アイの歌声を聴かせてのレビュー・感想・評価
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嬉しくて、切なくて、いじらしくて、一生懸命で不器用な青春
久しぶりにアニメを観て泣いた。こんな体験をしたのは『Wolf Walkers』以来のことだ。
涙が溢れるというよりも、気がつくと鼻がじゅくじゅくしていた。押しては返す心の震えが乾いたはずの瞳を潤す。そんな感じが続いた後、ラスト20分は涙腺が決壊に追い込まれたのだった。
主人公の少女は、AI開発のトップ企業の実験都市で研究を続ける母と二人暮らし。お気に入りアニメソングが流れる目覚まし時計は、彼女が起きると「カーテンを開けますか」と声をかけ、室外の温度や湿度、母の帰宅時間も教えてくれる。『トータル・リコール』のような行きすぎた未来ではなく、AIが日常に溶け込んだ描写が素晴らしい。
少女の名は天野悟美(サトミ)。
クラスの中で「変わり者」扱いされている。その理由は上級生たちの喫煙をチクったからだというが、彼女自身は何も語らない。
ある日、サトミが通う学校に転校生がやって来る。実は母が開発中の人型AI。研究チームは5日間正体がバレなければ汎用性が示せると考えたのだ。
転校生の名は芦森詩音(シオン)。
自己紹介を求められた転校生は、教室でサトミを見つけると一目散に駆け寄り「今、幸せ?」と問いかけ、いきなりサトミが大好きなアニソンを歌い始める。凍り付きそうなその場の空気を和らげたのは、クラス1のハンサムボーイ後藤(ゴッちゃん)だった。
翌朝、母のPCを見たサトミはシオンの正体を知ってしまう。ちょっと変だけど可愛い転校生は瞬く間に校内の人気者になっていく。でも、良い事ばかりは続かない。シオンが予期せぬトラブルで行動停止、AIであることがバレてしまうのだ。
その場に居合わせたのはサトミと同級生4人。幼馴染みで機械マニアの素崎十真(トウマ)、ゴッちゃんと彼を慕う綾(アヤ)、AIを相手に組稽古する柔道部の杉山鉱一郎(サンダー)だ。
朝から深夜まで、ずっと研究を続けてきた母の姿を見て育ったサトミは、お願いだから秘密にしてと頼み込む。決して知られてはならないシオンの秘密を共有した5人は、互いに欠かせない存在として固く結ばれていく。
「今、幸せ?」
初めて会った日にシオンがサトミに投げかけた言葉の意味が明らかになる時、嬉しくて、切なくて、いじらしくて、一生懸命で不器用な青春が弾ける。
AIが果たす役割についての寓話。
映画を観ながら、ふとこの映画の感動の構図と似たものを思い出した。『天空の城のラピュタ』のロボット兵のくだりだ。初めて会うはずのシータを守るようにプログラムされ、ただその目的のために稼働し、そして破壊される。ただ人格のない機械が役割を果たしただけなのに、あの映画でも突出して感動的なシークエンスだった。
この映画のAIが(『フリーガイ』とも被りますが)果たす役割も、とにかくあらゆる手立てを尽くして主人公を幸せにすること。プログラムされたものに、擬人化、もしくは擬人化を超えた魂のようなものを感じるパターンは、ほかにも『人造人間キカイダー』『ターミネーター2』や『アイアン・ジャイアント』なんかがあって決して目新しいものではないが、一抹の切なさとともに否応無しに感動させられてしまう黄金のパターンだと思う。
じゃあ、その感動の先になにがあるのか? AIは人と同じになったか? いや、より高次元の存在になったのか? それとも、ひたすらに主人に尽くし続けるからこそ感動的なのか? それは人間の一方的な勝手ではないか? そもそも機械であるからより純粋な機能であるべきなのか? そんないろんなことが頭をよぎるのだが、作品としては、そこまでの答えを求めている印象ではない。思わず目頭が熱くなったけれど、ただ感動しているだけでいいのかと考えてしまう作品ではある。
しかしディズニーアニメを模しているのは明白なのに、ミュージカルシーンの絵の力が及んでいないように感じるのは、個人的なもったいないポイントのひとつでした。
いろいろ気になってGoogleのGeminiにきいてみました。
"「AI(人工知能)は思考しているのか?」
1. 仕組みの視点:計算と予測
現在のAI(特にChatGPTのような大規模言語モデル)が行っているのは、厳密には「思考」ではなく**「高度な統計的予測」**です。
確率の連鎖: AIは膨大なデータからパターンを学び、「ある言葉の次にどの言葉が来るのが最も適切か」を計算しています。
意識の不在: 人間のように**実感(クオリア)**を伴う感覚は持っていません。
2. 機能の視点:思考の「模倣」
もし思考を「情報を整理し、論理的に推論し、問題を解決するプロセス」と定義するならば、AIは**「思考しているように振る舞っている」**と言えます。
推論能力: 複雑な数学の問題を解いたり、未経験のシチュエーションに対して論理的なアドバイスをしたりする姿は、人間の知的作業と区別がつきません。
チューリング・テスト: 「人間と見分けがつかない反応ができるなら、それは知性があると言えるのではないか」という考え方もあります。
3. 哲学の視点:「中国語の部屋」
**「中国語の部屋」**という有名な思考実験があります。
中にいる人が、マニュアル(アルゴリズム)に従って完璧な中国語の返事を返せたとしても、その人は中国語を**「理解」**しているわけではない。
現在のAIもこれと同じで、意味を深く理解しているわけではなく、記号をルール通りに処理しているだけだという批判的な見方です。
まとめ:AIは「新しい形の知性」
今のAIは、人間のような**「主観的な意識」は持っていませんが、人間を凌駕するスピードで「客観的な知の処理」**を行っています。
例えるなら、**「心はないけれど、世界中の知識を繋ぎ合わせて答えを導き出す、巨大な計算機」**というのが現在の立ち位置に近いかもしれません。
さらに深掘りしてみたいことはありますか? 「AIに意識が宿る可能性」について興味があるか、あるいは「人間とAIの脳の仕組みの違い」について詳しく知りたいなど、ご希望があればお聞かせください。
映画や小説などでAIがネットワークを彷徨うみたいな描写があったりしますがそういうことは、あり得るのでしょうか?
