劇場公開日 2021年3月12日

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「原題通り“取るに足りない幸福の瞬間”が綴られたのどかで微笑ましいドラマ」ワン・モア・ライフ! よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0原題通り“取るに足りない幸福の瞬間”が綴られたのどかで微笑ましいドラマ

2021年3月14日
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鑑賞方法:映画館

舞台はシチリア島のパレルモ。エンジニアのパオロはスクーターで通勤中に交差点で交通事故に遭遇。しかしその死の瞬間に脳裏を走馬灯のようによぎるのは客を待つタクシーの列の順番が解りにくいとか、冷蔵庫の室内灯はドアを閉めた時に本当に消えているのかとか、愛人の意味深な言葉の意味は何なのかといったどうでもいいことばかり。やたらと長い整理番号をもらって天国の待合室で散々待たされたパオロは自分の死に納得がいかないと激しく抗議すると、実はパオロの寿命の計算にミスがあったことが発覚。大喜びするパオロだが誤差はたったの92分。天使とともに地上に戻ったパオロはとりあえず外出前の妻に会うことが出来たがあいにく娘と息子は外出中。果たして92分を大切な家族と一緒に過ごし未練のない人生にすることが出来るのか。

というツカミからドタバタコメディだと思っていましたが、交通事故後の一瞬を俯瞰とは真逆の視点で捉えた印象的なカットが暗示している通り独特なテンポが貫かれたのどかで微笑ましいドラマ。与えられた92分間とほぼ同じ尺で描かれる物語には浮気相手との他愛のない会話や飲み屋で聞いたくだらない下ネタといったどうでもいい思い出がランダムに挿入されて残り寿命が浪費されていく。そんなのどかな雑音はデタラメだけど人懐っこくて憎めないパオロの性格を浮き彫りにし、パオロはどこにでも転がっているような記憶の中に家族との大切な瞬間を見つけていく。ドラマティックに盛り上がることもなく日常のあるあると微かな幻想が綯交ぜとなった映像は思いがけず今の自身の心情と共鳴して、やけにしっかり者の娘に説教されたりゲームに夢中になっている息子に鬱陶しがられたりするパオロの胸の内が手に取るように解った気がしました。

原題は“Momenti di Trascurabile Felicita“、まさに「取るに足りない幸福の瞬間」が綴られた作品でした。

よね