由宇子の天秤のレビュー・感想・評価
全193件中、21~40件目を表示
複数の天秤
フィルムがスタートする。
自殺した少女の父親がアルトリコーダーを吹いている。
「グリーンスリーブス」に非常によく似た旋律が、
奇妙に蛇行して付け加えられたメロディ。
ここで私はちょっと不快になった。
「グリーンスリーブス」では何故いけないのか?
何故付け加え歪められ装飾されるのか?
シンプルな物事を、複雑にする・・・
この言葉はこの映画を微妙に表してはいないか?
由宇子が動けば動くほど現実が歪み複雑化してしまう。
そんなドキュメンタリーのような映画だった。
この物語りで由宇子は、関わる人々に裏切られたり、
そして自分も裏切って行く。
「信頼」
相手を信じていいのか?
信じられる人なのか?
私はこの事を人間関係で1番重要だと思っている。
ストーリー。
テレビディレクターの木下由宇子は、虐めで自殺した少女の背景を取材した
ドキュメンタリー番組を撮り進めている。
取材対象は、
第1に自殺した少女の父親。
自殺の原因を学校側は、虐めを隠蔽した学校に責任があるのではなく、
少女を性的に加虐した若い教師にある、として
少女を退学にした。
その翌日少女は川で自殺した。
更に少女を犯したと名指しされた教師も、
「死を持って無実を訴える」との遺書を残して自殺する。
2番目の証言者は自殺した教師の母親と姉。
彼女たちはSNSの誹謗中傷により居場所を無くしつつある。
証言側がかなり躊躇して、その立場は歯切れが悪い。
そんな中、由宇子の身内が大変な事をしていたのが発覚する。
由宇子の父親・・・経営する学習塾・塾長の政志が塾に通う17歳の女子高生
萌(めい)と性的関係を持ち、萌は妊娠しているのだ。
この事件で木下由宇子は自分の価値観の物差し(ここで言うところの天秤)が、
決してグローバルな天秤ではなく、その場その場で変わる多種類の天秤の
存在だと明らかになるのだ。
世間に対する正義の物差し。
身内に対する身贔屓あるいは保身と隠蔽の物差し。
由宇子の天秤は一つではなかった。
「正義の天秤」と「世間体の天秤」
後半は後者の天秤の振れが大きくなり、
現実もまた大きく歪む。
17歳の少女が妊娠中絶をする場合・・・
父親の署名と同意が必要だと別の映画でもよく目にする。
調べたところ、18歳未満の場合、本人と子供の父親の同意書への署名・捺印。
そして保護者・親権者(萌の父親)の同意と署名が更に必要との事。
成る程。
由宇子は萌の父親に知られたくなかったのだ。
そして更に自分の仕事(オンエアが2週間後)への影響と信用失墜。
父親の塾経営への影響・・・確かに失う物は多大だ。
由宇子は裏工作に走る。
闇医者もどきに、薬による中絶を頼む。
しかし医師は萌が子宮外妊娠をしている可能性が高く、
このまま放置すれば命にも関わると忠告する。
(ここまできても由宇子はまだ萌の病院の診察を躊躇うのだ)
もう完全に正義とは遠い所に由宇子はいる。
そしてドキュメンタリー番組の方でも衝撃の事実が判明する。
教師の姉が良心に耐えられずに告白する。
教師のスマホにあった隠し撮りの映像・・・
教師は実は無実では無かったのだ。
次々と襲いかかる真実の露見。
萌まで、???
男子高校生の忠告では、
「あいつ売りをやってた・・・」
由宇子の頭の中もパニックだ。
そして最悪の事態が・・・。
私が許せないのは由宇子の最初の判断ミス。
萌の母体の安全を最優先すべきだったし、
その後の由宇子の行動は全て酷い。
「人たらし」の由宇子。
萌と擬似親子のような愛情関係(信頼)を築く所。
何故それを簡単に壊す?