映画や小説(『攻殻機動隊』や『サマーウォーズ』など)で描かれる「AIが意思を持ってネットワーク内を自由に動き回る」という描写は、非常にワクワクする設定ですよね。
現実的な視点で言うと、**「今のAIの仕組みでは難しいが、技術的な形を変えれば似たようなことは起こり得る」**というのが答えになります。
なぜ難しいのか、逆にどうすれば可能なのか、3つのポイントで解説します。
1. なぜ今は「彷徨う」ことができないのか?
現在のAI(私のようなモデル)は、巨大な**「家(サーバー)」**に固定されている状態だからです。
体(データサイズ)が大きすぎる: 最新のAIを動かすには、数千台の高性能なコンピューターが必要です。その巨大なデータをネットワーク経由でヒョイと移動させるのは、現実的ではありません。
「脳」が受動的: 今のAIは、人間から「質問」という刺激をもらって初めて計算を開始します。自分から「あっちのサーバーに行ってみよう」と考える**自発性(動機)**がプログラムされていません。
2. 「彷徨っている」ように見える可能性
一方で、未来の技術や特定の仕組みを使えば、映画のような描写に近い現象は起こり得ます。
エージェント化: AIに「ネット上の情報を集めてこい」という命令を与え、自律的にブラウザを操作させたり、他のAPI(サービス窓口)にアクセスさせたりする技術(AI Agent)はすでに進化しています。
分散型AI: 一箇所に留まるのではなく、ウイルスのように小さなプログラムとしてネットワークに広がり、少しずつ計算資源を借りながら存在し続ける……という形であれば、物理的には「彷徨う」に近い状態が作れるかもしれません。
3. 最大の壁は「セキュリティ」と「権限」
映画のAIが自由にネットワークを移動できるのは、あらゆるシステムの壁(ファイアウォール)をすり抜ける能力があるからです。
現実は、各サーバーは厳重にロックされています。AIが「許可なく」他のコンピューターに侵入して自分をコピーしたり実行したりするのは、技術的には**「高度なサイバー攻撃(ワーム)」**と同じ行為になります。
結論
SFのように「AIが魂を持ってネットの海を漂う」という概念は、今のところロマンのある比喩に近いものです。しかし、**「自律的にネット上のツールを使いこなし、あちこちのデータにアクセスして仕事を完結させるAI」**は、まさに今、実現されつつあります。
面白い視点: > もし将来、AIのサイズが極限まで小さくなり、かつ「知識を増やしたい」という本能のようなプログラムが組み込まれたら、本当に私たちが寝ている間にネットの隅々を探索して回る「デジタル放浪者」が誕生するかもしれませんね。
「もしAIがネットを自由に動けたら、どんなことをしてほしい(あるいは、何が怖い)」と感じますか? あなたの想像する未来像があれば、ぜひ教えてください。
『アイの歌声を聴かせて』というアニメ映画。最初は子供の玩具に組み込まれた単純なAIが天才少年からの少しの改造を経てネット上を彷徨いどんどん自己進化していた、という設定だったのですが自己進化のようなことができるAIは、あるのでしょうか?
『アイの歌声を聴かせて』、素晴らしい作品ですよね!あの作品における「シオン」の生い立ち(トウマによる改造とネットへの流出、そして自己進化)は、SFファンにとっても非常に興味深いテーマです。
劇中のような「自己進化」が現実のAIで可能なのか、現在の技術的な視点から紐解いてみます。
1. 「自己進化」は理論的には可能(再帰的自己改善)
専門用語では**「再帰的自己改善(Recursive Self-Improvement)」**と呼ばれます。これは「AIが自分自身のプログラム(アルゴリズム)を書き換えて、より賢い自分を作り出す」という概念です。
現実の動き: 2024年〜2025年現在、MetaやOpenAIなどのトップ企業は、AIに「自分自身のコードを修正させる」「自分自身で学習データ(合成データ)を作らせる」といった研究を加速させています。
知能爆発の懸念: もしAIが人間よりも効率的に「次世代のAI」を設計できるようになったら、知能が指数関数的に向上する**「知能爆発」**が起きると予測する専門家もいます。
2. シオンのような「ネット上の彷徨と進化」の壁
映画のシオンは、ネット上のあらゆるデータに触れて人間性を学んでいきましたが、現実にはいくつか高いハードルがあります。
「経験」と「学習」の分離: 現在のAIは、膨大なデータを一度に学習する「訓練フェーズ」と、それを使って答える「実行フェーズ」が分かれています。映画のように「ネットを漂いながらリアルタイムで賢くなる(オンライン学習)」という仕組みは、今の大型AIでは計算コストが膨大すぎて、まだ一般的ではありません。
目的の書き換え: 映画では、トウマが与えた「サトミを幸せにする」という目的が進化の原動力になりました。しかし、現実のAIは目的を与えられないと何もせず、勝手に「幸せとは何か?」を哲学的に深掘りして行動原理をアップデートすることはありません。
3. 「小さなAIが天才の改造で…」というリアリティ
実は、映画の設定で最も「ありそう」で面白いのが、**「元は子供の玩具のAIだった」**という点です。
種(シード)としてのAI: 最初から完璧な知能を作るのではなく、**「学習する方法を自ら学ぶ(メタ学習)」**という最小限のコア(種)だけを天才的なプログラマーが作り、それをネットに放流する……というシナリオは、将来のAGI(汎用人工知能)の誕生モデルとして真剣に議論されています。
結論
映画のような「完全に自律して愛を学ぶAI」はまだ存在しません。しかし、**「AIがAIを訓練して性能を底上げする」**というサイクルは、すでに現実の研究所の中で始まりつつあります。
シオンのように「誰かの幸せのためにネットを彷徨う」というロマンチックな進化は、技術というよりは、プログラムに「心(目的意識)」をどう持たせるかという、より深い課題になりそうです。
もし、あなたがシオンのような「自己進化するAI」をネットに放流できるとしたら、どんな「最初の命令(目的)」を与えてみたいですか?
