アイの歌声を聴かせてのレビュー・感想・評価
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嬉しくて、切なくて、いじらしくて、一生懸命で不器用な青春
久しぶりにアニメを観て泣いた。こんな体験をしたのは『Wolf Walkers』以来のことだ。
涙が溢れるというよりも、気がつくと鼻がじゅくじゅくしていた。押しては返す心の震えが乾いたはずの瞳を潤す。そんな感じが続いた後、ラスト20分は涙腺が決壊に追い込まれたのだった。
主人公の少女は、AI開発のトップ企業の実験都市で研究を続ける母と二人暮らし。お気に入りアニメソングが流れる目覚まし時計は、彼女が起きると「カーテンを開けますか」と声をかけ、室外の温度や湿度、母の帰宅時間も教えてくれる。『トータル・リコール』のような行きすぎた未来ではなく、AIが日常に溶け込んだ描写が素晴らしい。
少女の名は天野悟美(サトミ)。
クラスの中で「変わり者」扱いされている。その理由は上級生たちの喫煙をチクったからだというが、彼女自身は何も語らない。
ある日、サトミが通う学校に転校生がやって来る。実は母が開発中の人型AI。研究チームは5日間正体がバレなければ汎用性が示せると考えたのだ。
転校生の名は芦森詩音(シオン)。
自己紹介を求められた転校生は、教室でサトミを見つけると一目散に駆け寄り「今、幸せ?」と問いかけ、いきなりサトミが大好きなアニソンを歌い始める。凍り付きそうなその場の空気を和らげたのは、クラス1のハンサムボーイ後藤(ゴッちゃん)だった。
翌朝、母のPCを見たサトミはシオンの正体を知ってしまう。ちょっと変だけど可愛い転校生は瞬く間に校内の人気者になっていく。でも、良い事ばかりは続かない。シオンが予期せぬトラブルで行動停止、AIであることがバレてしまうのだ。
その場に居合わせたのはサトミと同級生4人。幼馴染みで機械マニアの素崎十真(トウマ)、ゴッちゃんと彼を慕う綾(アヤ)、AIを相手に組稽古する柔道部の杉山鉱一郎(サンダー)だ。
朝から深夜まで、ずっと研究を続けてきた母の姿を見て育ったサトミは、お願いだから秘密にしてと頼み込む。決して知られてはならないシオンの秘密を共有した5人は、互いに欠かせない存在として固く結ばれていく。
「今、幸せ?」
初めて会った日にシオンがサトミに投げかけた言葉の意味が明らかになる時、嬉しくて、切なくて、いじらしくて、一生懸命で不器用な青春が弾ける。
AIが果たす役割についての寓話。
映画を観ながら、ふとこの映画の感動の構図と似たものを思い出した。『天空の城のラピュタ』のロボット兵のくだりだ。初めて会うはずのシータを守るようにプログラムされ、ただその目的のために稼働し、そして破壊される。ただ人格のない機械が役割を果たしただけなのに、あの映画でも突出して感動的なシークエンスだった。
この映画のAIが(『フリーガイ』とも被りますが)果たす役割も、とにかくあらゆる手立てを尽くして主人公を幸せにすること。プログラムされたものに、擬人化、もしくは擬人化を超えた魂のようなものを感じるパターンは、ほかにも『人造人間キカイダー』『ターミネーター2』や『アイアン・ジャイアント』なんかがあって決して目新しいものではないが、一抹の切なさとともに否応無しに感動させられてしまう黄金のパターンだと思う。
じゃあ、その感動の先になにがあるのか? AIは人と同じになったか? いや、より高次元の存在になったのか? それとも、ひたすらに主人に尽くし続けるからこそ感動的なのか? それは人間の一方的な勝手ではないか? そもそも機械であるからより純粋な機能であるべきなのか? そんないろんなことが頭をよぎるのだが、作品としては、そこまでの答えを求めている印象ではない。思わず目頭が熱くなったけれど、ただ感動しているだけでいいのかと考えてしまう作品ではある。
しかしディズニーアニメを模しているのは明白なのに、ミュージカルシーンの絵の力が及んでいないように感じるのは、個人的なもったいないポイントのひとつでした。
もう少し丁寧に描いてほしい部分も…
AI少女の役割とミュージカルがマッチしていて、全体として爽やかな物語でした。
土屋太鳳ちゃんの歌声も可愛らしく、機械的な演技も素晴らしいと思います。
ただ、個人的にあっさりと流されて過ぎて、もう少し丁寧に描いてほしい設定もありました。(主人公家族の関係性やシオンが捕えられた経緯など)映画なので尺的に厳しかったのかもですが…。
土屋太鳳さんの「あざとさ」に合った役柄だった!!
