「村上春樹とともに、村上春樹を超えて/「マイ」カーとともに「マイ」カーを超えて」ドライブ・マイ・カー critique_0102さんの映画レビュー(感想・評価)
村上春樹とともに、村上春樹を超えて/「マイ」カーとともに「マイ」カーを超えて
この作品の出来は、
「村上春樹」の名前を生かしつつも消すことができるかどうかということにかかっていたのだと思う。
しかし、それは濱口が雑誌『文学界』9月号で語っていたように、まさにテキストに忠実に、そしてテキストを超えていく作業でもある。
わずか60頁程度の短編の作品を179分という長編に翻訳し直す作業は「村上春樹とともに、村上春樹を超えて」いかなければならない。正直に言えば、それは、なかばうまくいき、なかばうなくいかなかったということになるだろうか。
多くの映画評の記事にあったように、クレジットまではタイトルテキストとは別の「春樹」以前の物語だし(もちろんそれが「シェエラザード」や「木野」であることは踏まえてのことだが)、また北海道以降も「春樹」抜きだ。
「春樹」の作品に(広い意味でも、この短編集という狭い意味でも)、そしてそれをテキストとしたこの映画の通奏低音に「流れている」のは「無音」だろう。
「春樹」流のセックス描写はそれなしにはあり得ないし、そこからノイズが生じ、そしてさらに意味が与えられる。
家福の「妻」である音との「物語」は、二人の「心の」沈黙(これがこの物語の主題)から一方的に生じ、それを家福は受け止めること(彼のセックスは無音でしかあり得ない)でしか、彼女の彼女らしさに気づいてはいない。
だから、彼にとって自分の無音を受け止める目の前にいる女性は、「妻」ではなく、セックスの相手である女性でしかない。全てを削ぎ落とした後に残る女性が語る「物語」。それが家福の前にいる女性の役割だった。それ以上でも、それ以下でもなかったはずだ。
そしてまた台本の「イタリア式本読み」もこの通奏低音に通じるものだ。この読みは、「春樹」のセックス観に通じるし、エモーショナルものを抑えた乾いた交わりを描写している。
しかしこのような家福ではあるものの、それとは異なったテキストに意味を見出してもいた。
「私たちはロボットじゃありません」というジャニスのエレーナの言葉は、家福の「正しいセックス」からは離れているにもかかわらず、彼が求めたのは、音が語り出した延長にある物語であり、またその演出描写を実はそこに求めたのかもしれない。自分の言葉ではなく、他者の言葉を借りて。
だから、そのような家福だからこそ、イ・ユナのソーニャとジャニスのエレーナには、その「声」を聞きとろうとしているし、いや実際に聞こえているのだと思う。
このような家福の姿を通して、この作品は、「無音(沈黙)ーノイズー有意味化」を何度も繰り返し私たちに問い返し続け(だから手話を含めた他言語劇があるし)、そして、最後にはソーニャの言葉なき手話としての沈黙のセリフにつながってくる。
翻訳の可能性と不可能性。
一人ひとりの言葉の伝達可能性と不可能性、存在の共有性と独立性。
劇中劇は、本編に重層決定するイメージを刻印している。
言葉が通じると思っていた、あるいはそう思っているはずの者とは誰も結局はまじりえず(そう、音ばかりか、結局は高槻とも、或いはみさきとも)、そうではない、言葉を尽くさない、尽くすことのできない人と交わり得ることができることの予感を教えてくれる。
それを考えれば、この映画の冒頭シーンは、表情が見えぬ者の「影」の語りから始まった。影でしかない声を反復する男のシーンというのは極めて象徴的だろう。
そしてまた、これを十分に理解していればのことだが、「唐突な」ラストシーンも理解できる。
みさきは、吐露を経て・・・(その前段には招かれた夕食会がある)、彼女が選んだのは、通じ得ぬ誰か(犬は言葉なき通じ得るものの象徴)と共有し得る世界を初めて掴んだ姿だったのかもしれない。
場面としてはかなりの違和感があるものの、上十二滝町(中頓別町)でのみさきの言葉。
「母が本当に精神の病だったのか、私を繋ぎ止めておくために演じていたのかはわかりません。仮に演じていたとしても、それは心の底からのものでした。サチになることは、母にとって地獄みたいな現実を生き抜く術でした」。
これが「影」を共有できる彼女と家福との、ただそれだけの同じものも持つことのできる言葉だったのだ。
しかし実はすでにこの声を家福はすでに気づいていたのかもしれない。
「でもどれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。そんなことを求めても、自分がつらくなるだけです。しかしそれが自分自身の心であれば、努力さえすれば、努力しただけしっかり覗き込むことはできるはずです。ですから結局のところ僕らがやらなくちゃならないのは、自分の心と上手に正直に折り合いをつけていくことじゃないでしょうか。本当に他人を見たいと望むのなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います」
家福からすれば、おそらくは存在としては耐えきれないほどの軽さを持っていた高槻という人間のこの言葉は、家福の高槻に対する優位性を砕き、自分からすれば関わりうる他者に対するエゴセントリックな状況に気づかせ、それがこの後のみさきの言葉の伏線にもなってくるのだろう。
それも「マイ」カーのなかで。
「ドライブ・マイ・カー」
SAAB900turboは、家福からすれば、他者と共有しうるテキストだった。
と同時に、家福にとっては、音であれ、高槻であれ、みさきであれ、彼らとの共有性はそこでしか見出せず、また、自分の思いが剥ぎ取られていく場面でもあった。
彼の運転への固執は、自分のテキストに収まりきれなかった彼らを「所有化」しようとするものでしかなく、それが徐々にではあるにせよ、否応なく助手席にしか居場所を見出すことができない自らの位置を確認すること、そう変更せざるを得ないこと、そしてようやく彼らとの共有テキスト性から乖離していたことに気づき、その問いを自分の中に埋め合わせようとした。
それが、このSAAB900turboには詰まっていた。
テキストとしてのSAAB900turbo。ドライブ・「マイ」・カーの「マイ」のテキスト共有性。
これが、本作品の骨子である。
ただ、ひとこと言っておこう。
やはり、広島からみさきの出身地北海道への場面の転換だけは、あらゆる解釈の彼岸にある。
『文学界』9月号の「提灯」エッセイでは「素晴らしい転換」などと評する言葉を吐いていた者がいたが、僕はそう思わない。ここは本当であれば広島で完結すべき内容で、最後になり「春樹」の語らなかった言葉を超えて語りすぎたのだと思う。家福にせよみさきにせよ(高槻がそうであったように)、音の言葉が潰えた「広島」でどの者の語りも終わらせるべきだったであろう。
語られず残されているままのオマージュを容易な場面転換で回収すべきではなかったと、自分は思う。