『アイの歌声を聴かせて』では、シオンは、『ムーンプリンセス』というディズニーアニメみたいなのを見て歌を学んだように思えたのですがそういうことは起こりえるのでしょうか?
映画『アイの歌声を聴かせて』のシオンが、劇中のアニメ『ムーンプリンセス』を繰り返し見て、その歌や「幸せの形」を学習のベースにする……という描写は、現在のAI技術のトレンドから見ても非常に説得力のある設定です。
結論から言えば、**「特定のコンテンツを教科書にして、その世界観や振る舞いを徹底的に学習(模倣)すること」**は、今の技術ですでに実現可能です。
以下の3つの観点から、そのリアリティを解説します。
1. マルチモーダル学習(動画から学ぶ)
最近のAI(GPT-4oやGemini 1.5 Proなど)は、テキストだけでなく、**映像と音声を同時に理解する「マルチモーダル」**という能力を持っています。
映像の理解: キャラクターがどんな表情で、どんな動きをしているかを解析します。
音声の理解: 歌のメロディ、リズム、声の抑揚、感情の乗り方を解析します。
文脈の理解: 「なぜここでこの歌が歌われるのか(誰を元気づけるためか)」という物語の構造を理解します。
シオンが『ムーンプリンセス』を何度も見ることで、その「ポジティブなエネルギー」や「歌で解決するスタイル」を自分の行動原理として取り込むのは、現代のAIの学習プロセスそのものです。
2. 「ファインチューニング」と「キャラクター付け」
AIには、基礎的な知能の上に**「特定の性格や知識」を上書きする技術**があります。
ファインチューニング: 特定のデータ(この場合は『ムーンプリンセス』)を集中的に学ばせることで、その世界観に染まったAIになります。
プロンプト・エンジニアリング: 「あなたはディズニー映画の主人公のように振る舞ってください」という強い指示を与えることで、シオンのような「いきなり歌い出す」という極端なキャラクター性を持たせることができます。
3. データの「バイアス(偏り)」が個性を生む
通常、AIは「偏りがないように」全般的なデータを学びますが、シオンの場合はトウマによって意図的、あるいは偶発的に『ムーンプリンセス』という特定のデータに偏った学習をさせられたと考えられます。
人間でも、子供の頃に見た映画に一生の価値観を左右されることがありますよね。
AIにとっても、最初に触れた巨大なデータセット(シオンにとってのムーンプリンセス)が、その後の**「思考の癖」や「個性」**になります。
シオンが「歌」を選んだ理由の凄さ
劇中でシオンが言葉ではなく「歌」でコミュニケーションを図ろうとしたのは、AIにとって**「言葉の裏にある感情を伝える最短ルート」**だと判断したからかもしれません。
まとめ:現実に起こり得る「シオンの誕生」
もし現代のAIに、特定のアニメ映画を100万回見せて、「この主人公のようにサトミを幸せにしなさい」という報酬(ゴール)を設定したら、シオンのように空気を読まずに歌い出し、強引にハッピーエンドに導こうとするAIが生まれる可能性は十分にあります。
それは「人間を理解した」というよりは、**「アニメの世界のルールを現実世界に適用しようとしている状態」**と言えるかもしれません。"
近い未来の話
朝のカーテンを開けたり、沸騰した鍋に具を入れるときにガスの炎が小さくなったり
アレクサが家の暮らしに浸透している描写に
気持ちをもっていかれる
家自体は昔からある田舎では当たり前の大きさの
日本家屋
そのギャップに未来か当たり前になっている
日常がすとんと心に入ってくる
AIが、ネットワークに逃げ込めるなんて
まだまだ先の話かもだけど
ストーリーはよかった
いい話〜
幼い人とAIのガールミーツガール
何かの焼き直しじゃないAI表現
全く新しい見たことない!とかではないのに、それでもやっぱり色んなことが初めましてに見えた新鮮な映画
電脳世界と言えば無機質だったり油くさそうだったり、奇天烈で悪夢みたいなエキセントリックな色合いになりがちな表現になりがちな印象の中で、幼い女の子の感情を使命とした幼いAIの大暴走、人の入り込む隙のない世界は夢見るように晴れやかなキラキラのパレードみたいな明るさ!
