劇場公開日 2020年10月30日

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「あれが聞こえるか?美しい音楽のようだ」ウルフウォーカー 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0あれが聞こえるか?美しい音楽のようだ

2020年11月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

中世のアイルランド、キルケニーの町。イングランドに征圧される属国の現状、文明にごり押しされる自然界の行く末。この時代の文明はまだ不完全で未発達で、しかし悪いことに、それでもそれが良き未来だと信じられた。たぶん、当時の人々(支配者側)の心情は、映画に映し出されるどこか人間の心の闇を滲ます暗さなどなく、輝かしい未来を期待する明るいものだったろう。逆に侵略される側はその影として、鬱屈したひがみの感情を潜ませていたことだろう。それは東西を問わず、日本でも古代、中世、そう変りもない歴史をたどっている。
そして、それぞれの地で根付いていた古来よりの自然崇拝は、文明という重機に撫で切りにされていく。この映画のなかの森やオオカミたちも、その歴史のひとしずく。ただ、それだけでこの映画に惹かれたのではなく、その舞台がアイルランドだからだった。司馬遼太郎の紀行文を読んで、W杯のドイツ・アイルランド戦を観戦してからの僕は、ことのほかアイルランド贔屓で、その舞台がそこであるだけで観る理由には成り得た。伝説多いケルトの世界観は、どこか奈良朝あたりの陸奥に似た印象も強く、強者に蹂躙される弱者に肩入れしたくなる気分にもなるからだ。

この映画は、手描きなのがいい。先日、TVで「未来少年コナン」の再放送が流れていた。それに見入ったのは、懐かしさだけでなく、画の柔らかさから滲む温かみなのだろう。そこがデジタルでない創作物の素晴らしいところ。昨今の日本のアニメ映画やディズニーに興味が薄れた訳は、第一にそこなのだ。たいしてこの映画は、とってもとっても温かい。線や彩色、文様、それに安野光雅を思い起こさせる構図から感じるこの映画の画が、とても柔らかいからだろう。
話のスジには当然のように家族愛、友情がある。しかしそれだけでは綺麗ごと。その対比としての喪失や献身(その点では敵役である護国卿もそう)が、いっそうその感情を呼び起こす。護国卿はまるで、レ・ミゼラブルのジャベール。彼は彼の正義を貫き通す。ゆえに、憎らしさよりも悲哀を漂わしていた。それがこの物語も深みにもなっている。おそらく日本人には気付かない、キリスト社会の不文律や象徴や暗喩だって、いくらもあるのだろう。

子供達にはこの手のアニメーションこそどんどん見せてあげるべきだと思う。いや、世ズレたおとなにこそみるべき、か。そりゃそうだ、僕だって久しぶりにパンフレット買ってしまったくらいなのだから。

栗太郎