皮膚を売った男 : 特集
難民の背中に入れたタトゥーがアート作品に
現代社会を風刺した傑作ドラマ
話題の映画を月会費なしで自宅でいち早く鑑賞できるVODサービス「シネマ映画.com」。本日2月4日から、第77回ベネチア国際映画祭のオリゾンティ部門男優賞受賞、第93回アカデミー国際長編映画賞にノミネートされた「皮膚を売った男」の先行独占配信がスタートしました。
チュニジアの女性監督カウテール・ベン・ハニアが、「もしも生身の人間が芸術作品となり、売買の対象になったら」という設定のもと、移民・難民問題をめぐる偽善や現代アートに関する知的欺瞞を風刺し、理不尽な世界の在りようをユーモアたっぷりに描いた人間ドラマです。このほど編集部が見どころを語り合いました。
シネマ映画.comで今すぐ見る皮膚を売った男(カウテール・ベン・ハニア監督/2020年/104分/G/チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・サウジアラビア合作)
<あらすじ>内戦の続くシリアから脱出し、難民となったサムは、現代アートの巨匠から驚くべき提案を受ける。それは、サム自身がアート作品になるというものだった。大金と自由を手に入れる代わりに背中にタトゥーを施し、「アート作品」になったサムは、高額で取引される身となる。売買され国境を越えたサムは、やがて恋人に会いに行くのだが……。
座談会参加メンバー
駒井尚文編集長、和田隆、荒木理絵、今田カミーユ
■ハイコンセプトなチュニジア初のオスカーノミネート作
和田 実在の芸術家の作品に影響を受けた映画ですが、皆さん、いかがでしたか?
駒井編集長 これは傑作ですね。ワンアイディアで突っ走りますが、最後まで見事に走りきったすごい映画だと思います。「皮膚を売った男」という題名もいいですね。
和田 人間の体がアート作品になったらという発想、設定が面白いですよね。
今田 監督がベルギー人アーティストのビム・デルボアが実際の人間にタトゥーを施した作品「Delvoye's Tim」を見たことが本作製作のきっかけだそうですね。そのほかデルボアさんは豚にタトゥーを入れた作品、大便の製造過程を機械化した排泄装置など、誰もが驚く作品で知られているようです。
駒井編集長 ものすごいハイコンセプトな映画だと思います。シリアの難民問題を見事に活用し、ISISも登場させたりして、リアリティーを醸成しています。 チュニジア人の女性監督だそうですね。
今田 フランスで映画を学んだ監督で、本作がチュニジア初のオスカーノミネート作です。
荒木 実際にタトゥーを売った人のエピソードを下敷きにしている、というのもすごいですよね。そこからこんな広げ方をするのは見事です。
和田 私は序盤、主人公の言動にちょっとイライラしたのですが、それは内戦が続くシリアの難民問題などが色濃く影響していたわけで、見ていくうちに主人公の心情、物語展開に引き込こまれました。
駒井編集長 映像センスも相当でした。鏡を使ったシークエンスとか。
■主人公の一途なラブストーリーも見どころ今田 コンセプチュアルアートを題材にした非常にコンセプチュアルな映画ですが、その一方で軸になっている恋愛物語が素朴な感じなのが好感が持てました。
駒井編集長 女性陣に質問ですが、この主人公の恋人は、あんまり好きでもない相手と結婚しますよね。あれはアリ?
今田 内戦下のシリアを出るため……という生存戦略であると思ったのですが、イスラム圏なのでもしかしたらお見合いなど家同士で決められた結婚だったのかなと思いました。
荒木 主人公がちょーっと独りよがり感があるのでw個人的には結婚には不安があるなとは思いましたが、あの女性の立場を考えるとああなるなと思いました。
今田 自分自身で生きていける力がないと、シリアにいる頃のあの頼りなさげな主人公とは結婚は決断できないですよね……。
駒井編集長 そうか。あの女性がもっとも上手くサバイブしたって話なのか!
今田 さほど好きでもない相手と結婚し外国に逃れ、しっかり通訳の仕事を見つけていたので、彼女も相当タフな女性として描かれています。
和田 主人公を演じた男性は、普段はシリアで弁護士として働いていて演技未経験だったそうですが、第77回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で男優賞受賞してしまいました。シリアで生きる人のリアル感ですかね。
今田 主人公のサム、シリアからベルギーに来たばかりの頃の素人っぽい感じがよかったです。そして、西洋社会に揉まれてどんどんしたたかになって行くさまもあっぱれでした。
■アートと資本主義、情報化時代の芸術家の姿今田 アートと資本主義って最近よく語られるテーマですが、主人公にタトゥーを施した芸術家が「社会のシステムの一部になることより無視されることの方がつらい」と言っていたのが、情報化時代を生きるアーティストらしい発言だと思いました。映画ではSNSやメディア戦略も描かれていましたし。
駒井編集長 確かに。現代のアーティストって、単に絵を描いたり作品を作るだけじゃ満足できないですよね。バンクシーみたいなのは特別だとしても。承認欲求を満たせるアーティストは一握りしかいない気がします。今どきは、NFTの時代だもんなあ。アートも仮想資産で取引。
今田 ジェフ・クーンズや村上隆さんら、世界的に活躍されている方は起業家の顔も持っていますよね。最近はNFTで無名の方の作品にも高値が付くようになったので、世界のアート市場の様相はまた変わっていきそうですが。
駒井編集長 画力よりデジタルリテラシー。相当にリテラシーが高くないと、もはやアーティストとして生きていけない時代。加えて、アントレプレナーシップ。色々なことを考えさせられる映画です。
■様々なテーマが内包された物語、見事なラストに驚き和田 映画の中には現代美術と難民の世界の対比、理不尽な世界、偽善と知的欺瞞、国境・政治問題など、さまざまなテーマが含まれていますよね。悪魔と契約を交わす、なんてのも……。
駒井編集長 最後の10分ぐらいの畳みかける展開がお見事でした。巻き戻して2回見ましたね。オークションのあたりからラストにかけて。
和田 そうきますか!という展開で、自由とは何か?を考えさせられますね。
駒井編集長 「チュニジアのアカデミー賞」みたいのがあったら、7部門ぐらい受賞してるはず。
荒木 主人公が「美術品」として座っていると神妙な顔で見ていた客が、本人に「よう!」って話しかけられるとギャーっと散っていく様子なんて、面白すぎますよね。
今田 モニカ・ベルッチが演じるのもわかりやすい意地悪な女性なのですが、最後にちゃんと人間味を持たせていたり、それぞれのキャラクター設定も良かったですね。
駒井編集長 本当によくできた映画だと思いました。この監督の次回作がとても楽しみです。
今田 ラストのオチも非常に現代的で秀逸です。しかし各種テクノロジーの進化が早すぎて、数年後見たらまた世の中の状況も変わっていそうです。
和田 シネマ映画.comでは他にも「ミッドナイト・トラベラー」など、難民・国境問題やいまの世の中の状況を描いた作品がいくつか配信中ですので、あわせて見て欲しいですね。
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