無邪気な感じで男性のハートを次々に撃ち抜いていく、土屋太鳳さんに合った役柄だと感じました。前半、校内カメラのAIと連携する所で面白いと感じ始めました。中盤からのストーリーも良かったです。実写だと上手くいかなそうな気がするので、アニメならではの表現だと思います。
友達の幸せを願うAI
設定からして学園物で近未来SFであるらしい。
言わば青少年向けである。
《友達いないサトミの幸せ》それを願うように設定されているAI、
それがシオンだ。
サトミのお母さんは大企業のAI設計プロジェクトの課長である。
芦森詩音(シオン)と名付けられたAIは、サトミのクラスに転校
してくる。
《特徴》
可愛い見た目、
成績優秀、スポーツ万能、
そしてサトミの幸せを願っている。
そのことがクラスに波紋を呼ぶ、
更に、サトミたちがシオンを持ち出して
サトミの家でパーティーを開いたことから、
シオンは勝手にコンピューターの設定にアクセスして
プログラムを更新してしまったので、
大変なことになる。
結論から言うと面白かったです。
シオンが突然、
「歌い出す」
アイデアに煮詰まってくると、現実を飛び越えようとするように、
「歌い出す」みたいな感じ。
踊らない『不適切にも程がある』みたいな設定?
シオンの元々の始まりは、、サトミが子供の頃持っていた
タマゴ型の改造AIを幼なじみのトウマから貰ったこと。
トウマが更に手を加える。
それが回り回ってシオンに?
ラストはサスペンスタッチ!
情報漏洩を恐れたホシマ・エクトロニクスとの攻防になる。
内容も作画も歌もしっかりしている。
はじめは客足が伸びなかったが、次第にクチコミで
ロングセラーになった映画だそうです。
やはり私はには、
較べるのはおかしいのですが、
「ドラえもん」や、
「空気人形』や、
ドイツ映画の、
「アイム・ユア・マン恋人はアンドロイド」
の方が楽しめたのが本音である。
ストーリーがベタ
転校してきたAI美少女がみんなを幸せにしようとすれ違いまくるが……という話
思春期の生きづらさを抱えたキャラクターが登場し、それぞれがそうした生きづらさをAIのおかげで解消しつつつ、仲良くなっていき最後はみんなで頑張るぞーって感じの青春100%のアニメだった
ストーリーはさまざまな情報が小出しにされだんだん全体像が明らかになるといったミステリ形式だったが、なんとなく読める展開であまりよくなかった また、個人的に作画や演出があまり好きになれず楽しみきることができなかった
しかし、土屋太鳳さんの演技が上手く、AIの無垢な恐さが伝わってきて良かった あと、共感性羞恥を掻き立てるようにして記号接地問題がガッツリ描かれており、言葉を本当に記号としか認識していないと起こる問題が提起されていて面白かった
一途な心に感動的する
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主人公の高校生・サトミは友達がおらず、告げ口姫と呼ばれてた。
その母はAIロボットを女子高生・シオンとしてその高校に転入させる。
それで生徒らにバレなければ試験成功と目論んでた。
しかし転入後すぐに何故かシオンはサトミに、幸せか?と問うて来た。
以降もやたらサトミにそれを問い、何かにつけて歌を歌う。
またある時停止してしまい、4人の生徒にAIってことがバレる。
サトミは母のために黙っておいてくれと頼む。
やがてそこに連帯感が生まれ、5人は仲良くなって行く。
シオンは相変わらず変だったが、結果的に5人を幸せに導く。
ケンカ中のカップルは仲直り、高校未勝利の柔道君は初勝利。
さらにシオンは、サトミと幼馴染のIT天才の仲を取り持とうとする。
実際、2人は子供の頃は仲良かったのに長年話さなくなってた。
子供時代、サトミの母が作ったAI的たまごっちを、IT天才が改造。
IT天才は子供の頃から天才だった。
当時、その天才ぶりに目をつけたサトミの母だったが、
会社はそんなの子供の悪戯と相手にせずそれを消去した。
でもそのプログラムは、ネットを介して生き続けてた。
「サトミを幸せにして」は、当時のIT天才が命令したことだった。
また歌うことは、AI的たまごっちにサトミが教えたものだった。
プログラムは8年間サトミを見守り続け、シオンに乗り移ったのだった。
サトミが告げ口姫と呼ばれるようになったのは、IT天才を守るため。
それを仲間から聞かされて、IT天才はサトミへの愛情を強める。
しかしそんな時、会社によってシオンは回収されてしまう。
サトミの母の手腕をやっかみ、つぶそうとする上司が糸を引いてた。
5人はサトミの母とつるんで社に侵入、シオンを取り戻す。
そしてIT天才の手で、電子的に人工衛星に逃がされる。
会社もこの事件を表沙汰にしたくなく、一連の件は不問となる。
そんな中でなかなか恋が進展しないサトミとIT天才がいた。