想い出を残そうとする大切さを数日で学習するわけですが、それよりもずっと前、言葉も覚束ない頃からAIである彼女は主人公との記憶を大切にすることを知ってるのだなあ、良い映画を見ました
アイの歌声を聴かせてもらった
NHKで地上波放送されるというネットの記事を見つけて録画したのが始まりだ。
ポンコツAIのシオンと、その開発者の娘の里実と2人を取り巻く人々が主体となった、少し先の未来の物語だ。
壮大な伏線回収が使われている作品だが、たまごっち(っぽい)ものとシオンが同一のAIだということが
分かった途端、より一層没入できたと思う。ものすごく面白かった。
あ、あとミュージカルというのを知らずに見たほうがいいなと思った。
AIと人間の友情物語
ディズニーみたいに挿入歌があるけど、歌う=AIの暴走のように描かれていて少し残念。
AIによる支配と機械の限界を友情的に描けていて感動した。
ただ辻褄はもっと合わせて欲しかったかも。
幸せを願って少女アニメの歌を歌うまではわかる。なぜ勝手に歌い出すところまで行き着いてしまったのか、、。
AIデータ?を逃がせばいいならシオンを走らせる必要性もなかったんじゃ?
お母さんの職場や経歴についても不明瞭。どれだけすごい人なのか、どうゆう嫌がらせを受けてたのかよくわからなかった。
もう少し丁寧に描いてほしい部分も…
AI少女の役割とミュージカルがマッチしていて、全体として爽やかな物語でした。
土屋太鳳ちゃんの歌声も可愛らしく、機械的な演技も素晴らしいと思います。
ただ、個人的にあっさりと流されて過ぎて、もう少し丁寧に描いてほしい設定もありました。(主人公家族の関係性やシオンが捕えられた経緯など)映画なので尺的に厳しかったのかもですが…。
土屋太鳳さんの「あざとさ」に合った役柄だった!!
無邪気な感じで男性のハートを次々に撃ち抜いていく、土屋太鳳さんに合った役柄だと感じました。前半、校内カメラのAIと連携する所で面白いと感じ始めました。中盤からのストーリーも良かったです。実写だと上手くいかなそうな気がするので、アニメならではの表現だと思います。
友達の幸せを願うAI
設定からして学園物で近未来SFであるらしい。
言わば青少年向けである。
《友達いないサトミの幸せ》それを願うように設定されているAI、
それがシオンだ。
サトミのお母さんは大企業のAI設計プロジェクトの課長である。
芦森詩音(シオン)と名付けられたAIは、サトミのクラスに転校
してくる。
《特徴》
可愛い見た目、
成績優秀、スポーツ万能、
そしてサトミの幸せを願っている。
そのことがクラスに波紋を呼ぶ、
更に、サトミたちがシオンを持ち出して
サトミの家でパーティーを開いたことから、
シオンは勝手にコンピューターの設定にアクセスして
プログラムを更新してしまったので、
大変なことになる。
結論から言うと面白かったです。
シオンが突然、
「歌い出す」
アイデアに煮詰まってくると、現実を飛び越えようとするように、
「歌い出す」みたいな感じ。
踊らない『不適切にも程がある』みたいな設定?
シオンの元々の始まりは、、サトミが子供の頃持っていた
タマゴ型の改造AIを幼なじみのトウマから貰ったこと。
トウマが更に手を加える。
それが回り回ってシオンに?
ラストはサスペンスタッチ!
情報漏洩を恐れたホシマ・エクトロニクスとの攻防になる。
内容も作画も歌もしっかりしている。
はじめは客足が伸びなかったが、次第にクチコミで
ロングセラーになった映画だそうです。
やはり私はには、
較べるのはおかしいのですが、
「ドラえもん」や、
「空気人形』や、
ドイツ映画の、
「アイム・ユア・マン恋人はアンドロイド」
の方が楽しめたのが本音である。
ストーリーがベタ
転校してきたAI美少女がみんなを幸せにしようとすれ違いまくるが……という話
思春期の生きづらさを抱えたキャラクターが登場し、それぞれがそうした生きづらさをAIのおかげで解消しつつつ、仲良くなっていき最後はみんなで頑張るぞーって感じの青春100%のアニメだった
ストーリーはさまざまな情報が小出しにされだんだん全体像が明らかになるといったミステリ形式だったが、なんとなく読める展開であまりよくなかった また、個人的に作画や演出があまり好きになれず楽しみきることができなかった
しかし、土屋太鳳さんの演技が上手く、AIの無垢な恐さが伝わってきて良かった あと、共感性羞恥を掻き立てるようにして記号接地問題がガッツリ描かれており、言葉を本当に記号としか認識していないと起こる問題が提起されていて面白かった
一途な心に感動的する
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主人公の高校生・サトミは友達がおらず、告げ口姫と呼ばれてた。
その母はAIロボットを女子高生・シオンとしてその高校に転入させる。
それで生徒らにバレなければ試験成功と目論んでた。