真実を聞き出すために簡単に信頼関係を壊す由宇子。
母親のいない貧しく寄る辺ない萌を母親のように気遣い、
愛を芽生えさせて、
簡単に梯子を外す。
やってはいけない事。
人として許せない。
目盛りの基準の違う天秤を2つも3つも持つ事は不思議なことではない。
多くの人は使い分けけている。
その1番の例は政治家だ。
彼らの物差しは政治信条(政策)
個人的趣味嗜好。
損得勘定。
最低でも3つはある。
萌はどうなったのか?
お腹の子供の生死は?
心の傷は?
その点が1番心配です。
由宇子の事は心配していない。
彼女はどんな立ち位置でもしぶとく生き抜くだろう。
矛盾
A BALANCE
「天秤」と聞くと、どうしても司法、裁判などで見かける正義の天秤像を思い浮かべ、由宇子自身が正義であるのかと想像していた。確かにドキュメンタリー番組の制作では、いじめによる自殺に追い込まれた女子高生と、関係が噂されていた教師の自殺事件の真実を追い求める姿が勇ましく思えた。しかし、「誰の味方でもないけど、光を当てることはできます」という言葉により、正義よりもジャーナリズム精神に富んだ女性だったとわかる。善と悪を秤にかけるのじゃない・・・じゃぁ何だ?
木下塾を経営する父・政志(光石研)の罪によって、彼女の心が揺らぐ。真実を求め、表に出すことが使命のはずなのに、隠蔽に走った由宇子。英語のBALANCEの方がしっくりくる。彼女の心自体が揺らいでいたのだ。しかも1人の男子生徒から驚愕の事実を知らされ、戸惑いは大きくなり、その揺らぎは自殺事件の真相を知ったときにさらに振り幅が大きくなる。
ネットの中傷やストーカーまがいの嫌がらせ。被害者も加害者も好奇の目に晒され、普通の生活ができなくなる問題提起。ただ、自殺に追い込んだ側は出てこない。あくまでも1人のジャーナリスト視点で進む物語。
何を信じればいいのだろうか?隠蔽や偽装工作が横行する世の中でもあるし、ニュースさえも信じられなくなる。醜聞が白日の下にさらされれば、築き上げたものが全て崩れてしまうことを危惧して、なんとか最善の道を模索し続ける由宇子だったが、どこかに綻びが生じてしまう。そして萌の子宮外妊娠を知らされ、猶予はない状況だ。
単純な精神のバランスだけではないのが面白い。自分がこんな立場に置かれたらどう対処する?色んなことを自分の身に置き換えてみると、落ち着かなくなってしまいます。「嘘」をついてしまえば簡単かもしれないけど、あっさりと嘘はつかない由宇子。言葉を濁すという手段をとるのだが・・・やがて真実を話そうとする教師の姉や父。萌を問いただそうとする由宇子。ラストの展開は言ってみれば、バランスが崩れてしまった状態に陥るのですが、支点さえも失ってしまったかのよう。もうボロボロですわ・・・測定不能。
家族を守る…
正義や真実、いじめ、貧困、メディアバッシングなど様々なテーマが散りばめられながら、大きなテーマとしては家族だったと感じる。父親を守るため、そして自分を守るため真実を隠そうとする、相手が父親でない可能性が出てくるとそれを追求してしまう、人間の嫌な部分、いや、誰でもそうだと思う。結局耐えきれなくなり、告白してしまうのだが。いじめの女子高生自殺事件もそうだった。家族に変態がいると、皆が不幸になる。
苦手なタイプの映画でした
鬱陶しい話です。
ストーリーの予想がある程度ついていたとはいえ、観ていて気分が悪くなりました。
それに前列に座ったおっさんが頻繁に頭を掻くせいもあって、作品に集中できず、とても長く感じた。
うーん、この作品、そんなに優れた映画なのでしょうか? タイトルになっている“天秤”も、正直言ってあまりぴんと来なかった。
安っぽい「物語」にしていないところには好感がもてますが……。
こういう映画を観るたびに僕は考えてしまいます。現実世界には暗くて重たいことがたくさんあるのに、お金を払って何故またしんどい思いをしないといけないのか? 同じように、お金と人手と手間をかけて映画をつくるのなら、「さあ、明日もがんばるで!」と元気の出るような、もっと楽しいものをつくったらいいのに。
あと、僕の耳が悪いのか、劇場の音響に問題があるのか、セリフが聞き取りづらくてストレスを感じました。
私たちの天秤
ドキュメンタリーは真実を映し出す。
…とは限らない。
捏造や演出、都合よく編集された“偽り”も存在する。
ならば我々は何を信じたらいいのか…?