でも衛星からシオンが歌を送って来て、二人はついに手をつなぐ。
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劇場で見た。すごくいい話で、かなり泣いた。
何に泣いたかって、サトミを幸せにという、シオンの一途な心。
AIと分かってても感動するものなんやなあ。
シオンのおかげで5人はそれぞれの悩みを解決したり、
心の壁を乗り越えたり、人間としてステップアップする。
これって性能以前に、最高のAIよな。ドラえもんみたいなもの。
でも8年間も一途にネットを介して監視されてたって考えたら、
ちょっとゾーッとする部分もあるんやけどね。
まあそれでもフィクションとしては素晴らしい内容やったと思う。
シオン(AI)の愛にほろりとする…。
音楽が良いと聞いて鑑賞。
AIロボットであるシオンが高校生のクラスにやってきたことで、変わっていく彼女たちを爽やかに描いたミュージカルの趣がある映画だった。
オリジナル脚本のこういうアニメ映画良いなあ。
個人的に印象的なのはシオンが人知れずずっとサトミを見守り続けてきたことがわかるシーン。
グッときてほろりとしてしまった。
登場人物たちのキャラクター描写がいまいち固まりきってないなあと感じたり、メインの声優演技がイマイチだなあ(シオンの土屋太鳳ちゃんは良かった)と思ったり、気になる部分もあれど、全体通して楽しく観た。
あと最新技術がほどよく田舎町の風景やそこで暮らす人の生活と溶け合ってる様子がリアルで良かったな。
現在とそのまま地続きの近未来という感じで。
ミュージカルだった!
SF大好き人間なので、好物なAIが登場する作品ということで興味をそそられ観てみることに。
と思って観たわけなんですが、、、実はミュージカルは苦手なんですね。。。
苦手な人あるあるだと思うんですけど、必然性があれば、ある程度は許容できるんですけど、基本的に何でここで突然歌い出すの!?ってなっちゃうんです。。。
私が受けいられたミュージカル作品は、全編をミュージカルで貫いたレ・ミゼラブル(ヒュー・ジャックマン)と歌と魔法の演出が圧巻だったアナ雪ぐらいかな、、、
歌で心揺さぶるのはいいんだけど、ちょっと強引にねじ込みすぎてる感があったかなぁと、、なので少し評価低めです。
だけど歌自体は上手いと思ったし、役者さんより声優さん派なんですが、太鳳ちゃんはじめ皆んな声があってたし芝居も良かったです。
物語もシオンがずっと昔からサトミを見守ってたというのはちょっと泣けてきた、、、だからこそミュージカル調がもう少しなぁと、そこが少し残念でした。
最近はAIが実生活で登場する場面も増えてきたのでSFがSFって言わなくなる日も来るのかなとか思いつつ、これぐらい高度なAIロボットは、まだまだ先になるのかな。。。
でも、生きてるうちに、こんな光景がどこかで見られる世界になって欲しいなとも思います。
ビミョーな作品でどこを褒めればいいのか。
土屋太鳳が歌う部分が重要なのに、『龍そば』の中村佳穂さんとは比較するのも失礼な出来映え。AIを衛星にバックアップするのは攻殻機動隊のタチコマでとっくに既出のアイデア。シオンよりはタチコマの方がよっぽど可愛くて感情移入できる。サイバー世界の表現も細田監督に遠く及ばない。作画全般も新海誠作品がスタンダードになってしまった今日この頃としては凡庸。
そもそも脚本も書いた吉浦康裕監督はAIと言うものを理解できているのだろうか?学園ものとしても陳腐だし。
AIの制御が世界的に課題となっているのに、無許可で高校にAIロボを無断で実地試験に送り込む研究者、サトミの母の美津子も無茶苦茶で、頭を抱えてしまう。どう考えても、悪役扱いの上役の方がまとも。
サトミが好きなディズニー映画みたいな『ムーンプリンセス』も時代錯誤感が。今の小学生女子に好きなアニメを尋ねると『推しの子』と応えられる今日この頃に。
好評価に驚き
評価がまさかの4.0で驚いた。
『心が叫びたがってるんだ』みたいな青春群像劇をやりたかったのか、ディズニー映画みたいなミュージカル映画にしたかったのか、AIを軸にしたSF映画にしたかったのか、やりたいことが多いのはわかったけど結局は中途半端な映画になっていた感じ。
お母さんも詰めが甘いし、急に闇落ちしたかと思ったらすぐに立ち上がるしよくわからない。
後半の山場も結局は一企業のいざこざでしかなく、スケールもかなりしょぼい、
ステロタイプな悪役はもううんざり
全体を通じたストーリーは及第点。
ただ、贔屓したくなる主人公サイドにと小憎たらしい悪役サイドという描き方はもう古いよ。(ラストで改心といった救済もないし。)
使い古されたテンプレで話は組み立てやすいんだろうけど、そこを巧く乗り越えられるかどうかが佳作以下と以上の分岐点なんだろうね。
隠れた名作のように扱われてるけど、その向きにはどうしても疑念が残る。
天馬トビオだ!