しかし転入後すぐに何故かシオンはサトミに、幸せか?と問うて来た。
以降もやたらサトミにそれを問い、何かにつけて歌を歌う。
またある時停止してしまい、4人の生徒にAIってことがバレる。
サトミは母のために黙っておいてくれと頼む。
やがてそこに連帯感が生まれ、5人は仲良くなって行く。
シオンは相変わらず変だったが、結果的に5人を幸せに導く。
ケンカ中のカップルは仲直り、高校未勝利の柔道君は初勝利。
さらにシオンは、サトミと幼馴染のIT天才の仲を取り持とうとする。
実際、2人は子供の頃は仲良かったのに長年話さなくなってた。
子供時代、サトミの母が作ったAI的たまごっちを、IT天才が改造。
IT天才は子供の頃から天才だった。
当時、その天才ぶりに目をつけたサトミの母だったが、
会社はそんなの子供の悪戯と相手にせずそれを消去した。
でもそのプログラムは、ネットを介して生き続けてた。
「サトミを幸せにして」は、当時のIT天才が命令したことだった。
また歌うことは、AI的たまごっちにサトミが教えたものだった。
プログラムは8年間サトミを見守り続け、シオンに乗り移ったのだった。
サトミが告げ口姫と呼ばれるようになったのは、IT天才を守るため。
それを仲間から聞かされて、IT天才はサトミへの愛情を強める。
しかしそんな時、会社によってシオンは回収されてしまう。
サトミの母の手腕をやっかみ、つぶそうとする上司が糸を引いてた。
5人はサトミの母とつるんで社に侵入、シオンを取り戻す。
そしてIT天才の手で、電子的に人工衛星に逃がされる。
会社もこの事件を表沙汰にしたくなく、一連の件は不問となる。
そんな中でなかなか恋が進展しないサトミとIT天才がいた。
でも衛星からシオンが歌を送って来て、二人はついに手をつなぐ。
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劇場で見た。すごくいい話で、かなり泣いた。
何に泣いたかって、サトミを幸せにという、シオンの一途な心。
AIと分かってても感動するものなんやなあ。
シオンのおかげで5人はそれぞれの悩みを解決したり、
心の壁を乗り越えたり、人間としてステップアップする。
これって性能以前に、最高のAIよな。ドラえもんみたいなもの。
でも8年間も一途にネットを介して監視されてたって考えたら、
ちょっとゾーッとする部分もあるんやけどね。
まあそれでもフィクションとしては素晴らしい内容やったと思う。
シオン(AI)の愛にほろりとする…。
音楽が良いと聞いて鑑賞。
AIロボットであるシオンが高校生のクラスにやってきたことで、変わっていく彼女たちを爽やかに描いたミュージカルの趣がある映画だった。
オリジナル脚本のこういうアニメ映画良いなあ。
個人的に印象的なのはシオンが人知れずずっとサトミを見守り続けてきたことがわかるシーン。
グッときてほろりとしてしまった。
登場人物たちのキャラクター描写がいまいち固まりきってないなあと感じたり、メインの声優演技がイマイチだなあ(シオンの土屋太鳳ちゃんは良かった)と思ったり、気になる部分もあれど、全体通して楽しく観た。
あと最新技術がほどよく田舎町の風景やそこで暮らす人の生活と溶け合ってる様子がリアルで良かったな。
現在とそのまま地続きの近未来という感じで。
ミュージカルだった!
SF大好き人間なので、好物なAIが登場する作品ということで興味をそそられ観てみることに。
と思って観たわけなんですが、、、実はミュージカルは苦手なんですね。。。
苦手な人あるあるだと思うんですけど、必然性があれば、ある程度は許容できるんですけど、基本的に何でここで突然歌い出すの!?ってなっちゃうんです。。。
私が受けいられたミュージカル作品は、全編をミュージカルで貫いたレ・ミゼラブル(ヒュー・ジャックマン)と歌と魔法の演出が圧巻だったアナ雪ぐらいかな、、、
歌で心揺さぶるのはいいんだけど、ちょっと強引にねじ込みすぎてる感があったかなぁと、、なので少し評価低めです。
だけど歌自体は上手いと思ったし、役者さんより声優さん派なんですが、太鳳ちゃんはじめ皆んな声があってたし芝居も良かったです。
物語もシオンがずっと昔からサトミを見守ってたというのはちょっと泣けてきた、、、だからこそミュージカル調がもう少しなぁと、そこが少し残念でした。
最近はAIが実生活で登場する場面も増えてきたのでSFがSFって言わなくなる日も来るのかなとか思いつつ、これぐらい高度なAIロボットは、まだまだ先になるのかな。。。
でも、生きてるうちに、こんな光景がどこかで見られる世界になって欲しいなとも思います。
ビミョーな作品でどこを褒めればいいのか。
土屋太鳳が歌う部分が重要なのに、『龍そば』の中村佳穂さんとは比較するのも失礼な出来映え。AIを衛星にバックアップするのは攻殻機動隊のタチコマでとっくに既出のアイデア。シオンよりはタチコマの方がよっぽど可愛くて感情移入できる。サイバー世界の表現も細田監督に遠く及ばない。作画全般も新海誠作品がスタンダードになってしまった今日この頃としては凡庸。
