劇場公開日 2021年1月15日

「人間の持つ「愛」に対しての概念を越えてくる新感覚恋愛映画!!」恋する遊園地 バフィーさんの映画レビュー(感想・評価)

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4.0人間の持つ「愛」に対しての概念を越えてくる新感覚恋愛映画!!

2021年1月17日
PCから投稿

恋愛に対して多様性が求められる現代ではあるが、なかなかぶっ飛んだ作品が誕生したものだ。

実話ベースとはいうが、どこまでの表現がモデルの話に近いかは不明である。

フランス映画によくあるファンタジー・ラブ・ストーリーのような、浮遊感、ファンタジーテイストではなく、リアルに人間の相手は人間じゃないといけないのかということを追求した作品でもあるのだ。

今までも人間が機械に恋をするという設定の作品は多く製作されてきてはいたが、人型だったり、人工知能のような、あくまで人間的なプログラムがされてきたものがほとんどだった。

コンピューターが恋をする『エレクトリック・ドリーム』やスマホが恋をする『ジェクシー! スマホを変えただけなのに』、ホアキン・フェニックス主演の『her 世界でひとつの彼女』なんて作品もあったりするが、基本として人間的感覚をもっているし、ある程度の意思疎通を図れたわけだ。

形が何であっても、その中にある人間性というものを知らず知らずのうちに、求めているのわけで、意思疎通ができても動物と人間との恋愛映画がほとんどなく、あってもあくまで人間と動物という地位の中の格差が発生していたりする。

今作は機械の中の人間性ではなく、機械そのものに恋をしているという状態が画期的なところではあるし、あえてゴリゴリの機械であることが、人間のもつ「愛」に関しての概念を覆されている。

そもそも、それが「愛」なのか、新しい恋人が常にいるような母親と一緒に生活していることで、人間のもつ「愛」が何なのかわからなくなっている主人公が、あえて人間的感覚の全くない機械に救いを求めた結果なのではないだろうか。

となると、今作の一番の解決方法としては、周りの人たちの「人間らしさ」に触れることではないかとも思うのだが、そう思うことこそが、人間としての目線からの概念というものに縛られていることでもあるような気もする。

『燃ゆる女の肖像』の中でも、社会的概念に反した愛を体現していたノエミ・メルランが今作にも出演していることで、これを LGBTQの恋愛映画と比べがちな風潮ではあるが、これを多様性恋愛映画と捉えてしまったら、秩序が崩壊してしまう。

社会的概念を覆すことは、時に大切なことではあるが、社会的概念の中で守られていることがあるのも、また事実であり、それは踏み越えてはいけない秩序であったりもするのだ。

性別や年齢、格差、国籍なども越えた「愛」はあっても、常に人と人という概念によって、自由とは言ったところで規制されている。この秩序を踏み越えることは、あらゆる基礎を分解してしまうような危険な領域である。

それを思いついたとしても、ひとつの作品として仕上げたことには、表現者としては評価できる点ではある。

私たちの秩序の中にある概念では、「物」を本来の意味で愛するということを理解しようとするのは難しいだろうが、制作サイドも、それを理解していないで、あくまで設定的なおもしろさから制作したものだとしたら、これは秩序の中の概念の覆しであり、それは人間目線であり、主人公の抱えているものをメタファーとしてみせた作品ということだろう。

私たちのもつ「愛」の意味がどこまで通用するかを試されているようでもある。

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バフィー
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