天馬アトムだ♥
サンダ○杉山?
図書館に『ムーミ○谷の冬』があった。
脚本で、結末が少し甘かった。
歌を交えて、ミュージカル風にしているのは認める。旧国営放送の女優さんの様だが、歌もうまいと思う。でも、合唱とかに、もっと発展すると良いのになぁと思う。
言うまでもなく、ロボット三原則をやぶるAIであって良い訳がない。ロボットが人間の為に存在するからには、人間には絶対に危害を加えてはならないと言う原則がある。
では
どうして、あるのか?
それは『ロボットは人間に危害を加える事が出来る』からだ。人間に近づけは近づくほど、人間に危害を加える事が出来るのだ。
『大量破壊兵器』と言う言葉を忘れてはならない。『人間をいやす為にロボットはあるべきだ』と言うのがアイザック・アシモフ氏の考えたロボット三原則。今から100年以上前に考えられている。その間に何人の罪なき人達が『兵器』に殺戮されたであろう。だから、
星間の所長が言う事は間違いない。
お母さんに言いたいね。男みたいに泣き喚く事は無い。会社が嫌なら、そんな会社辞めれば良い。
この母さん『間違って無かったのね』って、言語AI(たまごっち)を改造した、この少年の『バグ』が『シオン』を改善した。この母さん少し自信過剰の自己中だと感じる。
AIに対する考えは色々あるが、所詮『人間ありき』だと知るべきだ。仮に人間が一人もいなくなれば、AIの存在の意味がない。つまり、機械は絶対に人間になれない。AIに越されるか越されないか?を憂えるのではなく、AIには絶対に無い人生を、有意義に『過ごせるか、過ごせないか』を憂えるべきだと思う。
途中の脚本は破綻していたが、再生可能エネルギーを全面に出しているので、良いと思う。但し、星のシーンをもう少し綺麗に描くべきだったと感じる。
鉄○アトムはロボットの話では無い。人種差別とか戦争に対する平和を願ってのイデオロギーが隠されている。
やはり、恋愛は大願成就しない方が切ないと思う。また、高校生が『フライング・ダッチマンの奥さん』を好きになるのは、タバコをサッカー部の部室で吸う事よりも問題に感じる。
ネタバレあり
『シオン、幸せ?』
私なら
『命令ですか?』にしたい。
自分向けではなかった
周囲の評価が高かったので期待値上げすぎた。
これは私向けではなかった。
福原遥さんは初めて聞いたけど声も演技もとても良かった。たまにこういう出会いがある。
セキュリティはザルすぎて唖然…。
シオンが(土屋太鳳さんの演技もあって)サイコ怖くて、全てのAI乗っ取ってクーデター起こして管理社会にして市民貴方は幸福ですかZAPZAPみたいな展開になるかと思ってた。人間に無理やり愛の歌を歌わせてこれが幸せですよ的な。(少なくてもAI乗っ取って侵略から地球を守るみたいなのはあるかなと思ってた)
シオンのサイコさに違和感を覚えたので、シオンは自分がAIだと信じている人間で、サトミの方が母親が開発したAIな展開なら好みだった。片親なのも、結婚もしてなければ子供も産んでないっていう伏線なのかなと。
うまくいっていない
1周年記念で、映画館で観た。
うーん。
登場人物たちを応援したい気持ちはあれど、脚本が気持ちが乗るようになっていないので乗り切らない感じ。原作・脚本・監督が同一らしいので、しがらみも弱く伝導率は高いはず。
となると、この結果は脚本をどうすればいいのかわからないまま混乱して書いている段階であり、まだ自筆できる段階にはないと感じる。
企画としての「ミュージックビデオ風の青春アニメを作りたい」意図が前に出すぎている。
ヒット作『君の名は。』をMVと解釈してしまったのか、アナ雪の歌先行のヒットを意識したのか、ぬるぬる動くダンスシーンと上手な歌があれば評判は付いてくると思ったのか、「青春映画」の支点と作用点に対して、力点がズレてしまっていた。そこに思いっきり力をいれて押しまくった感じ。正直、随所においてジュブナイルを構成する各要素への造詣が浅いと感じた。
以下、気になった点。
①誰を応援すればいい?