メディアの情報を鵜呑みにせず、自分で考え知る。
自分の考えが間違っている事だってある。メディアの全てが偽りではない。
ドキュメンタリーは見る者を時に揺らがす。不安定な天秤のように。
そして本作も。
3年前、女子高生がいじめを苦に自殺。
女子高生は生前いじめを訴えていたが、学校側は女子高生が教師と関係があったとし、退学を勧告していた。
教師は関係など無く、いじめを隠蔽しようとした学校のでっち上げだと訴えを遺し、この教師も自殺。
三者の意見が食い違い、メディアはこぞってエスカレート報道し、誹謗中傷は被害者/加害者の遺族にまで…。
もし、現実にこんな事件があったら、我々はどう見るか…?
おそらく世間の大半は、自殺した女子高生や遺族に同情するだろう。
悪い話が流れた学校側は社会の敵。
自ら命を絶ったものの、やましい噂が流れた教師もバッシングを浴びる。
果たして本当に、これが“真実”なのだろうか…?
教師と関係があったと言われ、女子高生や遺族にも厳しい目が向けられる。
教師の遺族にだって言い分がある。
全て学校側の責任なのか…?
この事件の真実を追うドキュメンタリー・ディレクターの由宇子。
彼女の目線は、単純に善悪や白黒を付けるものではない。
被害者側、加害者側、学校側、それぞれを深く掘り下げ、主張や矛盾や隠された事を炙り出す。
そこから見えてくるものがある。
誰の味方でもない。誰の敵でもない。ただ真実を映し出したいだけ。
それが関係者の救いになるか、悲しみをより深くするか、分からない。
だが、それがドキュメンタリーや報道に関わる者の使命。
真実を天秤に掛ける。
事無かれ主義の局のお偉い様にダメ出しされても、由宇子の信念は真っ直ぐだった。
そんな由宇子の天秤が揺らぐ事態が。プライベートと、事件を追っていく内に…。
夜は父・政志が経営する塾の非常勤教師として手伝う由宇子。
生徒からの人気も高く、親子仲も良好。笑顔が絶えず仲睦まじいって訳ではないが、仕事しながら夜ご飯のチャーハンを分け合ったり、何気なくも平凡な親子関係。
塾に新しい生徒が。その女子生徒・萌(めい)は、他の生徒とあまり関わらず、孤立。内に籠った性格。
ある日萌が嘔吐して倒れる。
彼女は妊娠していた。その相手というのが…
政志。
由宇子は萌の父親(由宇子と同じく父娘二人暮らし)や学校や警察に相談を促すが、「誰にも知られたくない。助けて」と懇願される。
周囲に知られたら萌はどれほどの目に晒されるか…。また、萌の父親は暴力を振るう。
由宇子は父を詰問。父は関係あった事は認めるが、力ずくや脅迫的ではないと言う。
父を許せない由宇子。
父は不祥事の覚悟を決めていたが、これが明るみに出たら…。
父は元より、自分、自分の仕事、萌、萌の家族、塾の生徒…培ってきたもの全てを失う事になる。
一人の責任問題じゃない。一人だけ償って、逃げようとするなんて都合のいい“偽善”。
関わった者、後に残された者の苦しみはどうするのか…?
天秤が大きく傾く。
由宇子は父を厳しく責めつつ、知り合いの医者に相談するなど秘密裏に処理しようとする。
これほどの皮肉があろうか。
ドキュメンタリー・ディレクターとしてどんな結果になろうとも真実を追求していた由宇子。
訴えは正論だ。
が、身内に不祥事が起こり、言葉は悪いが…いや、この際はっきり言ってしまおう。隠蔽しようとする。
彼女が真実を掘り出そうと躍起になっている“側”と同じ。
行為は曲論だ。
自分の信念とやろうとしている事が皮肉なほど矛盾している。
愚か、みっともない、恥を知れ…糾弾の言葉は幾らでも挙げられる。
だが、実際に私やあなたたちの身に起こったら…?