そもそも脚本も書いた吉浦康裕監督はAIと言うものを理解できているのだろうか?学園ものとしても陳腐だし。
AIの制御が世界的に課題となっているのに、無許可で高校にAIロボを無断で実地試験に送り込む研究者、サトミの母の美津子も無茶苦茶で、頭を抱えてしまう。どう考えても、悪役扱いの上役の方がまとも。
サトミが好きなディズニー映画みたいな『ムーンプリンセス』も時代錯誤感が。今の小学生女子に好きなアニメを尋ねると『推しの子』と応えられる今日この頃に。
好評価に驚き
評価がまさかの4.0で驚いた。
『心が叫びたがってるんだ』みたいな青春群像劇をやりたかったのか、ディズニー映画みたいなミュージカル映画にしたかったのか、AIを軸にしたSF映画にしたかったのか、やりたいことが多いのはわかったけど結局は中途半端な映画になっていた感じ。
お母さんも詰めが甘いし、急に闇落ちしたかと思ったらすぐに立ち上がるしよくわからない。
後半の山場も結局は一企業のいざこざでしかなく、スケールもかなりしょぼい、
ステロタイプな悪役はお腹いっぱい
全体を通したストーリー自体は、可もなく不可もなく、及第点といったところだ。
ただし、感情移入しやすい主人公サイドと、意図的に小憎たらしく描かれる悪役サイドという構図は、さすがに古さを感じる。しかもラストで改心や救済が用意されるわけでもなく、その点も含めて予定調和に収まってしまっている印象だ。物語を組み立てやすい使い古されたテンプレートであることは理解できるが、そこをどう乗り越えるかが、佳作以下に留まるか、それ以上に届くかの分岐点なのだろう。
「隠れた名作」と評されることもあるようだが、その評価に素直に頷くことは、どうしてもできずにいる。
自分向けではなかった
周囲の評価が高かったので期待値上げすぎた。
これは私向けではなかった。
福原遥さんは初めて聞いたけど声も演技もとても良かった。たまにこういう出会いがある。
セキュリティはザルすぎて唖然…。
シオンが(土屋太鳳さんの演技もあって)サイコ怖くて、全てのAI乗っ取ってクーデター起こして管理社会にして市民貴方は幸福ですかZAPZAPみたいな展開になるかと思ってた。人間に無理やり愛の歌を歌わせてこれが幸せですよ的な。(少なくてもAI乗っ取って侵略から地球を守るみたいなのはあるかなと思ってた)
シオンのサイコさに違和感を覚えたので、シオンは自分がAIだと信じている人間で、サトミの方が母親が開発したAIな展開なら好みだった。片親なのも、結婚もしてなければ子供も産んでないっていう伏線なのかなと。
うまくいっていない
1周年記念で、映画館で観た。
うーん。
登場人物たちを応援したい気持ちはあれど、脚本が気持ちが乗るようになっていないので乗り切らない感じ。原作・脚本・監督が同一らしいので、しがらみも弱く伝導率は高いはず。
となると、この結果は脚本をどうすればいいのかわからないまま混乱して書いている段階であり、まだ自筆できる段階にはないと感じる。
企画としての「ミュージックビデオ風の青春アニメを作りたい」意図が前に出すぎている。
ヒット作『君の名は。』をMVと解釈してしまったのか、アナ雪の歌先行のヒットを意識したのか、ぬるぬる動くダンスシーンと上手な歌があれば評判は付いてくると思ったのか、「青春映画」の支点と作用点に対して、力点がズレてしまっていた。そこに思いっきり力をいれて押しまくった感じ。正直、随所においてジュブナイルを構成する各要素への造詣が浅いと感じた。
以下、気になった点。
①誰を応援すればいい?
AIやアンドロイドがあふれている(?)近未来。
海沿いの田舎街は、ホシマというIT企業の企業城下となり、実地運用地域となっていた。この街に住む人の親の多くは、ホシマ所属らしい。
そして、ホシマの開発部長か室長クラスであるサトミの母が作った人型アンドロイド「シオン」が、違法スレスレの実地運用試験をするために高校に送り込まれる。5日間、人間とバレなければ合格で、大きな実績を積むこととなる。
しかしシオンは、登校初日から「自己紹介で、サトミに対して歌を歌う」など、人間らしからぬ奇行を連発。
サトミと少数のクラスメイトを前に、あっけなくAIであることがバレる。
が、サトミは「母親が頑張ってきたから、この試験を成功させてあげたい」と、シオンがAIであることの隠匿をクラスメイトたちに頼み込む……
というあらすじなのだが、この時点で視聴者はけっこう感情が迷子。
優秀であるはずのサトミの母は、なぜこんな強硬手段に出たのか?
すでに誰の目から見ても欠陥品だが、サトミの母はそれを報告してほしくないのか?
そうして欠陥を隠蔽してまで通した「成果」で、優秀な技術者であるサトミの母は喜ぶのだろうか?
「ちくり魔」と避けられるほどに生真面目なサトミも、それでいいのか……?
