「ヒロイン役・木下彩音は魅力的だが、仕掛け優先の筋が真実味に欠ける」Bittersand 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
ヒロイン役・木下彩音は魅力的だが、仕掛け優先の筋が真実味に欠ける
物語中の主要な出来事は2つ。高校の教室の黒板に、クラス内のスキャンダラスな恋愛事情を暴く体裁で数人を攻撃する相関図が掲示され、標的にされた絵莉子への中傷を代わりに引き受ける狙いで、彼女に想いを寄せる暁人が「相関図を作ったのは自分」という嘘の噂を流してくれと悪友・井波に頼む。そして7年後の同窓会では、真犯人が誰で、どんな意図で同級生をおとしいれる相関図を作ったのかを、井波と暁人が明らかにする。
映画の作り手はおそらく、高校時代の“偽りの決着”(謎の提示)と同窓会での“真の決着”(謎解き)というミステリーの骨子を最初に思いつき、後から登場人物を配して脚本を組み立てたのだろう。主要人物らの言動が筋を進めるためだけに書かれていて、真っ当な感情と思考力を持った生身の人間のそれとはとても思えない。真実味に欠けるので、共感できないのだ。
主人公・暁人の言動や設定が嘘臭いのが致命的。絵莉子への中傷をそらすために汚れ役を一時的に買って出るのは、まあ理解できなくもない。だが残りの高校時代、その問題を放置し自分が悪者のままでいて何とも思わなかったのか。絵莉子とその親友・亜紗美が実際に傷つけられたのだから、相関図の悪意ある嘘を暴き、彼女たちの名誉を挽回して、絵莉子と自分の関係も修復しようとするのがまともな感覚ではないか。
25歳になった暁人は、仕事が外回りの営業なのにコミュ障かと心配になるほど口数が少ないが、同窓会での謎解きでは唐突にキャラ変して能弁になる。長年寡黙だった君は世を忍ぶ仮の姿か。
以降は本格的なネタバレになることをあらかじめ申し上げておく。
くだんの相関図に使われていた数枚の写真は、亜紗美の彼氏・玲弥の携帯で撮影されたものだった。当時玲弥の浮気相手だった智恵が、彼女の座を奪う目的で玲弥の携帯から画像を盗み、別の狙いがある真犯人に渡したのだ。玲弥は同窓会で、相関図に自分の携帯の写真が使われていたことは気づいていたと明かす。自分の携帯に近づける彼女と浮気相手のうち、相関図では偽情報で亜紗美が傷つけられ、智恵の名は出ていなかった。それなら普通の思考力があれば、真っ先に智恵を疑うのでは? ところが彼はそうは思わず、のんきに亜紗美から智恵に乗り換えて7年間ずっと付き合っていたのだとか。
本作のヒロイン、絵莉子の言動にも難がある。エンドロール後の映像で、高校時代の相関図を作ったのが暁人ではないと彼女が元々知っていたことが明かされる。自分をかばうために暁人が汚れ役を買って出たのを聞いていたなら、卒業式の日や7年後に再会した後の塩対応は一体何なのか。「思い出したくないから」との理由で恩人を突き放せるものだろうか。その再会の場面でも、都会の夜道で暁人から財布を巻き上げようとしたチンピラを、偶然その場にいた絵莉子がガラス瓶で殴り倒し、その財布を奪って逃走する。背の高い暁人が身長差のある絵莉子になかなか追いつかず延々と追いかけっこが続くのも嘘っぽいが、ようやく追いついた後も絵莉子は財布を返さない。これも結局、一時避難したラブホテルの部屋代を絵莉子が暁人の財布から払うための前振りだったことがわかるが、一連の行動が無理矢理すぎる。
偶然の再会が多すぎるのも、作り話臭さが鼻につく一因だ。先の暁人と絵莉子の再会場面には、もう1人同窓生がいたことがのちに明らかになる。地元を離れ7年間連絡を取っていなかった元同級生の3人が、都会で鉢合わせする確率ってどの位だろう。それから、井波がSNSで知り合った女性をストーカー気味に尾行するうち金持ち風の交際相手が現れ、今度はその男を尾行していると、男が別に会っている女性がまたまた偶然、元同級生の彩加だった(しかも彩加は相関図に関わる重要人物の1人)。この映画の世界では、登場する同窓生たちがスタンド使いのように、互いに引き寄せ合う運命なのか。
批判の多いレビューになってしまったが、いろいろ難のある絵莉子役を演じた木下彩音の魅力と佇まいが映画をどうにか救っていた。2000年生まれの21歳だそうで、同年代の上白石萌歌、浜辺美波、久保田紗友、藤野涼子らに比べると実力も知名度もまだまだだが、これからもっと才能を伸ばすと期待しているし、いつか主演作を観てみたい。