年1月12日

明けましておめでとうございます。お身体の調子はいかがでしょうか。

遅ればせながら本作鑑賞しました。いやあ、素晴らしい作品でした。やはり日本映画はアニメですね。昨年末は「アバター」、新年は「非常宣言」と本作を観て、それぞれの国の良い映画を見れて満足です。
日本はアニメ、韓国はサスペンス、ハリウッドは大味SF大作という具合に
よいすみわけができてますね。

今年も良き映画ライフが送れるよう、一日も早くお身体回復されることを願っております。

レント
レントさんのコメント
2022年12月17日

すばらしい生い立ちですね。pipiさんはわたしなんかよりもずっと作家向きですね。
私はあまり多くの漫画を読み漁ったりはしてなかったんですが、十代前半に高橋留美子さんに心酔して、そこから筒井康隆、平井和正の作品を読んだりしてました。まあ、元々特撮物が好きでそのままSFの方に行ったというところです。
でも井上氏のような才能ある方の作品を見せられて自分の才能のなさを痛感して漫画家の道はあきらめましたね。

「あのこと」のpipiさんのレビュー是非とも読みたいものですが、ご無理なさらぬように。

レント
レントさんのコメント
2022年12月16日

お返事ありがとうございます。小学生の頃にデビルマンの原作を読まれていたとは驚きです。私なんてその頃はテレビ版しか見ておらず原作は高校生くらいに読んだはず。それでも当時かなりのショックを受けましたからねえ。
それこそ小学生で読んでればイデオン発動編以上のトラウマを一生背負うことになっていたかもです。
精神年齢はpipiさんの方がずっと上でしょうね。寒くなってきましたので、体調にお気をつけて良いお年をお迎えください。

レント
レントさんのコメント
2022年12月16日

お元気そうで何よりです。本作は見に行けるかどうかわからないのでここで無理矢理コメントさせて頂きます。
本作原作者のデビュー作は今でも鮮烈に憶えています。流川を主人公にした作品は当時、今は亡き手塚治虫氏をしてこの作家は人間を描ける作家だと評させたほどでした。同い年で19のころ彼のデビュー作を見て漫画家への道を私は諦めました。
思った通り彼はその後頭角を現し、人気作家への道に。ただ、私は当時のジャンプの商業主義に辟易して、連載を長引かせるだけの連載に嫌気がさして漫画を読むことを辞めました。
確かにリンチを代表するソープオペラのように作品が独り歩きして予想外に素晴らしいものが出来ることは否定しませんが、当時のジャンプはその行き着いた先以降も連載を長引かせるという悪癖に取りつかれていました。
さすがに作者もそれに気づいて第一部完として作品を終わらせたのは賢明ですが。
ただ私はそれ以前にキャラクター渋滞で本作を読むのをやめてしまいました。やはり私は岩明氏のように最終着地点を決めて書く作家が好みのようです。あのデビルマンがたった五巻で終わってるのを見ると今の漫画家の葛藤もわからなくもないですが。
作品を見ずにコメントするのはマナー違反ですが、今の私はちょっと経済的窮地にあり、作品を厳選してでしか鑑賞できないためご了承ください。
でも余裕が出来れば最優先にみたいと思います。

レント
CBさんのコメント
2022年12月15日

コメントありがとうございました
> FIRSTの意味は「あなたが初めて出会うスラムダンク」
そうなんですね。なるほど!
でも井上先生、俺が最初に出会ったのが、このスラムダンクだったら、ここまで感動はしてないかな。(笑)
いろいろ教えてもらえて嬉しいです!