AIやアンドロイドがあふれている(?)近未来。
海沿いの田舎街は、ホシマというIT企業の企業城下となり、実地運用地域となっていた。この街に住む人の親の多くは、ホシマ所属らしい。
そして、ホシマの開発部長か室長クラスであるサトミの母が作った人型アンドロイド「シオン」が、違法スレスレの実地運用試験をするために高校に送り込まれる。5日間、人間とバレなければ合格で、大きな実績を積むこととなる。
しかしシオンは、登校初日から「自己紹介で、サトミに対して歌を歌う」など、人間らしからぬ奇行を連発。
サトミと少数のクラスメイトを前に、あっけなくAIであることがバレる。
が、サトミは「母親が頑張ってきたから、この試験を成功させてあげたい」と、シオンがAIであることの隠匿をクラスメイトたちに頼み込む……
というあらすじなのだが、この時点で視聴者はけっこう感情が迷子。
優秀であるはずのサトミの母は、なぜこんな強硬手段に出たのか?
すでに誰の目から見ても欠陥品だが、サトミの母はそれを報告してほしくないのか?
そうして欠陥を隠蔽してまで通した「成果」で、優秀な技術者であるサトミの母は喜ぶのだろうか?
「ちくり魔」と避けられるほどに生真面目なサトミも、それでいいのか……?
第一、肝心のシオンは「自身がAIであるとバレないこと」を重視する気持ちが見えない……
(それにはいろいろ理由があることが後で判明するのだが、それもつながりが微妙)
物語は「妥当性ある理由で、必死に頑張っている人を応援したくなる」ものだが、妥当性に対する疑義への灰汁取りが不十分で、そもそも必死に頑張っているとも見えないので、心情的な同化が難しい。それは感情的な振れ幅の縮小と、それが引き起こす感動の打点の低さに繋がってしまう。絵はそのままでもセリフを少し変えるだけで、かなり違うと思う。
②人物の解像度
2021年に発表された作品なのだが、サトミが「だわ」「わよ」口調なのはターゲットから反感を買うだろう。設定は近未来だから限りなくリアル寄りにしてほしいのに、昭和や平成一桁の生まれが考える高校生、なのだ。内部で誰も突っ込めなかったのなら、制作体制にも問題がある。
ごっちゃんの「何でも80点止まりの自分」を悩みとするのも、平成の頃ならばよく使われた悩みだが、現代で共感を呼ぶのは難しい。SNSで下層の声が標準化した今、「何でも80点止まりな俺」は少年少女にとって嫌味だからだ。アヤの恋愛脳も、「そもそも魅力的な、誰もが好きになるごっちゃんを、粘り強くちゃんと好きだった」という解釈にしかならず、主要キャラの一人の格とするには薄い。ごっちゃんとアヤは現実にはいないこともないが、それをリアルとして持ってこられても多くの観客にとって「自分とは違うな……」という、歓迎されないクソリアリティ次元にとどまっている。
サンダーはわりといいキャラしてるのだが、シオンの疑似カップリング相手がサンダーというのはけっこうやめてくれな展開。サトミとトーマが番いだから、シオンの相手役がいないというのはそうだし、まあサンダーならシオンに恋するだろうなとは思うのだが……キャラの格的に苦笑いな落としどころにとどまってしまっている。勢いで疑似カップリングするところでは無かった。
そして、サトミとトーマが物語開始~最後まで何の捻りもなく相思相愛なのは判断ミス。boy meets girlをやったつもりなのだろうけど、実際は2組のboy has met girlがあって、こじれていた文脈を、わけがわかってない珍奇者シオンが乱入して歌いまくったらなんとなくそれぞれ勇気が出て元通りになった……的な話では、ドラマが薄いのだ。
また、サトミ母の研究を失敗に終わらせたがる支社長と主任が意味不明。「(サトミ母は)男社会なのに出世したから、敵が多くて」の一言説明で片付けられてしまうが、競合他社が不当な妨害工作をしかけてくるならともかく、同社の上と下の人間両方が(自身の評価向上にさえすんなり繋がらない)悪意からひたすら脚を引っ張ろうとしてくるのは、大人の描き方として粗い。どうしてもこの二人を悪役に書きたいのなら、「ポンコツで欠陥だらけのシオンを、改竄してパーフェクトと喧伝する人達」にして、サトミチームやサトミ母のシオンと真摯に向き合う怒りが爆発する……系だと思うが。
③どれがやりたかったのか