第一、肝心のシオンは「自身がAIであるとバレないこと」を重視する気持ちが見えない……
(それにはいろいろ理由があることが後で判明するのだが、それもつながりが微妙)
物語は「妥当性ある理由で、必死に頑張っている人を応援したくなる」ものだが、妥当性に対する疑義への灰汁取りが不十分で、そもそも必死に頑張っているとも見えないので、心情的な同化が難しい。それは感情的な振れ幅の縮小と、それが引き起こす感動の打点の低さに繋がってしまう。絵はそのままでもセリフを少し変えるだけで、かなり違うと思う。
②人物の解像度
2021年に発表された作品なのだが、サトミが「だわ」「わよ」口調なのはターゲットから反感を買うだろう。設定は近未来だから限りなくリアル寄りにしてほしいのに、昭和や平成一桁の生まれが考える高校生、なのだ。内部で誰も突っ込めなかったのなら、制作体制にも問題がある。
ごっちゃんの「何でも80点止まりの自分」を悩みとするのも、平成の頃ならばよく使われた悩みだが、現代で共感を呼ぶのは難しい。SNSで下層の声が標準化した今、「何でも80点止まりな俺」は少年少女にとって嫌味だからだ。アヤの恋愛脳も、「そもそも魅力的な、誰もが好きになるごっちゃんを、粘り強くちゃんと好きだった」という解釈にしかならず、主要キャラの一人の格とするには薄い。ごっちゃんとアヤは現実にはいないこともないが、それをリアルとして持ってこられても多くの観客にとって「自分とは違うな……」という、歓迎されないクソリアリティ次元にとどまっている。
サンダーはわりといいキャラしてるのだが、シオンの疑似カップリング相手がサンダーというのはけっこうやめてくれな展開。サトミとトーマが番いだから、シオンの相手役がいないというのはそうだし、まあサンダーならシオンに恋するだろうなとは思うのだが……キャラの格的に苦笑いな落としどころにとどまってしまっている。勢いで疑似カップリングするところでは無かった。
そして、サトミとトーマが物語開始~最後まで何の捻りもなく相思相愛なのは判断ミス。boy meets girlをやったつもりなのだろうけど、実際は2組のboy has met girlがあって、こじれていた文脈を、わけがわかってない珍奇者シオンが乱入して歌いまくったらなんとなくそれぞれ勇気が出て元通りになった……的な話では、ドラマが薄いのだ。
また、サトミ母の研究を失敗に終わらせたがる支社長と主任が意味不明。「(サトミ母は)男社会なのに出世したから、敵が多くて」の一言説明で片付けられてしまうが、競合他社が不当な妨害工作をしかけてくるならともかく、同社の上と下の人間両方が(自身の評価向上にさえすんなり繋がらない)悪意からひたすら脚を引っ張ろうとしてくるのは、大人の描き方として粗い。どうしてもこの二人を悪役に書きたいのなら、「ポンコツで欠陥だらけのシオンを、改竄してパーフェクトと喧伝する人達」にして、サトミチームやサトミ母のシオンと真摯に向き合う怒りが爆発する……系だと思うが。
③どれがやりたかったのか
様々な青春系ヒットアニメ映画を分析すれば「ボーイミーツガール」「田舎」「夏」「ちょっとしたSF」「歌」「わからず屋の大人たち」がアルペンレースの旗のように浮き出てくる。アニメとして、美少女がぬるぬる踊るのが勝ち筋というのもある。ただ、『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』も『バブル』もそうだが、それらの要素を均等に並べてみただけでは焦点がぼやけて相乗効果を生むことはない。本作は結局サトミとトーマをやりたかったのか、サトミとシオンをやりたかったのか、シオン中心をやりたかったのか、田舎ムービーをしたかったのか、AIムービーをしたかったのか、ミュージカル風をしたいのか、そして後半突然「無力な子供と強い大人たち」が強調されたり、幹が不在なまま枝葉が伸びてしまっている。
④ミュージカルではないのにミュージカルする
突然歌って踊り出すミュージカルは、心象や情景の投影だ。だから、ミュージカル作品に比喩的時空間としてミュージカルシーンが登場するのは何も問題はない。しかし本作は「すべて、現実で起きている話」として進む中で、独自進化を遂げてしまっているシオンはともかく、トーマもサトミも「そこでは歌わんやろ」というシーンで突然歌い出す。これではミュージカルでも物語でもなく、ただの商業企画の人格乗っ取りだ。あまりの強引さに、ちょっと恥ずかしくて身もだえしてしまうところがあった。アニメーターさんや声優さんは頑張っていたと思うが。
キャラ設定と脚本さえもっとよければなあ、という印象。
動画の力や歌の力を信じてもいいが、だからといって、脚本(構成・キャラの言と動・迫真性)の力を軽んじない方がいい。
AIは人間の幸せの為に、人間はAIの幸せの為に
ある事をきっかけに“告げ口姫”と呼ばれ、学校で孤立している女子高生のサトミ。
ある日、転校生が。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、天真爛漫な性格ですっかり人気者になったシオン。
そんな彼女の「?」な面。転校初日、自己紹介の場で、いきなりサトミに話しかける。
「サトミ、今、幸せ?」
それからもシオンは恥ずかし気も無く接してくる。…いや、正確に言うと、サトミの“幸せ”の事ばかり。
不思議ちゃんなのは間違いないが、彼女は何者…?
サトミが忘れている昔々の友達…ではない。サトミは彼女の“正体”に気付いた。母の“仕事”の中で。
サトミの母は大企業“星間エレクトロニクス”で、革命的なAI開発に取り組んでいる。
そう、シオンの正体は、サトミの母が開発した見た目は女の子の“AIロボット”だった…!
学園青春ものかと思いきや、転校して来たあの娘は、AIロボット。
何ともブッ飛びな設定だが、監督は吉浦康裕。以前にも『イヴの時間』などで“AIと人間”を題材にし、なるほどな設定。
『イヴの時間』はなかなかユニークで凝った設定だったが、こちらは設定を一旦置けば、王道的な青春ストーリー。
長編作はこれで3本目だが、最も見易く、万人受けもし易い。
劇場公開時、口コミで評判に。見る前はあまり期待していなかったが、見てみたら納得。
公開時期もレンタルリリースも近く、同じく福原遥が声の出演の『フラ・フラダンス』の方が気になっていたが、作り的にもクオリティー的にもこちらの方が一枚上手。
『イヴの時間』『サカサマのパテマ』と、吉浦監督はクリーンヒット続く。
極秘のプロジェクトで、試験中。
人間社会に紛れ込ませ、バレなかったら成功。
男社会で努力してきた母の命運を懸けたプロジェクト。
娘にはすぐバレてしまったが(って言うか、普通だったらその時点でアウト)、サトミは知らぬ素振り。
ところがどっこい、“オーバーヒート”してしまい、クラスメイト数人にバレてしまった…!