全てを失ってでも正論を貫けるか…?
頭や意思では判断出来ても、心が揺らぐ。人の心は脆く、弱い。
究極の事態に直面した由宇子を通じて、人の心を天秤に量る。
父の罪滅ぼしなのか、由宇子は甲斐甲斐しく萌の面倒を見る。
個別で勉強を見てあげたり、料理を作ってあげたり、時にはお金の支払いまで…。
威圧的だと思った萌の父。だが、娘と直に接する事で、親子仲が良好になっていく。それを円滑にしたのは由宇子なのだが。
これも皮肉だ。父の不祥事前は、自分と父の仲が良好で、萌とその父は冷え切っていたのに、父の不祥事後は、萌とその父の仲が良好になり、自分と父の仲が険悪になっていく。
萌親子と接する中で、由宇子はどう感じたのだろう。
もう修復不可能の自分たち親子に見切りを付け、萌親子に安らぎや温もりを感じたのだろうか。
が、由宇子は彼女の父に本当の事を隠している。
関係を深めるはイコール、罪悪感も募っていく。
仕事の方も順調。父の不祥事が由宇子のジャーナリズム精神を研ぎ澄ませたのか、視点が鋭くなり、プロデューサーや局から好評。
由宇子はさらに深く迫っていく。
被害者遺族だけではなく、加害者遺族にもフォーカス。
自殺した教師の母。
息子を失った悲しみの中、世間からの誹謗中傷。
引っ越しは一度や二度じゃない。暮らしているのはボロアパート。よせばいいのにネット上のバッシングをチェック。音も声も存在も立てず、身を隠して怯え過ごす日々。…
いつしか由宇子は、加害者遺族の姿を映し出す事に熱心になっていく。
方向性がズレているのでは?…と、被害者遺族からクレーム。
由宇子は両者の現実は繋がっていると説得。子を失い、人生の歯車を狂わされた悲しみは、どちらが大きいか天秤に掛ける事は出来ない。
由宇子の真実への信念は揺るがない。両者からも信頼を得ていく。
が、ここから厳しい事態が由宇子を襲う…。
萌の診察の結果、芳しくない。子宮外妊娠で、萌の命にすら関わる。
政志はやはり本当の事を萌の父に打ち明けようとするが、由宇子はもはや後戻り出来ない。
もし打ち明けるなら、番組のOA後に。多くの人が関わり、自分も心血注いだ番組を、父の浅はかなたった一度のSEXで葬りさられたくない。
教師の姉からもインタビュー。姉も世間のバッシングを浴び、彼女の娘は学校でいじめの対象に…。苦しんでいるのは一人二人だけじゃない。
由宇子はこの母娘とも親交を深めるが…、ある時衝撃の事実を打ち明けられる。
姉が持っていた教師のスマホに映し出されていたのは…。教師の遺書は実は…。
この真実の発覚により関係者から辞退の申し出。局も消極的になり、お蔵入りの危機…。
塾の男子生徒から萌のよからぬ話を聞く。
萌のお腹の子の本当の父親は…?
萌に真実を追求するが…。
一気に雪崩れ込むように直面する事態。不条理で過酷。だが、自業自得でもある。
由宇子の信念は…? 価値観は…? 倫理観は…?
全てが揺れ動く。不安定な天秤がちょっとした事で今にもバランスを崩す。
由宇子は萌の父親に真実を打ち明ける。
それは誠心誠意の償いか、一ジャーナリストとしての進退か、変わらぬ信念と真実か、それとも…?