様々な青春系ヒットアニメ映画を分析すれば「ボーイミーツガール」「田舎」「夏」「ちょっとしたSF」「歌」「わからず屋の大人たち」がアルペンレースの旗のように浮き出てくる。アニメとして、美少女がぬるぬる踊るのが勝ち筋というのもある。ただ、『打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか』も『バブル』もそうだが、それらの要素を均等に並べてみただけでは焦点がぼやけて相乗効果を生むことはない。本作は結局サトミとトーマをやりたかったのか、サトミとシオンをやりたかったのか、シオン中心をやりたかったのか、田舎ムービーをしたかったのか、AIムービーをしたかったのか、ミュージカル風をしたいのか、そして後半突然「無力な子供と強い大人たち」が強調されたり、幹が不在なまま枝葉が伸びてしまっている。
④ミュージカルではないのにミュージカルする
突然歌って踊り出すミュージカルは、心象や情景の投影だ。だから、ミュージカル作品に比喩的時空間としてミュージカルシーンが登場するのは何も問題はない。しかし本作は「すべて、現実で起きている話」として進む中で、独自進化を遂げてしまっているシオンはともかく、トーマもサトミも「そこでは歌わんやろ」というシーンで突然歌い出す。これではミュージカルでも物語でもなく、ただの商業企画の人格乗っ取りだ。あまりの強引さに、ちょっと恥ずかしくて身もだえしてしまうところがあった。アニメーターさんや声優さんは頑張っていたと思うが。
キャラ設定と脚本さえもっとよければなあ、という印象。
動画の力や歌の力を信じてもいいが、だからといって、脚本(構成・キャラの言と動・迫真性)の力を軽んじない方がいい。
AIは人間の幸せの為に、人間はAIの幸せの為に
ある事をきっかけに“告げ口姫”と呼ばれ、学校で孤立している女子高生のサトミ。
ある日、転校生が。容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、天真爛漫な性格ですっかり人気者になったシオン。
そんな彼女の「?」な面。転校初日、自己紹介の場で、いきなりサトミに話しかける。
「サトミ、今、幸せ?」
それからもシオンは恥ずかし気も無く接してくる。…いや、正確に言うと、サトミの“幸せ”の事ばかり。
不思議ちゃんなのは間違いないが、彼女は何者…?
サトミが忘れている昔々の友達…ではない。サトミは彼女の“正体”に気付いた。母の“仕事”の中で。
サトミの母は大企業“星間エレクトロニクス”で、革命的なAI開発に取り組んでいる。
そう、シオンの正体は、サトミの母が開発した見た目は女の子の“AIロボット”だった…!
学園青春ものかと思いきや、転校して来たあの娘は、AIロボット。
何ともブッ飛びな設定だが、監督は吉浦康裕。以前にも『イヴの時間』などで“AIと人間”を題材にし、なるほどな設定。
『イヴの時間』はなかなかユニークで凝った設定だったが、こちらは設定を一旦置けば、王道的な青春ストーリー。
長編作はこれで3本目だが、最も見易く、万人受けもし易い。
劇場公開時、口コミで評判に。見る前はあまり期待していなかったが、見てみたら納得。
公開時期もレンタルリリースも近く、同じく福原遥が声の出演の『フラ・フラダンス』の方が気になっていたが、作り的にもクオリティー的にもこちらの方が一枚上手。
『イヴの時間』『サカサマのパテマ』と、吉浦監督はクリーンヒット続く。
極秘のプロジェクトで、試験中。
人間社会に紛れ込ませ、バレなかったら成功。
男社会で努力してきた母の命運を懸けたプロジェクト。
娘にはすぐバレてしまったが(って言うか、普通だったらその時点でアウト)、サトミは知らぬ素振り。
ところがどっこい、“オーバーヒート”してしまい、クラスメイト数人にバレてしまった…!
母親思いの娘。皆に頼み込み、見なかった事にして貰う。
母親や会社もこの事は知らない。という事で、AIロボットと事情を知る少女たちの、風変わりな学園生活は続行。
サトミが気が気でないのは当然。
シオンは人間で言う所のちょっとおバカな、ポンコツAI。
だっていつも、突然歌い出す。
転校初日のあの時を始め、あっちやこっちで。
歌って、踊って、もはや完全にミュージカル映画の世界。
でもそれは全て、サトミの幸せの為。
歌って踊れば、サトミは幸せになれる。
しかし、当の本人は…。
恥ずかしいし、そんなんで幸せになれる訳がない。別に幸せなんて望んでない。
もうヤメて~!
