「いじめが題材で重苦しいが、聖性さえ帯びる純愛の美しさに救われる」少年の君 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
いじめが題材で重苦しいが、聖性さえ帯びる純愛の美しさに救われる
物語の主題や重要な要素として「いじめ」を描く劇映画は、日本や韓国はもちろん欧米の作品でも少なくないが、中国ではかなり珍しいようだ。表現の規制が厳しいかの国では、たとえフィクションでも現実にある社会問題を扱う作品の公開は統治上のリスクと考えられるのか、本作が完成した2019年が中華人民共和国成立70周年にあたることもあり、当局の手続き上の理由から劇場公開が4カ月も遅らされたという。
映画は、教室で英語を教える主人公チェン・ニェンの現在の様子から始まる。「失われてしまった」というニュアンスを含む表現"used to be …"を説明しながら、彼女の視線はある女生徒に注がれる。その生徒の様子から、チェン・ニェンは自身の高校3年生の日々を思い出す…。
現在と高3時代の両方を演じるチョウ・ドンユイは1992年生まれの29歳(撮影時は26歳ぐらいか)なので、さすがに高校生パートに入ってすぐは違和感を覚えるが、幼く見える顔立ちのおかげもあってじきに気にならなくなる。
いじめの標的にされた優等生のチェン・ニェンと、夜道で集団暴行を受けていた不良少年シャオベイ。いじめの描写は重く苦しいが、孤独な魂が寄り添うように絆を深めていく2人の日々が切なく美しく、聖性さえ帯びるかのよう。
なお本作は小説の映画化だが、原作をめぐって(中国でも人気の高い)東野圭吾の代表作2作の盗作ではないかという騒動が持ち上がったという。具体的なタイトルを知ると、映画後半のミステリ要素のネタバレになりかねないので、鑑賞するつもりの方はなるべくそのあたりの周辺情報を事前に仕入れずに観るほうがいいと思う。
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