「複数の天秤」由宇子の天秤 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
複数の天秤
フィルムがスタートする。
自殺した少女の父親がアルトリコーダーを吹いている。
「グリーンスリーブス」に非常によく似た旋律が、
奇妙に蛇行して付け加えられたメロディ。
ここで私はちょっと不快になった。
「グリーンスリーブス」では何故いけないのか?
何故付け加え歪められ装飾されるのか?
シンプルな物事を、複雑にする・・・
この言葉はこの映画を微妙に表してはいないか?
由宇子が動けば動くほど現実が歪み複雑化してしまう。
そんなドキュメンタリーのような映画だった。
この物語りで由宇子は、関わる人々に裏切られたり、
そして自分も裏切って行く。
「信頼」
相手を信じていいのか?
信じられる人なのか?
私はこの事を人間関係で1番重要だと思っている。
ストーリー。
テレビディレクターの木下由宇子は、虐めで自殺した少女の背景を取材した
ドキュメンタリー番組を撮り進めている。
取材対象は、
第1に自殺した少女の父親。
自殺の原因を学校側は、虐めを隠蔽した学校に責任があるのではなく、
少女を性的に加虐した若い教師にある、として
少女を退学にした。
その翌日少女は川で自殺した。
更に少女を犯したと名指しされた教師も、
「死を持って無実を訴える」との遺書を残して自殺する。
2番目の証言者は自殺した教師の母親と姉。
彼女たちはSNSの誹謗中傷により居場所を無くしつつある。
証言側がかなり躊躇して、その立場は歯切れが悪い。
そんな中、由宇子の身内が大変な事をしていたのが発覚する。
由宇子の父親・・・経営する学習塾・塾長の政志が塾に通う17歳の女子高生
萌(めい)と性的関係を持ち、萌は妊娠しているのだ。
この事件で木下由宇子は自分の価値観の物差し(ここで言うところの天秤)が、
決してグローバルな天秤ではなく、その場その場で変わる多種類の天秤の
存在だと明らかになるのだ。
世間に対する正義の物差し。
身内に対する身贔屓あるいは保身と隠蔽の物差し。
由宇子の天秤は一つではなかった。
「正義の天秤」と「世間体の天秤」
後半は後者の天秤の振れが大きくなり、
現実もまた大きく歪む。
17歳の少女が妊娠中絶をする場合・・・
父親の署名と同意が必要だと別の映画でもよく目にする。
調べたところ、18歳未満の場合、本人と子供の父親の同意書への署名・捺印。
そして保護者・親権者(萌の父親)の同意と署名が更に必要との事。
成る程。
由宇子は萌の父親に知られたくなかったのだ。
そして更に自分の仕事(オンエアが2週間後)への影響と信用失墜。
父親の塾経営への影響・・・確かに失う物は多大だ。
由宇子は裏工作に走る。
闇医者もどきに、薬による中絶を頼む。
しかし医師は萌が子宮外妊娠をしている可能性が高く、
このまま放置すれば命にも関わると忠告する。
(ここまできても由宇子はまだ萌の病院の診察を躊躇うのだ)
もう完全に正義とは遠い所に由宇子はいる。
そしてドキュメンタリー番組の方でも衝撃の事実が判明する。
教師の姉が良心に耐えられずに告白する。
教師のスマホにあった隠し撮りの映像・・・
教師は実は無実では無かったのだ。
次々と襲いかかる真実の露見。
萌まで、???
男子高校生の忠告では、
「あいつ売りをやってた・・・」
由宇子の頭の中もパニックだ。
そして最悪の事態が・・・。
私が許せないのは由宇子の最初の判断ミス。
萌の母体の安全を最優先すべきだったし、
その後の由宇子の行動は全て酷い。
「人たらし」の由宇子。
萌と擬似親子のような愛情関係(信頼)を築く所。
何故それを簡単に壊す?
真実を聞き出すために簡単に信頼関係を壊す由宇子。
母親のいない貧しく寄る辺ない萌を母親のように気遣い、
愛を芽生えさせて、
簡単に梯子を外す。
やってはいけない事。
人として許せない。
目盛りの基準の違う天秤を2つも3つも持つ事は不思議なことではない。
多くの人は使い分けけている。
その1番の例は政治家だ。
彼らの物差しは政治信条(政策)
個人的趣味嗜好。
損得勘定。
最低でも3つはある。
萌はどうなったのか?
お腹の子供の生死は?
心の傷は?
その点が1番心配です。
由宇子の事は心配していない。
彼女はどんな立ち位置でもしぶとく生き抜くだろう。
私なんかよくダラダラ長く書いちゃいます。これ、文章まとまってんのかなあと思いながら(笑)。端的に鋭いレビュー書かれる方を見習いたいですが、基本私は文章書くの苦手なんですよね。子供のころの読書感想文なんか大嫌いでしたから。でももっとたくさん本を読んでおけばよかったと思いますね。
ミニシアター大好きでいわゆる大衆向けでない貴重な映画が見られる場所として重宝してます。これ以上減ってほしくないですね。
とても深い考察によって書かれたレビューありがとうございます。琥珀糖さんの作品に向き合う真摯な姿勢、見習いたいです。
天秤を使い分けてる政治家たち、ウクライナとパレスチナ紛争に対するアメリカのダブルスタンダード、まさにおっしゃる通りですね。
琥珀糖さん
コメントへの返信を頂き有難うございます。
大切に思っている人を裏切りたくはないてすよね。
琥珀糖さんが書いていらっしゃるように、人って過酷な状況に置かれ続けていると、他者に対する寛容さを持てなくなってしまいますよね。
そういった悲しい現実を描いていらっしゃるのかも知れませんね。
琥珀糖さん
「 信じられる人なのか? 私はこの事を人間関係で一番重要だと思っている 」
そうかも知れませんね。
信頼を失いたく無い、そんな思いで日々頑張っている人、多いように思います。
琥珀糖さん、コメントありがとうございます。
由宇子が迎えた結末の印象が余りにも強烈で
そのことばかりが頭に残りましたが
「萌が心配」
…うーん。
確かにその通り。
なかなか鋭いご指摘です。
そして、「グリーンスリーブス」。
どんな曲だったかな と検索。
聞き覚えがある音楽です。
イングランド民謡なんですね。
ただ、この作品の冒頭で演奏された曲がこの曲だったか
記憶が曖昧になってます。 (遠い目)
>奇妙に蛇行して付け加えられたメロディ
※どんなメロディーだったかなぁ
確認したいような、したくないような…
あぁ すごく気になってきました。
お疲れ様でした。また、重い映画観ちゃいましたねえ。ぜひこの週末で心を安らげてください。(笑)
こういう映画を観たそれぞれの人のレビューを読むことは、それぞれは違うんだということを確認できてとても大切なことだなあ、とあらためて思いました。
そして、このレビューの冒頭はめちゃくちゃカッコいいですね。尊敬。