日本映画ではなかなかお目にかかれないくらいの社会派力作。邦画の社会派作品史に間違いなく名を残す屈指の出来映えであり、邦画全ジャンルに於いても近年これほどのクオリティーと見応えはそうそうない。
2時間半の長尺で内容も重いが、それを感じさせない。社会派作品だがサスペンス作品レベルの緊迫感途切れず、見始めたらあっという間。終始引き込まれる。
一気に見せ切った春本雄二郎監督の演出力は震えるほど。シビアに、辛辣に、冷徹に、圧倒的な見応えと、見る者に訴え、問い掛ける。
由宇子や見てるこちらをも揺さぶる萌役の河合優実、根は善人だがたった一度の過ちが悲哀滲ませる光石研。
キャスト全員が名アンサンブルを奏でる中、作品の全てを体現する存在を放つのは、やはり瀧内公美。
信念、熱意迸る熱演。
苦悩、葛藤の複雑な難演。
演技力、存在感、佇まい、表情…その全てがカッコいいのだ。
美しい女優さんである。だが本作では、それ以上にカッコいいのだ。惚れ惚れするとはこの事。
『火口のふたり』での大胆演技も圧巻だったが、作品はあまり好みではなく…。作品も演技も納得の、瀧内公美と言ったらこの一本!…と断言出来る作品に巡り合った。
2021年の邦画主演女優は本作の瀧内公美と『茜色に焼かれる』の尾野真千子に尽きる。が、言うまでもなく日本クソバカデミーは無視。日本クソバカデミーは本当に○ね!
疑問も残る。
萌はどうなったのか…?
事件の真実は…?
ラストシーンの由宇子の行動。
明確な答えや締め括りには提示せず、見る者に委ねる。
由宇子のドキュメンタリーがそうであったように。
社会の不条理、人の愚かさをまじまじと見せつつ、見る者に問う。
由宇子の天秤は私たち皆の天秤。
秤に掛けられる。
瀧内やるじゃん
嘘と真実は、けっしてきれいに分けられない。
ましてや両者を天秤にかけることなどできやしない。
嘘と真実の間を適当に泳いでいる方が楽だもの。
得るものもないけれど失うものもない。
由宇子もそういうふうに考えていた。
他のみんなと同じように、失うものが大きいと。
「嘘も方便」とはよくできた言葉だ。
物事を円滑に進めるには多少の嘘も許される。
多少の嘘の基準がないから、人それぞれ物差しが違う。
いかようにも嘘と真実の距離は調整できちゃう。
嘘と真実の間を問うことは苦行でしかないのか。
由宇子の仕事と私生活の間に、おとしまえをつけられない両者が浮遊している。
両者の均衡を望んでいたはずの由宇子がおとしまえをつける瞬間。
その瞬間を演じることができるのは瀧内公美しかいない。
そう思えたとき、瀧内やるじゃん、という言葉しか見つからなかった。
テレビのディレクターを務めながら父親が経営している学習塾の講師もや...
体力が必要
2時間半
ずっと重い,苦しい…
体力必要な映画でした。
あの手この手で事件関係者の家族に
近づき関係を深め
真実に光を当てようと奮闘する由宇子は
かっこよく見えたけれど
それとは対照的に家族の現実は
話を聞くだけでも
耐えられないくらい辛く哀しいものでした。
そして,自分も
加害者の家族となる可能性があることを知った由宇子は
今度はあの手この手で真実を覆い隠そうとします。
隠しきれるのだろうかという不安と
本当にこのままでいいのかという罪悪感を
由宇子とずっと共有し,疲れました。
すごい映画だけど
へとへとになって
もう1回観るかどうか尋ねられたら
今の答えは,Noだと思います。
2本立て2本目。こちらも良作。 正義を振りかざすドキュメンタリー監...
