劇場公開日 2021年8月6日

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「♫いのち短し恋せよおとめ♫」映画 太陽の子 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0♫いのち短し恋せよおとめ♫

2021年8月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 柳楽優弥がとてもいい。演じた主人公の石村修が朴訥な人柄ということもあって台詞は少ないが、話す言葉に嘘も虚飾もないことが伝わってきた。素晴らしい演技である。
 福島第一原発事故を扱った菅乃廣監督の映画「あいときぼうのまち」には、戦時中の学徒動員でウランの採掘をさせられたシーンが登場する。とても正気の沙汰とは思えなかったが、本作品を観て原子爆弾の開発が日本でも実際に行なわれていたことを知り、ウランの採掘も本当のことだったことがわかった。原子爆弾の開発も含めて、やはり正気の沙汰ではない。
 石村修が自分たちがやってきたことが正気の沙汰ではないことに気づくのはヒロシマの惨状を見たときだが、科学者らしく動揺を抑制して、現地の金属その他の無機物が熱線でどのように変化したか、放射線の線量はどうだったのかなどの情報の収集に当たる。

 本作品の肝は、田中裕子が演じた石村修の母フミの台詞「科学者というのはそんなに偉いんか」にあると思う。修が研究していたこととヒロシマ、ナガサキに落とされた原子爆弾が同じものであることを、フミは暗に悟っていた。ヒロシマ、ナガサキが科学実験の場にされた怒りが、フミの静かな表情に窺えた。静かではあるが決して消えない怒りだ。田中裕子の女優魂に満ちた凄い演技である。このシーンが本作品の核となっている。

 作中で歌われた「ゴンドラの唄」について。この歌は黒澤明監督の映画「生きる」で象徴的に使われていて、主人公である市役所課長の渡邊勘治がブランコに揺られながらこの歌をくちずさむのが夙に有名である。この映画は舞台でのミュージカルでも演じられていて、当方は鹿賀丈史主演と市村正親主演の両方を観た。真面目で正直な渡邊勘治を演じた両俳優の飾り気のない歌声にしびれたものである。
 この歌は多分昭和くらいまでは世代を通じて人気があって、たくさんの歌手が歌っている。好みもあるとは思うが、当方はちあきなおみの歌が一番好きである。思い切りのいい歌い方に微妙な粘りがあって、女性の優しさと色気の両方があるのだ。引退してしまったが、本当に素晴らしい歌手だった。
 本作品では有村架純の朝倉世津がバイオリンに誘われるように口ずさむ。
 ♫いのち短し恋せよおとめ♫

耶馬英彦