「なんかこうして見つめ合うの、はじめてのような気がする。」君が世界のはじまり 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
なんかこうして見つめ合うの、はじめてのような気がする。
一方通行の思いが飛び交う高校生の群像劇。数年前の「桐島~」、去年の「殺さない彼と~」に劣らない、感性のみずみずしい悩める高校生を描いた秀作だった。さすが「おいしい家族」の監督だ。
優し気な男子高校生は、通学路から見える大きなタンクを見上げては「あの中に、何が詰まってんねやろな」とつぶやく。何気なさそうでいて、実際は、空っぽに見えるタンクを、まるで自分の空虚な心になぞらえて眺めていたのだろう。なんかあれは、ただぼうと突っ立って生きているだけの自分と同じだ、って気持ちで。
そんな、傍から見れば精神的にも健康そうでいて、実は自分を見つけきれていない高校生ばかり。友達の前の自分は飾った自分だし、異性の前の自分も飾った自分だし、親の前でだって飾った自分。本当の自分を押し出すこともなく、周りの世界とうまく折り合いをつけながら、みな精一杯生きている。それが彼らにはちょうど生き易かったのだ。
ところがある事件が起こる。その事件に自分の大事な人が関与してないか焦りながら、はたとその人と自分との関係、距離感に戸惑う。名前をよく知らなかったのだ。知っていても気にも留めていなかった。そこで改めて相手の名を呼んでみる。すると、他人行儀だった関係が急に親密に思えてくるから不思議だ。そこで気付く。「意外と知らんもんやな、誰のことも」、と。そこに気付いてからの彼らの感情の発露が初々しい。あの程度のいけない行動が彼らにとってそれまで特別だったように謳歌する姿が、まぶしいったらない。あの時、彼らはそれまで自分自身に架していたタガを外したのだ。それもギリギリ世間と折り合える範囲で。大人に叱られない範囲で。まだ自制が効いているいじらしさが、なぜか涙を誘う。
一人の少女はブルーハーツの歌を聴きながら彼氏にお願いする。「なあ、キスして。」
彼氏(これがドラマ「腐女子、うっかりゲイに告る」の高校生役なのだ)はそれに応えながら正面切って言う。「なんかこうして見つめ合うの、はじめてのような気がする。」ああ、お前たちそれでいいよ。そうやってちゃんと相手を見ろよ。オジサンはときめいてしまうよ。