CB
CBさんのコメント
2022年12月15日

「楓パープル」知りませんでした。
そして、すごい、スゴイ、凄い、このレビュー。いやあ、レビュー読んで感動した。ありがとうございました。
アイツらの青春グラフィティ、いい言葉だわ。
そして、「鉛筆と紙さえあれば、どんな壮大な世界も構成できる」、名言なり。全くそうですね。そういう意味で、小説と漫画は、全ての根底にいて、支え、生み出し続ける存在。あ、ゲームももしかしたらそこに加わったのかもしれないなあ。

CB
NOBUさんのコメント
2022年12月8日

【pipiさんの高笑いが聴こえる・・】
 今日、私は終日静岡県に出張に行っていました。
で、普段は夜にしか見ない映画コメントを昼休憩に見たら
 ”うふふ♪
かつては1万冊を軽く超えていたのですよ。”
 【図書館ですか!】
 ジェラシイよお・・。
 お祝いのお言葉、ありがとうございます・・。返信は勿論不要です。
 あー、悔しい。

NOBU
NOBUさんのコメント
2022年12月7日

今晩は。
 今作は、矢張り自身の作品を愛し、まさかの監督・脚本まで担当された井上氏の執念の賜物だと思いますね。で、私より年下かと思っていたらナント!
 それにしても、6000冊は凄いなあ。私の書斎はギリ1000冊です。悔しいなあ・・。(ご存じの通り、超、負けず嫌い。切歯扼腕状態です。)
 で、すり替え。
 今週末、結婚〇十数年を迎えます。いつものように、プレゼントと花束は手配し、あとは私の手料理です。
 【自慢です!私の料理は京都でイロイロ教えて貰ったので、美味いんです!故に子供が小さい頃から、休日のエッセン担当は私でしたので、休日に家族で外食したことは昼食を除いて無し。で、息子に先日言われた事。”我が家って、家族で外食したことないよね・・”。ガックリ・・。】
 日曜日は、映画は(今のところ我慢の予定。)配信で観て、”NOBU家は奥さんで持っている・・。”という社内の風評通りに”あー、そうだよ、俺んちは奥さんがしっかりしているから、キチンとしてんだよ!”を実践すべく、お美味しい湯豆腐とお寿司にしようかなあ、と思っています。”一本の薔薇と、一皿の美味い料理さえ有れば、夫婦愛は保たれる。”(自分では巧い事を言った積り・・。ホント、スイマセン・・。)

NOBU
田中さんのコメント
2022年12月7日

「漫画の中のアイツらが、極めて自然にそのまんま動き出し、喋りだす」
これなんです。本当にそうなんです。私も同じ印象を受けました。
pipiさんのレビュー、私が言い表せなかったことが数多く書かれてあったので、読んでて「そう!!(共感)」と思わず声が出てしまう場面が多々ありました笑

田中
黒リネンさんのコメント
2022年12月7日

FIRST、最初で最高のデビューになりますよね。

黒リネン
黒リネンさんのコメント
2022年12月7日

僕はこの映画でSLAMDUNKデビューできる人、羨ましいなーって。
漫画読まずにアニメの「進撃の巨人」観るくらいの楽しさですよ。

黒リネン
永田製麺さんのコメント
2022年12月7日

コメありがとうございます。
ラスト無音シーンで流線演出とか、ここぞでマンガ表現とかカッコよかったですよね。
反面、服が常時動いてるとかアニメ表現なんすけど、アニメでもそこまでやってないし、もう怖いわ!って思いましたよw井上監督。

永田製麺
NOBUさんのコメント
2022年12月6日

今晩は
 鑑賞されたのですね。何故か安堵。(実は、キビシイコメントになるのかな、と勝手に思っていたので・・。)
 漫画は子供が読むモノという概念はここ10年で完全に崩れましたね。
 私は勿論小説が主ですが、最近本屋を訪れると、”映画化原作”と銘打たれた文庫本が増えていますね。(否定する積りはありません。逆に嬉しい。)
 この映画は、原作を執筆した方の想いが込められた作品だと、私は思いました。滅多に買わないパンプレットに、原作者の方の”足の筋肉はこんな感じで‥”とか、”ボールを持つ位置はこんな感じで”とか、書かれていると、多くの作品で原作者が”映画はお任せ”と言うスタンスを取っているのに対し、ここまで井上さんは思い入れがあるんだ!と思った映画でもありました。では。本日、サッカーを観た後眠れなくって、終日静岡に出張していたので、流石にもう寝ます。

NOBU