「騙し合いの映画だとすれば、こういう解釈はいかがでしょうか?」スパイの妻 劇場版 スキピオさんの映画レビュー(感想・評価)
騙し合いの映画だとすれば、こういう解釈はいかがでしょうか?
NHKで放映されていたドラマは観ていないので、前知識なしの初見です。これは面白いです。ただ、表面的にはわかりづらい。
ポスターなんか見ると、なんとなく、蒼井優が妻でしょ?幸薄く健気な感じで、お、東出が憲兵っぽいから、こいつが鬼畜だな。主役は高橋一生かぁ〜、優男でインテリスパイかな。
と想定しながら観ていると、ふむふむ、なんか安っぽい展開だなぁ〜、、、と思っていると、すっかり騙されます。簡単に言うと、高橋一生と蒼井優の夫婦の壮絶な騙し合い。
まあ、一番最初の「騙し」のシーンで、高橋一生が「俺を信じてくれ」というセリフで、顔半面に光があたり、もう半面が影になる撮り方。さあ、私は裏表ありますよ、という宣言ですね。
蒼井優も無邪気な若奥さんに見えて、相当に嫉妬深く、目的のためには手段を選ばないリアリスト。情熱と冷静を併せ持った天性のテロリストです。
最後には二人がどうなったかは、語られません。おそらく善意の観客は、亡命の危険性を考えた夫が妻を日本に残して、自分がスパイの汚名を被り、妻は奇人フリをして戦争をやり抜き、戦後、アメリカで再開して幸せ・・・、と思うでしょ〜。
私は全く違う解釈。
夫は満州で出会った女と、アメリカでよろしくやっています。
まず、水死体で上がった女は別人です。劇中でもうつ伏せで沈んでいるだけで、顔を出さなかったのが伏線。後に、夫の高橋一生も死亡通知を改竄して、とありますよね。ここは対になっています。
爪を剥がされた甥っ子は?おそらく、満州女に惚れていたんでしょう。で高橋一生は「秘密を守り通したら、後に自分が牢獄から出して、アメリカへ一緒に亡命させてやる」といって騙したんでしょう。劇中でも蒼井優に「二人で亡命させるつもりだった」とも語っていますし、冒頭で英国を金の力で釈放させたのと対になりますよね。
あと、劇中にもある通り、東出が蒼井優に惚れていることは知っていて、憲兵の動きをリークさせようとしていたのでしょう。図解すると
東出→蒼井優→高橋一生⇔満州女←甥っ子、って関係性ですね。
満州女は看護婦で医師と出来ていたぐらいだから、悪女。それをたらし込んで、研究成果を盗み出し、責任を医師に負わせて満州から逃げ帰る。関東軍のBC兵器の実態を告発して、それを止めさせる、なんて微塵も考えておらず、その人体実験結果を英米に売って儲けようと考えただけです。
それが迂闊にも妻に悟られ、さあ大変。とっさに大嘘をついて、妻を共犯に仕立てた訳ですね。最後は「二手に別れよう」と騙し通したから、上手くいって、タグボートで手を振っている訳です。蒼井優が憲兵に見つかった密告は高橋一生が、自分の密航を助けるためカムフラージュですね。おそらく上海の英国人は本物のスパイ。届いた手紙は、満州女がちゃんと着いたよ、って手紙だったんでしょう。
あのフェイクフィルムは、女を背中から撃つ、ってラストじゃないですか。それのフェイクフィルムを託されたことを知って、蒼井優は全てを悟る訳です。自分が背中から撃たれたんだ、ってことを。
それで嫉妬で気が狂った訳です。で、老博士が訪問してきて「ボンベイで死んだ」って話を聞く。ここで正気に戻るんですよ。何故かというと、この老博士が自分のところへ消息(=死んだ)を伝えに来ると言うことは、絶対にそう高橋一生が仕掛けたんだ、と。
「あん畜生、生きていやがるんか!地の果てまで追い詰めやる!」って戦後アメリカへ渡る、ってラストなんですよ。
こういう二重のストーリーを隠した名作だと思うのですがね。戦争の非人道性や夫婦の絆やら、そういう飲みやすい外側のチョコレートの中に、ガツンと濃ゆいブランデーが入っている感じの映画。隠し味の効いた映画がお望みでしたら、こちらをお勧めします。