「薄っぺらく、内容が無い」浜の朝日の嘘つきどもと きなこさんの映画レビュー(感想・評価)
薄っぺらく、内容が無い
多くの方が絶賛、高評価の作品だったのでとても期待して観に行きましたが非常に残念でした。
台詞のほとんどが「話しの内容」と「自分の感情」の説明ばかりでとても退屈。
全体的な内容も薄すぎる。
高校生の時の高畑充希と現在の高畑充希が同じ人間に見えない。
吃音のあるような人間が、初めて会う人をじじいと罵れるようになるとは思えない。
家族間の確執もラストまで解決されていないのに、この人間性の変化は疑問でしかない。
(大久保さんの先生に影響されてるのかもしれないけど、警察に捕まったときにはまだ吃音が残ってるのに、次に病院で会う時には治っている。それを「垢抜けたねぇ〜」だけで説明するのは無理があるし、これも終盤なので終始違和感を感じずにはいられない)
経営難で苦しむ映画館を救うお話かと思ったが、世間を舐め過ぎてる。
テレビに取材を受けても、クラウドファンディングで115万しか集まっていないのに急に町民の寄付と併せて450万円集まるのは謎。
しかもこれは映画館を手放さなくてはならなくなった基本の借金で、それが出来るなら最初からそうすればよかったのにと思う。
父親との確執はずっと描かれていないにも関わらず、終盤に出資を頼みに行った際に急に現れる。
ここの感情と関係性も急に形になったものなので、台詞で説明される。
父親に対してそんな風に思ってたの?と思わざるを得ない。
先生の遺産の500万円もそれがあるならそもそも論。
あさひに映画館再建を依頼するなら多少出資しといてくれよと。
と、映画館再建における物語の障害はラスト15分で主人公の活躍は全くない形でご都合主義的に解決してしまう。
ただ親の脛を齧っただけ。これじゃあ感動できない。
むしろ、本当に苦しんでる映画館の人達の努力や苦しみを全く汲んでいない。
特に残念だったのは大久保さん。
なんでこの役は大久保さんなんだ。
あて書きのようなキャラクターを作ってまで大久保さんがやる意味がわからない。
何故、朝日座の再建に拘ったのかのバックボーンもない。
亡くなる寸前、その姿がとても癌に侵された人間には見えない。
そんな元気な姿で死の直前に何を言ってもコントを見ているようにしか思えない。
病に侵されて、ガリガリで見てられない姿になっても、いつも通り下品な笑いを持って映画愛やバオ君、あさひに愛を伝えてくれたのであれば感動できるし、あさひやバオ君のバックボーンにもなるだろうが、このエピソードではただのコントだ。
支配人の弟が朝日座で映画を見てから自殺した事を受け止めて、「映画で人は救えない」と言っておきながら、こんなに人の死を軽く扱うのはなんなんだろう。
問題提起のように思えた地方における雇用と生活環境の改善の問題に関しても、お金が集まればそれでOK。
そこに葛藤もなく、まぁいいじゃん的な終わりでカタルシスが無い。
震災、地方再建、コロナ禍というテーマが右往左往しており結局何も解決しないまま、謎にお金が集まってハッピーエンド。
やっぱり映画っていいよね!というありきたりでうすっぺらい綺麗事をならべただけで、とても映画が好きな人が作ったとは思えない。
また↑の要素に加えて、吃音、いじめ、外国人差別、愛する人の死、排他的な地方経済など、多くの問題提起を「いわゆるこういう事でしょ?」的なアイコンとしてしか使っておらず、実際に苦しんでいる人間に対してとても失礼だと思った。
ただ、高畑充希のおかげでなんとか最後まで観れた。
高校生時代はとても可愛くて、大人になってからも美しさとキュートさを持ち合わせていて、彼女だけを追っていればそれなりに見ていられる。
それでも約2時間は長すぎるが。