「中学生や高校生に観てほしい」はりぼて 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
中学生や高校生に観てほしい
富山市会議員の政務活動費の不正使用の話だが、原因を辿ると結局は有権者のレベルに行き着く。富山市議会が腐っているのも、どんな問題が起きても自分は何も言う立場にないと逃げ回る男が市長をしているのも、みんな富山市の有権者がそういう人間を当選させるからだ。富山市は市全体が腐っているのである。不正発覚後の選挙でも自民党会派が過半数を維持したのがその証だ。そして腐っているのは富山市だけではない。
同じことが全国の地方議員の間で起きているのは誰にでも判る。富山市はたまたまチューリップテレビという新興のテレビ局が向こう見ずにも突撃取材をしたから実情が明らかになってドミノ倒しのように議員が辞職したが、他の市区町村でも他の都道府県でもそれぞれの議会に属する議員が政務活動費をちょろまかしているのは誰にでも判る。実際に「政務活動費 不祥事」で検索すれば地方議員の不正の事案がボロボロ出てくる。
政務活動費の不正利用を明らかにされても議員に居座る者もいる。「責任を痛感している」「高い緊張感を持って注視していく」と言い続けながら一度も責任を取らず、何の対策も講じない暗愚の宰相がトップに居座るお国柄である。富山市議会議員が居直るのも当然だ。詐欺で刑事告発されても平気である。検察も仲間だから不起訴になるに決まっているのだ。
議会事務局長や教育委員会の教育長などの役人たちは直接不正に関わっているわけではないが、保身のために情報を漏洩したり、事実を隠したりする。自民党は国家権力を牛耳っている党である。たとえ市議会議員でも自民党議員であることにはかわりはない。情報を伝えなければ逆鱗に触れて自分たちは左遷されたり役職自体をなくされたりしないとも限らない。役人たちには現行の勢力が国家権力に直結する大きな怪物のようなものに感じられるのだろうか。保身は恐怖心に由来する。役人たちには勇気がないのだ。
その役人たちの勇気のなさも、有権者の投票行動によるものだ。投票率が低ければ現行の勢力が維持されてしまう。選挙をしても何も変わらないのであれば、いま力を持っている政治家に従うのは当然である。仮に誰かが声を上げて政治の勢力図が変わるのであれば、役人たちは政治家よりも原則に従うことになる。日本国憲法第15条第2項の「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」という原則だ。しかしそうはならない。
投票に行かない有権者は現行の政治のままでいいと思っているか、そもそも政治に関心がなく、選挙があるも認識していない。日本ではそういう人が過半数を占めている。有権者にとって選挙での投票が唯一の政治活動であるはずだが、マスコミは選挙を大々的に報じることをしない。マスコミも政治家も役人も、ほとんどが腐っているのがこの国の実情だ。
かつてマスコミが垂れ流す大本営発表に熱狂し「露営の歌」や「出征兵士を送る歌」で若者を死地に追いやり、国が勝つことを信じていた日本国民は、未だにその愚かさを継続している。パラダイムや大義名分に弱くてミーハーな国民性だから政治家はやりたい放題だ。富山市議会の不祥事に関する一連の動きは、日本の政治家と役人とマスコミと有権者の典型である。
ラストシーンから推察するに、総務大臣がパワハラさながらマスコミを脅したように、権力構造のどこかからチューリップテレビも圧力を受けたのだろう。報道姿勢は与党寄りに変わってしまったのかもしれない。しかしそれでも本作品を公開したことは高く評価できると思う。これをきっかけに選挙の投票率が上がれば、もしかしたら政治勢力が選挙のたびに塗り替えられるようになるかもしれない。全国の中学生や高校生に是非観てほしい。社会科の授業に使うのもありだと思う。