劇場公開日 2021年6月25日

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「いとの生きる道」いとみち 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0いとの生きる道

2021年6月29日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 岩木山は富士山と同じ独立峰で、津軽地方の信仰の対象である。信仰といっても岩木山を神と崇め奉るのではなく、岩木山に因んだお祭りをしたり、日頃から「お山」として親しんだりする。岩木山を「大事にする」ことが津軽の信仰なのだ。同じような信仰は日本全国にあり、日本人の信仰のありようが薄っすらと理解できる。
 本作品は津軽の中心都市である弘前市と、メイド喫茶のある青森市を舞台に、津軽弁で繰り広げられる喜劇女子高生物語である。笑いあり涙ありのベタな人情物語だ。笑えるし、ときに泣ける。
 話すのが苦手な16歳の女子高生いとの武器は沈黙である。人の言葉は往々にして、怒りや蔑みや偏見に満ちている。言葉を返さないいとに投げかけた言葉は、いつの間にか自分に跳ね返ってくる。そして自分はなんて悪い性格をしているのだと打ちのめされる。いとの沈黙が意識的でないところがいい。
 駒井蓮は頑張り屋らしく、三味線も沈黙の演技も両方よくできていた。おばあちゃん役の西川洋子さんの三味線の左手の動きが素晴らしいと観ていたが、なんと初代高橋竹山のお弟子さんとのこと。それは堂に入っていて間違いない。
 一番印象に残った台詞は、大方の人がそうだと思うが、父親を演じた豊川悦司のメイド喫茶での「けっぱれ」である。単に頑張れというのではなく、娘の精一杯の生き方を全肯定した、万感の思いを込めた「けっぱれ」である。父の「けっぱれ」にゆっくりと頷いた駒井蓮の演技が素晴らしかった。
 いつ出てくるかと思っていた岩木山だが、期待を裏切らずに登場する。岩木山を「大事にする」ことは地元を大事にすること、そして人を大事にすることだ。寒い地方ならではの温かい人柄が本作品そのものを温めてくれる。
 いとはこれからも沈黙多めの人生を歩むのだろう。父から言われたように、口下手だから三味線を弾く。そしてときどきは教師も聞き取れない強烈な津軽弁を話す。うわべだけの友達はいないが、最近ひとりだけ、応援し合える友だちができた。三味線の糸はいつか、いとの気持ちを上手に伝えてくれるようになるかもしれない。それがいとの生きる道だ。

耶馬英彦