「一人の才能あふれる監督の船出に祝福を」フォーリング 50年間の想い出 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
一人の才能あふれる監督の船出に祝福を
ヴィゴ・モーテンセンがこれほど素晴らしい作品を作り上げるとは。自伝的要素が強いからか、一つ一つの描写にしっかり想いが籠っていて、一人一人の登場人物にもステレオタイプに陥らない多様性が煌めいている。特にランス・ヘンリクセン演じる父親像ときたら、口を開くと罵詈雑言や悪態の嵐。その上、自分が悪かったとは決して謝らない。となると周囲の人間は大変だ。グッと耐えつつ、こらえ切れず涙を流す者がいる。苛立って声を荒げる者もいる。だがそんな辛辣な描写の後にヴィゴはそっと過去の柔らかな記憶と美しい景色が移ろいゆくさまを詩的にコラージュする。そこに広がっていく人間というちっぽけなれど奇怪な存在の”奥行き”。本作には人間の表面的な部分を撫でるのでなく、観る者をその奥底へと導き、もっと知りたいと、手を伸ばさせる力がある。優しさがある。それはテクニックを超えた、ヴィゴの人間的な慈しみから溢れ出すものなのかもしれない。
コメントする