「反逆の写真家にして、愛の写真家 ヘルムート・ニュートン」ヘルムート・ニュートンと12人の女たち きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
反逆の写真家にして、愛の写真家 ヘルムート・ニュートン
写真を撮られるのは、あまり好きではない。
そのせいか人を撮るのも苦手だ。
断捨離を決行した時には、僕の生まれた時以来のアルバムも捨ててしまった。
罪なことだ。
写真とは何だろう。
静止した一瞬を切り取るのがフォトグラフィーではあるけれと、出来上がった写真を並べてみると、そこにはストーリーが生まれる。
【前半】、
このインタビュー・ドキュメンタリーは、1人のカメラマンと、そのカメラマン=ヘルムート・ニュートンからレンズを向けられた経験を持つ12人のモデルや俳優たちの
「撮影現場」についての述懐だ。
13人の登場人物が、ニュートンの写真行為について、どんな感覚やこだわりを持っていたのかが分かってくるから、実に興味深いインタビューだった。
並べられたアルバムによって被写体だけでなく、撮影者のストーリーもそこから浮かび上がってくるわけだ。
例えばアナ・ウィンター。
「悪い感想ほど喜ぶ」という変わり者のこのカメラマンについて
アナ・ウィンターが彼の手紙を笑いながら読み上げる=
ハイヒールを履いた鶏肉を撮ってVOGUEの表紙やBVLGARIの公告写真を入稿する彼からのFAX=
「アナ、私のチキンを載せる勇気に心から感謝する」。
「読者の感想が楽しみだ」。
「敵が多いほど光栄だ、愛をこめて」。
と、こうなのだ。
成功していた異端児に、あのアナ・ウィンターでさえ「最初は怖気付いて仮病を使って面会から逃げたんだ」と自分の過去をバラす。
こういった感じで12人が1人のカメラマンを語るのだ。
モデルたちの感想ももちろん興味深いが、さすがは俳優陣、特にイザベラ・ロッセリーニとシャーロット・ランプリング、そしてハンナ・シグラの語りが出色だから、ぜひともこれは見聞きすべき。
自分が撮られる時に、あるいは
他人を撮る時に、
そこにはお互いには関知しない別々の成果が検出され、それぞれの中に新しい自分が発生していくのだと13人の哲学者が語っている。
生放送のトーク番組で、ゲストのニュートンに対して収まらない怒りをぶつけているスーザン・ソンタグのシーンも素晴らしい。
また別の人は彼を評して、あの写真に挑発されるからこそ、そこには想像力や反発の言葉も喚起されるとも言っている。
小難しいことはない。
出てくる人間全員が大人で、非常に魅力的な人間だから、93分 飽きることはない。
本作は、写真科の学生たちは観るべきだし、
スマホのカメラで誰かのポートレートを撮る我々も、今後、ファインダーのこちらとあちら側で何が起こっているのか、
瞬時考えながらシャッターを切ることになりそうだ。
・ ・
ドキュメンタリーは【後半】
ヘルムート・ニュートンの辿ってきた人生の道のりに焦点を当てる。
事故死した彼の伝記映画としてもとても良く出来ている。
三俳優の述懐はヘルムートへの追悼のために撮られた挨拶と思われる。
写真は「撮っても」「撮られても」体も魂も相手なんかに一分も委ねたりはしない関係。
撮り手と被写体たちのベタベタしない、隔絶し、独立した個性たち。これがいかにもドイツ的。
彼女たちからのサヨナラの挨拶。
そこが面白いのだ。
彼はユダヤ人だが、同時に紛れもないドイツ人として、記録好きのナチスが強制収容所で膨大な死体を冷徹に撮ったがごとくに
ヘルムート・ニュートンは同じくいかにもドイツ的な冷静な目線で、生きている人間をば徹頭徹尾、撮り続けていく。
ベルリン五輪を記録映画にしたレニ・リーフェンシュタールからの影響が大きい事は、彼の特異な立ち位置を理解するのに役立つ。
つまり、師を強制収容所で失い、ガス室の死の恐怖から逃れて、イタリアーノ〜アジア〜オーストラリアまで亡命したユダヤ人でありながら、
同時にベルリンとアーリアに耽溺したドイツ人でもあったところが、僕の心を引いた。
人の内面の複雑性を思うところだ。
ところが最後の最後に
実は彼が人をのめり込むほど愛していて、
死をどれほど怖がっていたかが明かされて、
カメラという命綱にすがるしか自分を保てないほどもろい人物であったがが分かった時に
悪戯っ子ヘルムート・ニュートンを12人の母たちが総出で支えて、守っていてやっていたのだという顛末が判明する。
作品の総括としては、やはり死なないで生き残った妻の手術痕のカットだろうか。
そこも非常に感銘を受けた部分。
僕が自分の写真を残さないのも、選択だ。
これも自分なりのシャッターの切り方だと思えて正解。
きりんさん、「皇帝の宝石 ブルガリ・ホテル ローマ」見ました!イタリア人の美意識と職人技に圧倒されました!こんなホテルに泊まる為には、お金の問題以前に、まずワードローブを美しく作り上げなければ、無理だー!