「ラストシーンの万感迫る表情に胸を打たれる」旅立つ息子へ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
ラストシーンの万感迫る表情に胸を打たれる
簡単に言うと父と息子の旅を通じての成長物語である。ただ息子が自閉症であることと、離婚した妻がやたらに権利を主張し、ことあるごとに夫を非難することで、様々な困難が生じる。
やがて父親は困窮して疲れ果ててしまうが、自閉症の息子は少しだけ成長し、周囲のコミュニケーションに応えるようになる。そのときの父親の静かな喜びは胸にしみる。父親のアハロン役を演じたシャイ・アビビという俳優はこの作品ではじめて知ったが、とても達者な役者である。そして自閉症の息子ウリを演じたノアム・インベルという俳優も同じくこの作品ではじめて知ったが、上手すぎて本当の自閉症の青年にしか見えなかった。凄い演技力である。
作品中の会話はほぼヘブライ語だと(多分)思うが、アハロンはアガロンに、ウリはウギとしか聞こえなかった。翻訳の困難を改めて感じる。どんなに字幕翻訳家が頑張っても、原語のニュアンスを完璧に伝えることは至難の業だ。
しかし優れた映画は映像と音楽と俳優の表情や仕種で字幕以上のことを伝える。言語が違っても人間の本質は変わらない。本質を伝えることが出来た作品は、異なる言語の観客にも同じ感動を与えることができる。本作品もそのひとつで、ラストシーンの父親の万感迫る表情に胸を打たれる。
息子の人生は息子のものだ。これからは父親として遠くから見守り続ける。やっとその段階に達したのだという満足感や嬉しさがある一方、それに反比例するかのような淋しさに、こみ上げるものがある。しかしアハロンにもアハロンの人生がある。息子のためにすべてを犠牲にして生きてきたが、これからは自分のために生きよう。何かをはじめるのに、遅すぎるということはないのだ。