「この映画に護られた。」護られなかった者たちへ ゆりさんの映画レビュー(感想・評価)
この映画に護られた。
ありがたいことに、映画.com 独占試写会で9月初旬に一足先に観させて頂いておりました。
松竹試写室で、初めて見た時苦しくて苦しくて映画一本でここまで感情が爆発する体験は初めてでした。
真っ先に思ったのはこの作品に出会えて生きててよかったなということです。
私は震災ではなく、リーマンショックで身内が実際に護られず亡くなりました。
リーマンショックが起きた2008年頃、社会全体が困窮し雇い止めや非正規雇用が当たり前になり貧困層は更に苦しみました。
溢れ落ちる層は、翌年の自殺率に反映されています。
「死んだらおしまい」残された環境、境遇にもよると思いますが利根が劇中で言ってたように【その人の生きる理由に値しなかった】と感じてしまうことはよくあります。
けいさんには、本当に利根君とかんちゃんのために2人だけのために生きて欲しかった。
3人のうどんを食べる時間が永遠に続いて欲しかった。
利根が、笑う瞬間•行ってきます、ただいまと言える瞬間全てが愛おしくて涙が出た。
【扶養照会】
私はこんなもの憎くてしょうがないです。
映画でもよく取り上げて下さったなあと心が締め付けられました。
全員が全員、血の繋がりによって助け合えるわけじゃない。なのに原理原則はそんな事情は考慮してくれない。
血の繋がる娘に知られる背徳感の様なものから逃げたい気持ちも痛いほど分かりました。
生活保護に辿り着く時点で、親類を頼れない親類と何らかのわだかまりがあるはず。
自殺者も、ほとんどの人が何か病名の診断のつく状態であると聞いたことがあります。
福祉という行政を最後の砦にせざるを得なかった人に扶養照会という壁は高すぎます。
けいさんのように、良くない方向に導いてしまう可能性になりやすいし壁を乗り越える気力を削がれてしまう。
どうか、最初で最後の砦というセーフティーネットをもっと頑丈に。何重構造でも足りない現状がコロナ禍で広がっているのをひしひしと感じる。
個人的な感情は入っているが、絶対にどんな人にとっても他人の話ではない。
日本という先進国に生まれながら、人間らしく死ねないのは悲しい。
かんちゃんの、メッセージを日本中が受け取って欲しい。衆議院選挙で選挙カーの中という安全地帯にいた議員候補の方達にも是非鑑賞して本当に必要で必ず行き届く政治をしてほしい。
1番良かった点。
私は、途中でこれは声をあげてねというメッセージのこもった映画だと悟ったが最後の最後で面食らった。それが一番私がこの映画をオススメする理由である。
声を上げてください。
わかる。
でも、それだけじゃなかった。
飛び越えて
原理原則を破って
命を救って
ここらへんでもう号泣してしまって苦しかった。
極め付けの、最後の一声で私は座席で苦しくて苦しくて声を必死に抑えた。
【もう一度、いや何度でも
もっと大きく、図太く】
福祉にはあらゆる救済措置があるが、書類が何枚も必要で手書きが多くまずそこにつまづく申請者は多い。
そんな事情を汲み取ってくれた台詞だと感じた。
私自身、生活保護ではないがある申請をした申請者の立場であった。1回目、書類不備で突き返された。
しかし、2回目は付き添ってくれたケースワーカーさんのおかげで受理された。
職員の方達は一生懸命寄り添おうとしてくれてるのは分かるし、かんちゃんような職員に救われた事も事実。
しかし、複雑な手書きの書類
本人の意思
原理原則が時代とニーズに絶対的にあっていなく、足枷となっている事がこの映画を通じて世に伝わって欲しいし伝わる力を持っていると感じた。
私はこの作品に出会えて、護られた1人です。
この映画が、今まさに劇中のように苦しんでいる人たちに今じゃなくても数ヶ月後、数年後に観て生きてて良かったなと思える日が訪れる日本になって欲しい。