「薄味だったのです 一度観ただけでは分からないくらい だんだんと心に本作の良さが染みてきたのを感じます」ホテルローヤル あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
薄味だったのです 一度観ただけでは分からないくらい だんだんと心に本作の良さが染みてきたのを感じます
正直、一度見ただけでは胸に響きませんでした
主演の波瑠も、その他の俳優達も配役は素晴らしく、ホテルローヤルの美術も実物そのものがあるかのようです
物語もラブホテルの客の様々な生態をオムニバスでつなぎながら主人公の心境の変化を描きやすい題材です
せっかくの良い素材を集めたのに、なんだか味がしない
その料理たる作品を盛り付ける器である舞台も、釧路湿原のような絶景がそこにあるのにその光景も窓からの書き割り程度で残念なのです
そう感じてしまっていました
波瑠ももう29歳
鎖骨フェチなので特に彼女は好きなタイプです
そして何より独特の潔癖そうな容姿にも惹かれるものがあります
得難い存在感のある女優だと思います
彼女の外見の雰囲気が主人公とシンクロしており、本作が彼女がひと皮剥けるきっかけになる
そんな作品のように思えたものです
だから大変残念に思えました
でも、もう一度観かえしたとき、なんだか涙が出てきていました
薄味だったのです
一度観ただけでは分からないくらい
だんだんと心に本作の良さが染みてきたのを感じます
いい旦那だわ
稼ぎがあろうが無かろうが、ちゃんと愛してくれれば女はそれで十分なんだわ
あんたもさあ、そういう男を見つけなさい
幸せになんなさいよ
母は次の日、酒屋の若い男と駆け落ちして去ります
軽トラの窓から、彼女は前日妻を背負って帰って行ったその男を見かけます
もう70歳くらいで足も仕事で悪くして片足を引きずっているのに漁港で元気に働いている従業員能代ミコさんの夫です
その彼女の一人息子が死体委棄容疑で逮捕されたニュースをみて彼女は一心不乱に掃除に精をだして忘れようとします
まだ幼かった頃、母の荷車を押しながら聞かされたことを思いだして働くのです
いいかミコ
何があっても働け
一生懸命身体動かして働いている人間には誰も何にも言わないもんだ
聞きたくねえ事には耳ふさげ
働いてればよく眠れるし、朝になったらみんな忘れてる
誰も恨まねえで、働け、働け
毎日笑って働け、働け
それは本当は幼い自分にではなく、母が自分自身に言い聞かせていたことだったのだと、彼女は今思い当たるのです
そしてそれを雅代も聞かされたことがあったのかも知れません
市場の果物屋で雅代が見かけた、同年代の女性
幸せそうな姿
仕事も家庭もあって充実している
自分とのあまりの違いに愕然とその後ろ姿を目で追うのです
それは彼女が高校生の頃からずっと好きだった大人の玩具の営業マン宮川さんの妻のようでした
生きている実感を得たかったのは本当でしょう
でも本音は彼を奪いたかった
自分の身体でそれができるならば
しかし彼を奪うことはできなかったのです
彼女はアルバムの古い写真で父と母がどのようにしてホテルローヤルを作ったのかを知ります
ローヤルの名前の由来も
なぜ釧路湿原に面して建てたのかも
父は死んだのか定かではありません
冬が来てまた春がきて彼女はラブホテルを閉め街を去る決断をしたからには、やはり亡くなったのでしょう
街を去る前に古い写真にあった、父母が働いていた和菓子店や、夏にみかんを買ったという丸三鶴屋百貨店を車で見て周ります
景気が良かった百貨店は20数年も経って今はもう撤退して空店舗です
宮川が餞別にくれたのは、父がそこで買ったのと同じ木箱入りのみかん「ローレル」
彼は奪うことは出来なかったけれど、心はほんの少し確かに触れ合っていた
それだけで彼女は満足したのです
始まってもいない恋愛だったけれど、雅代には恋愛であったのです
ちゃんと愛されたような実感をその木箱入りのローヤルに感じて笑みが初めてこぼれたのです
これから彼女は、自分の人生を自分のものとして切り開いていくのです
いい旦那だわ
稼ぎがあろうが無かろうが、ちゃあんと愛してくれれば女はそれで十分なんだわ
あんたもさあ、そういう男を見つけなさい
幸せになんなさいよ
母の言葉がまた聞こえたように思います
彼女の車は釧路駅を背に、街の中心の幣舞橋を渡って海に向かって走り去って行くのです
とても明るい日差しです
釧路は霧の町
こんな日は年に何日あるかどうかです
丹頂鶴の鳴き声
強者が夢の跡
人と人が愛しあった城
それがラブホテルです
釧路湿原に夕闇が迫っていくのです
でも心の中でホテルローヤルの看板の電飾は点灯して煌々とここに愛の城があると光っているのです
彼女はきっと新天地で愛を見つけ、それを実感しているはずです
こんなにラブホテルに行きたくなったのは久し振りです
心が死んでいるのか生きているのか分からなくなってきるのかも知れません
蛇足
波瑠は1991年生まれ
本作の主人公雅代は美大受験に失敗してもどってきたのだから、何浪かしても20歳前後
原作は2013年刊行だから、1993年生まれぐらいの設定なのでしょう
雅代が生まれる少し前、もう30年程前に釧路に仕事で何度か出張したことがあります
あの頃は本当に淋しい街でした
本作の釧路の方がまだしも観光開発されたようにみえます
ホテルローヤルは踏切とその先に海がみえる釧路湿原のとば口にあるようです
根室本線の大楽毛駅と庶路駅の間にあるように思えました
釧路は霧がよくでて海岸沿いにいくらでも土地が空いているのに、霧より高い台地に空港を作らざるを得ず釧路駅から空港バスで1時間もかかるところに釧路空港があります
札幌駅から特急に乗っても釧路まで6時間もかかりますから殆ど飛行機で入る街です
空港バスはこの線路沿いに東の釧路市街に向けて延々と走ります
きっとこのホテルローヤルの近くを通ったのだと思います
ホテルローヤルが実在していたとしても、それがたつ1年程前のことですが