「1冊読了」ドライブ・マイ・カー カツベン二郎さんの映画レビュー(感想・評価)
1冊読了
原作があるので当たり前だが、他の原作映画以上に観賞後に一冊の小説を読み終えたような感じを覚える不思議な映画。
村上作品を意識してか、意図して文字を追っていくのと同じスピード・テンポでストーリーを進行させる演出と脚本が要因だとしたら、僭越だが相当な技術を持った監督だと思う。
物語は子供の病死からいつの間にか心底本音をぶつけて話し合う事を避けるようになり、妻の死に対し罪の意識と大きな喪失感を持った男が、生きていれば娘と同じ歳で同じように母親の死に後ろめたさを感じ続けて来た若い女性と遭い、お互いが嘘のない誠実さを認め合って行くうちにうっすらとした疑似親子のような関係性が出来上がり、心の内を露わにしていく事でそれぞれが今後の人生を前向きに考え歩んで行けるようになるという話。
主演の西島秀俊は表情の変化があまりない俳優だが本作ではそれが功を奏し、妻との関係を壊したくないが為に一切の詮索をせずに平常を保ったままでいる、ある種臆病な役柄を好演している。
妻役の霧島れいかは亡くなった妻や別れた元妻役を演じさせたら日本一だが、心を病み秘密ありげな雰囲気を上手に醸し出しており「妻は一体何が言いたかったのか」という物語の根幹部分を観ている側の頭の中にしっかりと残した。
運転手役の三浦透子は見た事があるという程度の女優さんだったが、登場時の地味な服装の寡黙な雰囲気から一転、物語終盤に自分の過去を雄弁に語り始め、ラストでは年齢相応の様子にガラリと変え、別人のように生き生きとした表情で前に進んで行くという姿勢を大きな落差を利用し観ている者に対し強く印象付けた。
運転でその人となりがわかると言うが、主人公家福がストレスのない運転をするみさきにプロ意識と人を気遣える誠実な性格を認め、みさきは年代物の車の状態などから家福のぶっきらぼうだが真面目で嘘のない性格を見抜き、お互いが徐々に距離を詰めて行く過程を時間をかけゆっくりと丁寧に描かれているのだが、今の時代にサーブ900という車の持つイメージ(赤じゃないかなとは思うが)と不思議と合っており、アクション映画以外で車が主役レベルの活躍を見せる稀有な作品だと思う。
(願わくばもっとインパネやトランクなど車内の映像が欲しかった。)
観終わった後に長距離ドライブに行きたくなってしまった。車内喫煙OKにして・・・。
村上春樹作品という事もあり観るものを選ぶ映画に入るとは思うが、大きなイベントがあるわけでもないが3時間が長く感じる事はなかったので、迷っている人には薦めたい映画である。
悲しいかなSAABという自動車メーカーが今や存在しないからこそ成立する映像てした。さもないとコマーシャルフィルムになってしまうので。(テネットにも出てくるSAABもそうでした。)