「ケルトの森からやってきた超純正ハイレヴェルアニメーション」ウルフウォーカー ヨックモックさんの映画レビュー(感想・評価)
ケルトの森からやってきた超純正ハイレヴェルアニメーション
非の打ちどころのない王道のシナリオと、超ハイレヴェル&個性と意欲に満ち溢れたアニメーション技術を兼ね備えたぐうの音もでない佳作。
日本のアニメがピーキーなものしか作らなく(あるいは作れなく)なって久しいが、アイルランド人でもこんな素晴らしい純正で真っ向勝負の素晴らしいアニメが創れるようになっている。もはや日本のアニメは岐路に立たされているが、きっとその代わりになる才能あふれるクリエイターは世界中にいるのだろう。
美術は本当に素晴らしい、ただ作画や演出の技術が優れているだけではなく、この作品ならではの独創性とチャレンジに満ちている!
特に都市部ではキャラクターやその周りと背景のレイヤーがはっきりわかれていて、その背景はパースが存在しない中世ヨーロッパのフラスコ画のような意匠になっている。その感覚を形容するのは難しいが、人形劇のワンシーンのように感じられた。特に都市の遠景はまるで壁画のごとく真上から俯瞰しており最初は何を描いているのかすらわからなかった。こんな奇天烈な描写もある一方、一歩森の世界に入ればそこはトトロの森を圧倒するような水彩風の色彩に彩られるケルトの森林世界である。そのファンタジックな深い深い緑や、優しい黄色、日陰を思わせる落ちついた青や、あたたかな紅葉を思わせる赤が溢れた画面は、これまで他のアニメやゲームでは見たことがないような素晴らしい魅力を湛えている。それは可憐で小さくまとまった秘密の小道のような美しさがあるかと思えば、瀑布をのぞむ渓谷のような雄大な美しさもあり、ただ背景を眺めていて飽きることがない。ツタの造詣、舞い散る落ち葉、足元の背の低い草の質感と、ちょっとしたワンシーンすべての描写に妥協がない。
都市部の描写も17世紀のアイルランドの生活描写が非常に強い説得力をもって描かれており、きっと当時の城塞都市はこんな空気をまとっていたであろうことがリアルな生活臭とともに想像できる。パンとスープ、掃除道具、晒し台、屋台と山羊のミルク。ロビンの家の間取りや、家々の窓の造詣、天守があるわけではないが堅牢な城や、馬車のデザインなど、どれもが細部まで、適当ぶっこいて作ったエセ中世世界(正しく言えば近世だが)でないことがわかる。
そんな森や街を時にハイスピードに駆け回るときの疾走感よ!
背景やガジェットのデザインのみではなく、カートゥーンなキャラクターの感情や感覚の描写も見事だ。安易にセリフで語らせるのは三流のアニメであり、この作品はしっかり目を挙動でキャラクターの想いを描き切っている。狼の感覚を通した匂いの世界の描写も印象的だ。
キャラクターデザインは、都市に属するものは直線的デザイン、森の世界のものは曲線的デザインで明確に対比されているのも場面がコロコロ切り替わるふたつの世界を行き来するにあったて、場面の理解や頭の切り替えに役立っていたように思える。
キャラクターは設定は奇をてらっているわけではなく、言い方によっては平凡だが、一方で万人ウケする誰でも好きになれる魅力がある。冒険好きな女の子のロビンも、友達できてウッキウキの野生児メーヴも、悪く言えば既視感のある、しかし良い意味で王道的でツボを押えたキャラクターになっている。果たしてこの作品の登場人物に、ひねくれた個性など必要あるだろうか? キャラクター至上主義という病に侵された今の日本では、きっとこういうストレートな主人公達を作ることはできないだろう。
敵役である護国卿も、主人公達や21世紀の自由至上主義・人権至上主義といった宗教観から見ると悪でしかないが、シナリオのために適当に作られた小物的・サイコパス的な安い悪人ではなく、17世紀当時のイギリス人としての確たる使命感と価値観をもって行動し潔く死んでいくあたりは素晴らしかった。この護国卿を「宗教への皮肉と批判を描くために作った悪役」などと浅い読み取り方をしているような連中は、この映画を見るだけの教養がついていないということだろう。
ストーリーも自然保護や異なる文化との対話の重要性、フェミニズムなど近年のスタンダードでよくある素材を、まったくもってごく王道的に普通に、でも高水準にまとめている。これを「普遍的テーマをまとめきっていて素晴らしい」とするか「無難に寄せ集めたに過ぎず工夫がなく平凡だ」とするかは判断に迷うが、しかし、ここでヘンテコな主張や個性をねじ込んで素晴らしいアートワークと世界観を台無しにするような愚を犯していないことがこの作品が佳作たる所以である。
メーヴ達は、母親の救出さえ済めば「人間達から尻尾をまいて逃げて、安住の地に移る」という前提で行動している。これはアメリカや日本の作品では滅多にみられない展開だと思われ、実際もののけ姫では自分達の領域を犯す人間を虐殺するサンや山犬たちの行動に、視聴者は(自分含め)誰一人疑問は抱かない。この平和的逃亡者としてウルフウォーカー達を描いたのは、イギリス人と凄惨な殺し合いをし、時にはただ耐え忍んできたアイルランド人の感性ゆえなのだろうか。
前述通り護国卿は芯の通った17世紀のイギリス人として描かれていたが、21世紀的な宗教観(自由至上主義・人権至上主義)でロビンをヒーローとして描き、アイルランド側を善玉・イングランド側を悪玉として組み立てているのは事実であり、政治的な意図が一切排除されてはいないとも感じられる。
いずれにせよアカデミー賞候補筆頭は伊達ではなく、日本人が創れない領域の王道アニメーション作品であることは間違いない。過去のジブリの傑作を鼻にかけて奢りまくった日本のアニメは、そろそろもう一度本気を出さなけばならないときを迎えている。
その他細かい感想
・音楽めっちゃかっこいい。サントラ欲しい。
・狂犬病システムでこんな便利な特殊能力遺伝できるならガンガン噛みなよ
・不可抗力で眠ると狼化するの凄く不便じゃない?電車で居眠りしても狼出てくるよ?
・ウルフウォーカーになると一生熟睡することができなくなる。精神を病まないだろうか