「美味しそうな料理の代わりに奔放な人生に伴う葛藤が紫煙の向こうで振舞われるフィンランド版『美味しんぼ』」TOVE トーベ よねさんの映画レビュー(感想・評価)
美味しそうな料理の代わりに奔放な人生に伴う葛藤が紫煙の向こうで振舞われるフィンランド版『美味しんぼ』
大戦の爪痕が生々しい1944年のヘルシンキ。彫刻家の父を持つ画家のトーベは創作の合間に小さな紙片に独自の世界観の中で暮らすキャラクター達のイラストを描いていたが、それらの小さな作品群は厳格だった父にとっては落書き同然だった。実家を離れてボロいアパートに移り住んだトーベは創作に打ち込むが作品はなかなか世間にも認められず、生活は困窮する。芸術家仲間とあるパーティに出席したトーベはそこで国会議員、哲学者、ジャーナリストといくつもの顔を持つアトスと出会い、別のパーティでヘルシンキ市長の娘で舞台演出家のヴィヴィカと出会い、交流関係が広がっていく中で少しずつ才能が開花し始める。アトスとヴィヴィカとの複雑な恋愛、母との交流、父との断絶、様々な経験がムーミン、ミムラ、スナフキン、トフスランとビフスランといったキャラクターに命を吹き込んでいく。
ポスターイメージのようなカラフルさは殆どなく終始燻んだような映像で描かれるトーベの生き様は保守的な思想に支配された世界の中では実に奔放。様々な困難を自らの力で乗り越えて道を切り拓いていくさまは痛快。現実世界での様々な経験がキャラクター達に投影されていく様子も随所で描かれていますがトーベの周りにいる人達の心情はほとんど描かれないので、常に葛藤を抱えて傷ついては毅然と創作に打ち込むトーベの姿が痛々しいです。特に入念に描かれているのはトーベ以上に奔放なヴィヴィカとの関係。まさにトフスランとビフスランのように寄り添い彼女達だけの世界観に耽溺する様をしっかり強調しているので、物語全体に切ない憂鬱が漂います。もう一点印象的なのは父ヴィクトルとの関係。芸術に対して確固たる理念を持つ父と折り合いを付けられないすれ違いに、自分自身と娘の関係を重ね合わせてしまい胸が詰まりました。随所に挿入されるジャズナンバーをバックに無心に踊るトーベの姿と様々な人達が燻らせる紫煙がノスタルジーを騒つかせる作品でした。