「最悪な人身売買の中から育まれる最高の疑似家族愛」ベイビー・ブローカー ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
最悪な人身売買の中から育まれる最高の疑似家族愛
日本でも”赤ちゃんポスト”がマスコミで大きく報じられて話題になったが、韓国でも似たような状況が起こっているということである。”育てられないのに産むな”というセリフが、映画の序盤に登場してくるが、確かにそう言いたくなる気持ちは分かる。しかし、この映画を観ていると、実際にはそんなに簡単に割り切れる問題ではないのかもしれないと思ってしまった。様々な事情から止む無く赤ん坊を預けるしかない母親もいるし、自分で育てるよりも施設で暮らし方が幸せな場合だってあるはずである。本作はそんな韓国の社会的実情に着目しながら、生命の尊厳を謳った作品である。
監督、脚本、編集は是枝裕和。「誰も知らない」や「そして父になる」、「万引き家族」といった作品で国際的な知名度を誇る日本を代表する映画作家の一人である。「万引き家族」の後にフランスへ招かれて「真実」を撮り、その次に韓国へ渡って本作を撮り上げたということである。言語や文化が異なる場所で映画を作り続けることは大変な困難を伴うものであろう。中々真似できるものではない。
物語は捨てられた赤ん坊を巡って繰り広げられる群像劇になっている。赤ん坊を捨てた母ソヨン。その赤ん坊を売ろうとするサンヒョンとドンス。彼らを追いかける女性刑事スジン。映画は夫々の胸中を繊細に捉えながら展開されていく。
その中から見えてくるものは人間の孤児性、孤独といったものである。彼らは親から捨てられた者であり、子供を捨てた者であり、子供を持てない者たちだったということが徐々に分かってくる。
思えば、これまでにも是枝作品の中には人間の孤児性、孤独は何度も描かれてきた。例えば「誰も知らない」は母親に捨てられた子供たちの荒んだ暮らし振りを徹底したリアリズムで描いた作品だった。「万引き家族」の中には児童虐待を受ける少女が登場してきた。いずれも大変シビアな作品であるが、人間の孤児性、孤独が切実に描かれた作品のように思う。それが本作でも大きなキーワードとなっている。
そして、サンヒョンたちは一緒に旅を続けるうちに”疑似家族”のような絆で結ばれていくようになる。これも是枝監督が好んで描いてきたテーマの一つである。途中からドンスを兄貴と慕う少年ヘジンも加わり、彼らは時にユーモラスに、時にシリアスに衝突と団結を繰り返しながら奇妙な信頼関係で結ばれていく。その姿は正に孤独な者同士が肩を寄せ合う”疑似家族”そのものである。
個人的には、遊園地の観覧車の中で交わされるドンスとソヨンの会話が印象深かった。彼らは決して本物の家族にはなれない。しかし、確かにこの旅を通して一瞬だけでもかりそめの家族にはなれた。その事実は誰にも奪われないし、決して失われることはない。そんな思いがこの時の二人には共有されていたような気がした。
脚本も人身売買のサスペンスをエンタテインメントに上手く昇華しながら巧みに作られていると思った。夫々のバックストーリーをミステリアスに紐解く構成も大変魅力的で、抑制を利かせた是枝演出も相まって非常に濃密に仕上がっている。人によっては分かりづらいという意見があるかもしれないが、このくらいさりげなく軽やかに語られると想像の幅が広がって個人的には楽しめる。
例えば、スジンはサンヒョンたちの人身売買の現場を押さえようと執拗に追いかけるクールな女性刑事である。そんな彼女が、後半の車中の電話のシーンで涙を見せる。彼女には彼女なりの苦悩があったということが分かり、冷徹に見えていた彼女に一瞬だけ人間味が生まれ愛着の持てるキャラになった。これも実にさりげない演出だが、味わい深い。
全てを描ききらないラストも然り。その後の彼らを想像させるという意味では素晴らしい終わり方だと思う。疑似家族の在り方を改めて示して見せたという捉え方もでき、実に”したたか”なエンディングになっている。
難を言えば、展開を軽快に進ませるためなのか、幾つか詰めの甘さが散見されたことが惜しまれる。
例えば、人身売買が韓国社会でどれほど大きな問題になっているのか。そのあたりの実像が、映画を観ていてもよく分からなかった。報道や警察の捜査の中で表現するやり方もあったと思うが、是枝監督はどうもそこのリアリティに関しては余り関心がないようだ。
また、細かい演出で言えば、サンヒョンを尾行するスジンの距離の取り方が余りにも近すぎるのが気になった。実際にあのような尾行をしたら刑事失格だろう。車に仕掛けた発信機が簡単に見つかっていたし、元来彼女は余り有能な刑事ではないのかもしれないが、そうだとしてもサスペンスとしてはいささか緊張感を失する演出である。
キャスト陣ではサンヒョンを演じたソン・ガンホの飄々とした妙演が印象に残った。普通であれば極悪人になってもおかしくないところを、人の良さを滲ませながら愛すべきキャラクターへと見事に創り上げていた。