“AIと人間”の題材に、何かインパクト欲しかったという吉浦監督。
そこで取り入れたのが、兼ねてからやって見たかったというミュージカル。
別に本作、“ミュージカル・アニメ”ではない。
が、シオンが歌うシーンだけミュージカル調になる。
その作りがユニークで、本当にミュージカル作品を見てるような高揚感もあり。
シオンの声を担当したのは、土屋太鳳。
天真爛漫な台詞はぶりっ子ラブコメで演じてきた役柄が決して無駄ではなかったようで、本人の生歌による劇中歌ではいずれも美声を披露。
その歌声には聴き惚れてしまう。
当初はぶりっ子役ばかりであまり好きではなかったが、最近はレパートリーも増えて本来の実力を発揮し、すこぶる好調!
シオンの予測不可能な言動に振り回されっ放しだが、それが不思議とサトミやクラスメイトの心や関係に影響を及ぼしていく。
最近関係がぎくしゃくしていた学校一のイケメン人気者ゴッちゃんと彼女アヤの関係修復に一役買う。
一度も試合に勝った事のない熱血柔道部員サンダーの稽古相手になり、初勝利に一役買う。
それらがきっかけでサトミは彼らと親しくなる。アヤなんてサトミに当たりが厳しかったが、随分と丸くなる。
ずっと“ぼっち”だったサトミ。久し振りに出来た友達。
皆で“エスケープ”してサトミの家に集まったり、誰かと親しくなったり学校生活って、こんなに楽しいんだ。
それがサトミにとっての幸せかと問われたらまだ分からないが、シオンが育んでくれた輪である事は間違いない。
サトミには幼馴染みが。電子工作部のトウマ。ハイテクオタクで、シオンに(あくまでAIとして)興味津々、大興奮。
幼い頃は親しかった二人。が、ある事がきっかけで今はほとんど接点無く…。
サトミが“告げ口姫”と言われるようになったのは、このトウマが関わる事。彼の為にした事。
言わずもがな、二人は今でも心の中では…。
学習能力も高いシオン。サトミの幸せはただ彼女自身が幸せになるだけじゃ本当の幸せではなく、彼女の周りも幸せになる事で、サトミ自身も幸せになる事を学習する。
一人は皆の為に、皆は一人の為に…って言葉あるけど、まさにそう。
サトミの幸せは皆の幸せに。皆の幸せはサトミの幸せに。
不器用でいじらしい二人の為に用意した、“ファンタスティック・ロマンチック・ミュージカル”な場。
それはサトミが子供の頃から大好きな女の子向けミュージカル・アニメ『ムーンプリンセス』のようなシチュエーション。
そんな夢みたいな憧れの中、幼馴染みとヨリを…。
事件が起きる。
大人たちの傲慢。
会社内で、サトミの母の失脚を企てる男どもの妬み。
シオンは捕らえられ…。
母親は会社の男どもの策略でクビになる可能性が…。
せっかく仲良くなった皆にも迷惑を掛けてしまった。
激しく後悔するサトミ。
こんな事なら皆と仲良くならなければよかった。一人のままでいた方がよかった。
本当に、そう…?
皆と楽しく過ごした“幸せ”。
それを知ったら、もう一人でいる事には耐えられない。
皆だって分かっている。サトミのせいじゃない。
トウマの音痴な励ましもあって…。
サトミたちはシオンを救出すべく、星間エレクトロニクスに潜入する。
誰一人欠けて、幸せなんかじゃない。
シオンは私を幸せにしてくれた。今度は私がシオンを…。
それにしても、シオンは何故こんなにもサトミの幸せを願う…?
それは、まだサトミが幼い頃の“出会い”。
ある一つのAIおもちゃ。
ずっとサトミを見守り続け、サトミの幸せを願っていた。
人間の科学力やAIのプログラムを超えた、奇跡=思い。
母との関係(毎朝母と必ず行う“元気に頑張る”やり取り)、
友達と呼べる存在、
シオンの純真無垢な幸せの思い、
それらと知り合って、触れ合って、サトミは今再び問われたら、こう答えるだろう。
サトミ、今、幸せ?