非常に良く練られた映画
この映画のテーマは天秤であって表向きのテーマとは齟齬が生じる。映画は表面的に真実がテーマであるかのように装う。しかし世の中に真実などなく常に真実の髪を掴もうとするものはその掌からすり抜ける、それが真実の本性であるかに描かれる。その真実に迫ろうとする主人公に起こった現実を主人公の由宇子は真実を見極めようとするのではなく、常に自分にとって都合の良い事象の選択として事態をハンドリングする。しかしその選択肢は常に真実の側面を兼ね備えた事実に彩られてはおらず多くの虚偽や見誤った表面的な事象が混在している。その中での利害優先の選択の積み重ねは、その主体を多くの誤謬へと導くこととなる。iそのものがしんじつをついきゅうしていた者であればなお一層、その誤謬への到達は絶望を産み落とすこととなる。教訓めいた哲学的な内容を包含したテーマの作品であった。
連鎖の怖さ
罪を犯すことにより波紋の様に広がる負の連鎖を止める難しさを感じさせられた。
女子高生の自殺を追うテレビマンたちを描きつつ、制作側それぞれの目的のズレに揺れ動きながら、出来る限り自身が掲げる道を進もうとするディレクター。
そんな中、彼女が家族の問題に直面した時の選択する姿を通して誰にでも起こりえる可能性とその選択の難しさを突きつけられた。
また無邪気な言葉に踊らされ、そのことによる人間関係の崩壊とその結末は彼女が望んだものになったのだろうか。
観終わって思ったのはもしこの問題を彼女が撮ることになったなら、自身のことをどう考察するのだろう?
そして彼女が少女を守るのではなく自身の保身を1番に考えた行動に悲しみを感じた。
いや傑作じゃない?
矛盾と分かっていても、もがく人の性
後半になると
自殺の真相を隠そうとする学校側の対応を暴こうとする由宇子と
父の犯した罪を何とか隠そうする由宇子の葛藤が始まる。
二律背反のジリジリとしたせめぎ合いが、人間ドラマを佳境に導く。どちらかを諦めれば済む事だが、そう簡単にはいかない。矛盾することとは分かっていても、あえて板挟みになることを選んでしまう。自分がしたことでもないに、なぜと終始問いかけられる。
人間は弱いものなのだ。ラスト彼女はやっとそれに気がつく。彼女は、ようやく背負っていたものを降ろした。締め付けられるような心理劇が終わり、自分も背負っていたものを降ろした。息詰まるとは、こういう作品をいうのだろう。
深み
見逃していた本作を飯田橋ギンレイホールにて鑑賞。かなりの入り。本作と「空白」という相当キツメな二本立て。自分は「空白」は見ていたので一本で退出したが、二本見られた方、さぞ重かったでしょう。見終えた後外濠沿いの桜を眺めながら小一時間反芻。
映画はタイトルの通り由宇子が様々な局面でどちらが重いかを選択していく様が描かれる。自分にとっての正義が絶対的正義と信じるドキュメンタリーディレクター由宇子が、作品において妥協を許さぬ姿勢を貫きながらもいざ自分が事件の関係者となった場合に現実的な行動を選択してしまう。公としての事件と私としての事件が絶妙な(最悪な)絡みあいを見せる。
ラスト近く、萌(めい)は売りをしていた・嘘をつくという情報に触れた由宇子が真相を問いかける。真実はわからないまま。しかしラストでは「私の父なんです」と告げる。これは「娘は売りをしていたかも」という萌の父の発言を受けて萌をかばうつもりで言ったと理解したものの、誤解カモ。
役者は皆演技巧者といえカラーもマッチしていた。特に「河合優実」。正直彼女を見に行ったというのが5割なんだが、本作でも役柄通りにしか見えず、他の作品と比較してみるとやっぱり上手いんだなあと再確認。主役の瀧内公美はちょっと美人すぎ・目力強すぎ、本当にドキュメンタリーディレクターだったら作品に影響が出ちゃうかもだけど、本作の主役としては顔がはっきりしていた方がわかりやすい。
最後に、悪い癖であらさがし。脚本の穴だなと思ったのは光石研の行動。彼が多少の悪さをしていたとしても、妊娠させるところまで行けるように思えない。もしそうならも少し悪く描けるし余罪ありって設定にならないか。二重構造のための無理に思えてしまった。それ以外はカメラワークも役者も含めて満足です。古のTV美人女優丘みつ子の演技も昔のイメージと異なり自然で良かったです。
全193件中、21~40件目を表示