「大きすぎる自尊心と無価値すぎる自分」皮膚を売った男 SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
大きすぎる自尊心と無価値すぎる自分
シリア難民や個人の自由が抑圧された社会をテーマにしているようだけど、もっと普遍的なものも感じられた。
それは、自分自身の無力感、劣等感、非存在感。
この激しい感情は国や文化を問わず、若者に普遍的にある感情なんではないだろうか?(男性の方が感じやすいと思うけど)
主人公はあとさき考えないで軽率に行動してしまうし、身の丈に合わない強すぎる自尊心があって、他人の気持ちや迷惑を考えることが苦手で、公共心がなくて…、正直言って彼が苦境に陥ることが自業自得すぎてまったく同情できない、のだが、これって無力感に苛まれている若者に共通の傾向ではないだろうか?
成長していって、社会を知って、現実を知るほど、自分が何者でもない、社会に必要とされていない、無価値とみなされていることに打ちのめされる。
自分が今のままでは無価値であることを受け入れて、「だから他人から必要とされる存在になろう」と前向きにがんばれれば理想だが、みんながみんなそんな強くない。
主人公は、背中のタトゥーによって自分の価値が高くみなされるほど、皮肉にも生身の自分自身には何の価値もないことを自覚してしまい、苦しむことになる。
ただ、そんなふうに苦しむ主人公よりももっと「哀れ」な人々も描かれている。
それは、彼を商品として買ったり、オークションに興じたりする富裕層である。彼らの姿は本当に醜い。金銭的価値がすべてを測る尺度になってしまい、自分たちが人間としておかしいという感覚すらも失ってしまったようにみえる。
最後のオチはちょっと非現実的に思えて、微妙だった。培養した人工皮膚に同じタトゥーを入れても、絶対に同じ見かけにはならないだろう。
それよりも、彼の背中の皮膚を切除して、培養した皮膚を移植して治療した方がはるかに現実的だろう。彼の背中にはひどい傷跡が残ることになるにしても。
素の肌、タトゥーの入った見せかけの価値をもった肌、傷の入った肌、という変化を見せることによって、よりテーマの深みも増すと思う。