幸せだよ、と。
映像美。
楽曲の素晴らしさ。
コミカルと感動と爽やかな見心地。
人の幸せ、AIと人間の在り方も問うた理想的な良作だが、うっすら裏テーマも見え隠れした。
ただひたすらサトミの幸せを願うシオン。AIの自我と言っていい。
これが善意ある思いだから良かった。
もし、AIが人間に対して不審を抱いたら…?
その時、どんな行動に出るか…?
ハッピーの中に、絶対あり得ないとは断言出来ないテクノロジーの危険性を、裏メッセージとして気付かせてもくれた。
スクリーンでみるべきだった、、、
TSUTAYAで見かけたので視聴。
少し前にやってたなと思いそこまで期待はしていなかった。
初めから「幸せ?」って聞いてきて意味わからんポンコツAIだと思っていたら、
後半の伏線回収で涙腺崩壊しそうになりましたー。
起承転結もしっかりしていて
すっと内容が入ってきやすかった。
作画もキレイ!
完璧な映画だった
あっという間の時間でした^_^
ご都合青春ものとはいえ、好き
同監督作品のイブの時間のような感じがモノローグ映像からどことなく滲み溢れていると感じられ、SF的な進歩が映像や哲学に見られないのがちょっと肩透かし。
しかし青春者としてはなかなかエキサイティングな展開を見せていたと思う。
ツッコミどころ満載なとことかあるけど、それが興醒めというわけではなく物語はミュージカルに載せられグイグイと展開していく。これが心地良い。
常に瞳孔の開き気味のポンコツAIは画面だけ見るとホラー的な演出、動きさえ見せるが、声優の声色で中和できているバランス感覚もなんともお見事です。
面白かった/ワンダーが足りない
「イヴの時間」が好きなので観に行った。社会へのテクノロジーの適用の設定と見せ方が好みだった。青春ドラマとしてはきれいにまとまっていて、見せ場も多く楽しめた。歌もいい。ただちょっと物足りない感。……書きかけでうまくまとまらず放置していたが、「地球外少年少女」を観て思うところがあったので、AI絡みで整理してみた。大分時間がたったので記憶違いがあるかも。【両作品のネタバレ有り】
本作で幼少のトウマがたまごっち風AIに与えたプライム・ディレクティブ(PD)は「サトミを幸せにする」ことだった。その手段が歌であり、サトミが大好きな劇中の映画「ムーンプリンセス」から、歌うことや人間関係を学習したということは読み取れる。
一方、AIが消去される危険から自らをネットに逃がした後、シオンの身体を発見するまでのネット放浪時代、AIはサトミを見守り続け、時々音楽で介入したりしていたが、高校生シオン(自律型アンドロイド)となってからの言動を見る限り、特に一般常識を学んだりはしなかったようだ。(「地球外…」でも、AIの演算能力や情報入力にはリミッターがかけられていて、人間が解除するまで自ら進んでその制限を超えなかった。)
ここで気になるのは、AIの「意思」とは何かである。「イヴ…」では、AI(アンドロイド)に自由意思があることは所与であって、なぜなのかは明確な説明がなく、その発露を縛るルールとの葛藤や社会における受容がテーマだったと思う。
一方、本作ではAIはPDに忠実だが、自らの意思があるのかは分からなかった。PDを遂行するためのインプット・アウトプットのループはあっても、自分で自分の知の範囲を拡張しない、あるいはできない。そのため、サトミの幸せのために他の制御を乗っ取り、時に損害を与えることに躊躇せず、より合理的なやり方を導き出せない。(あれが自分の演算上の最適解なのだろう。)
ラスト、衛星経由でシオンの中身が再度ネットに放流されても、再びそこからサトミを見守るだけで、某少佐の「ネットは広大だわ……」みたいなエボリューションがあったようには描かれていない。
これは実社会へのAIの適用が進んだことによる、AIのあり方についてのより現実的な理解が反映しているのか、はたまた、そう(あくまで人間をサポートするもの)であってほしいという願望の表れなのか?
「イヴ…」ではエンドロールの切ない映像で、人間とAIの種としての共生の可能性のような論点が示唆されていた。「地球外…」ではリミッターを外されてルナティック(知能の爆発的拡大)したAIが、ひたすら知の探究に没頭して宇宙の存在の謎を解明してしまう描写があった。
SF的には、本作にもAIの進化とか、制御する者ーされる物の関係を越えた両者のあり方とか、何かしらのワンダーの提示がほしかった気はする。
うーん
設定が無理あって乗れへんかった。
ファンタジーとして観るにしても、お母さんが男性優位の社会でがんばってるって題材としては大切やのにザル過ぎるし、失敗したら子供に当たり散らすの嫌やったな。
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