「ミュージカル仕立てのサイバーパンク」アイの歌声を聴かせて スイゴウたんさんの映画レビュー(感想・評価)
ミュージカル仕立てのサイバーパンク
予備知識無しで観ています。
とある高校に極秘の目的で送り込まれたAI女子高生を軸に描かれる、SF+青春ドラマ+α。
なんと言っても本作の魅力は音楽。単にヒロイン役の歌唱力が素晴らしいだけではなく、舞台を歌い手一人が独占する場面設計の贅沢さを味わいたい。最近流行のアイドル系アニメのように複数人で舞台を分担しないので、作画・演出共に極めて高いレベルが要求されるところを、J.C.STAFFさんは見事に水準以上のものを作り上げた。それは多分に、「萌え」ではなく健康美をメインに据えたキャラデザインと動画の成果だと思う。とにかく媚びない。実際にはそうすることで媚びているんですが、そこに下品さがないのは、流石J.C.さん。
また、特に前半部分の劇伴で、シオンの躍動感を低音木管楽器(おそらくバリトンサックスとバスクラ)で表現するのが、見事に決まった。かっこいい。ここのジャジーでゴージャスな雰囲気と後半のリリカルな旋律との対比が、場面の心情を巧みに描写していた。一歩引いてちゃんと存在感がある劇伴は、最近では稀有な出来栄え。
シオンのポンコツAIぶりが文字通り思わぬ「進化」を遂げて、さらに予想外の仕掛けを持ってくる展開は、超正統派SF的展開。攻殻機動隊等のハード系とは味付けこそ違うけど、ちょっとしたサイバーパンク的ノリも見せて、しっかり物語を構成した。そこに織り込まれる青春ドラマのテンポが良くて、シリアスとコミカルのバランスがよく取れていると感じる。AIの倫理的本質に迫る問いも出るが、そこで高校生が見せる反応が、若々しくていいのです。クラーク的楽天主義と言えば、わかる方にはわかるかな?
もう一つの軸となる大人たちの物語は、結末も含めてちょっとテンプレなのだが、これは映画の尺を考えると止むを得ないか。一つの都市(ラストカットでおよその場所が示された時、思わず「そこか!」と叫びそうになりました)を丸ごとAIの実証実験に用いるという設定は、『電脳コイル』を連想させる。その世界観をリアルにすべく、序盤で何気なく描かれる看板や道路表示が、実は重要な伏線で驚いた。
先にも触れたが、高校生の健康美を前面に押し出した作画は、爽快感に満ちていて心地よい。そこにちょっとピントのずれたシオンの視線が入り込むことで、AIが持つ(かもしれない)感覚あるいは感情のずれが、巧みに表現された。路線バスもAI運転なので当然無人なのですが、実は必ずしも無人とは言い切れない…そういう「人に優しいAIの姿」を模索した、生活描写もうまい。
シオンがポンコツぶりを発揮しながら文字通り成長していく描写は、いろいろぶっ飛んでいて、単純に楽しかった。ミュージカル歌唱の場面は、シオンの心象に見合った有名どころの作品をうまく引用していて、場面を盛り上げてくれた。強いていえば、シオンがある作業の重要性に気づいてそれを実行するのですが、後の決定的な場面でそれが活かされたのか、ちょっと分からないのが、残念。
音楽室でシオンが歌うと、彼女の歌がそのまま(というか伴奏付き)で壁面の電子黒板に楽譜として登場したり、大合唱の場面でオブリガードを歌うのが実は一番似合わなそうな○○だったり、音楽絡みでのくすぐりが多くて、そこに敏感な人なら、本筋以外でのお楽しみの方が多いくらい。そういう細かな部分のお遊びが、実はシオンのAIとしての本質と深く関わっていることも多く、作品世界における人の暮らしとAIの融和性を感じさせる大切な要素になっている。
完全オリジナルのアニメ作品としては、見事な出来栄え。確かに全てが100点満点ではないかもしれないけど、どの評価点を切り取っても80点は確実にある。それはつまり、名作だと思うのです。なので、ちょっと甘いけど満点評価。いろんな意味でJ.C.STAFFらしさが出て、それが全てプラスに働いた。ケレン味などに頼らず、王道の作りでこれだけ楽しめる。良質のエンタテインメントでしょう。