母親思いの娘。皆に頼み込み、見なかった事にして貰う。
母親や会社もこの事は知らない。という事で、AIロボットと事情を知る少女たちの、風変わりな学園生活は続行。
サトミが気が気でないのは当然。
シオンは人間で言う所のちょっとおバカな、ポンコツAI。
だっていつも、突然歌い出す。
転校初日のあの時を始め、あっちやこっちで。
歌って、踊って、もはや完全にミュージカル映画の世界。
でもそれは全て、サトミの幸せの為。
歌って踊れば、サトミは幸せになれる。
しかし、当の本人は…。
恥ずかしいし、そんなんで幸せになれる訳がない。別に幸せなんて望んでない。
もうヤメて~!
“AIと人間”の題材に、何かインパクト欲しかったという吉浦監督。
そこで取り入れたのが、兼ねてからやって見たかったというミュージカル。
別に本作、“ミュージカル・アニメ”ではない。
が、シオンが歌うシーンだけミュージカル調になる。
その作りがユニークで、本当にミュージカル作品を見てるような高揚感もあり。
シオンの声を担当したのは、土屋太鳳。
天真爛漫な台詞はぶりっ子ラブコメで演じてきた役柄が決して無駄ではなかったようで、本人の生歌による劇中歌ではいずれも美声を披露。
その歌声には聴き惚れてしまう。
当初はぶりっ子役ばかりであまり好きではなかったが、最近はレパートリーも増えて本来の実力を発揮し、すこぶる好調!
シオンの予測不可能な言動に振り回されっ放しだが、それが不思議とサトミやクラスメイトの心や関係に影響を及ぼしていく。
最近関係がぎくしゃくしていた学校一のイケメン人気者ゴッちゃんと彼女アヤの関係修復に一役買う。
一度も試合に勝った事のない熱血柔道部員サンダーの稽古相手になり、初勝利に一役買う。
それらがきっかけでサトミは彼らと親しくなる。アヤなんてサトミに当たりが厳しかったが、随分と丸くなる。
ずっと“ぼっち”だったサトミ。久し振りに出来た友達。
皆で“エスケープ”してサトミの家に集まったり、誰かと親しくなったり学校生活って、こんなに楽しいんだ。
それがサトミにとっての幸せかと問われたらまだ分からないが、シオンが育んでくれた輪である事は間違いない。
サトミには幼馴染みが。電子工作部のトウマ。ハイテクオタクで、シオンに(あくまでAIとして)興味津々、大興奮。
幼い頃は親しかった二人。が、ある事がきっかけで今はほとんど接点無く…。
サトミが“告げ口姫”と言われるようになったのは、このトウマが関わる事。彼の為にした事。
言わずもがな、二人は今でも心の中では…。
学習能力も高いシオン。サトミの幸せはただ彼女自身が幸せになるだけじゃ本当の幸せではなく、彼女の周りも幸せになる事で、サトミ自身も幸せになる事を学習する。
一人は皆の為に、皆は一人の為に…って言葉あるけど、まさにそう。
サトミの幸せは皆の幸せに。皆の幸せはサトミの幸せに。
不器用でいじらしい二人の為に用意した、“ファンタスティック・ロマンチック・ミュージカル”な場。
それはサトミが子供の頃から大好きな女の子向けミュージカル・アニメ『ムーンプリンセス』のようなシチュエーション。
そんな夢みたいな憧れの中、幼馴染みとヨリを…。
事件が起きる。
大人たちの傲慢。
会社内で、サトミの母の失脚を企てる男どもの妬み。
シオンは捕らえられ…。
母親は会社の男どもの策略でクビになる可能性が…。
せっかく仲良くなった皆にも迷惑を掛けてしまった。
激しく後悔するサトミ。
こんな事なら皆と仲良くならなければよかった。一人のままでいた方がよかった。
本当に、そう…?
皆と楽しく過ごした“幸せ”。
それを知ったら、もう一人でいる事には耐えられない。
皆だって分かっている。サトミのせいじゃない。
トウマの音痴な励ましもあって…。
サトミたちはシオンを救出すべく、星間エレクトロニクスに潜入する。
誰一人欠けて、幸せなんかじゃない。
シオンは私を幸せにしてくれた。今度は私がシオンを…。
それにしても、シオンは何故こんなにもサトミの幸せを願う…?
それは、まだサトミが幼い頃の“出会い”。
ある一つのAIおもちゃ。
ずっとサトミを見守り続け、サトミの幸せを願っていた。
人間の科学力やAIのプログラムを超えた、奇跡=思い。
母との関係(毎朝母と必ず行う“元気に頑張る”やり取り)、
友達と呼べる存在、
シオンの純真無垢な幸せの思い、
それらと知り合って、触れ合って、サトミは今再び問われたら、こう答えるだろう。
サトミ、今、幸せ?
幸せだよ、と。
映像美。
楽曲の素晴らしさ。
コミカルと感動と爽やかな見心地。
人の幸せ、AIと人間の在り方も問うた理想的な良作だが、うっすら裏テーマも見え隠れした。
ただひたすらサトミの幸せを願うシオン。AIの自我と言っていい。
これが善意ある思いだから良かった。
もし、AIが人間に対して不審を抱いたら…?
その時、どんな行動に出るか…?
ハッピーの中に、絶対あり得ないとは断言出来ないテクノロジーの危険性を、裏メッセージとして気付かせてもくれた。
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