滑走路のレビュー・感想・評価
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自殺…
苦しい。何でこんな良い青年が。。幼馴染みであるいじめられっ子を助けたばかりに逆にいじめられる。そして、それがトラウマとなり、やがて自殺してしまう。いじめのことを片親である母親に心配かけまいと告げることもなく。何て心優しい青年なんだろう。やるせない。片や、助けてもらったいじめられっ子は猛勉強し、その後、エリート官僚となる。深夜残業は当たり前の激務であるが、仕事にやり甲斐を見いだせない。そんな中で知ってしまった幼馴染みの自殺。原因が自分にあるのではないかと、苦しみ、彼の母親に会いにいくが、逆に励まされる。この場面が重い。普通なら社会的に成功している幼馴染みを裏切り者、人殺しと罵りたい感情が出てもおかしくないないが、一生掛けて、忘れず精一杯生きてほしいと、中々言えない。官僚もいじめられ、本当に辛かったと思う。だからこそ、必死に状況を変えたくて勉強したのだろう。心に止めて、一生生きていかなければならないが、本当の悪はいじめっ子、それを許す社会。死んだ青年が唯一、心を許した同級生、翠も、夫との関係に悩んでいた。子供を産むか、産まないか、妻に好きな方に任せる夫って、あり得ない。優しさ、理解あるという問題ではなく、あまりに自分の意志、他者への気持ちがなさ過ぎる。別れて正解だし、不安な世の中はいつの世も当たり前。それをどう一緒に生きていくか、考えるのが家族。ラスト、堕ろさず良かったと思えた。映画で一番心に思ったのはいじめはいけない。しかし、いつの世もいじめはなくならない。でも死んでしまったら、何も始まらない。原作者も自殺したという。これが残念。
あなたの子供だからおろしたの
映画「滑走路」(大庭功睦監督)から。
いろいろな場面で、生きづらい世の中、ってフレーズが
使われているけれど、それを変えようと行動しない限り、
誰かが変えてくれるのをまっているだけでは、だめなんだ。
そんなことを思いながら、観終わった。
イジメだったり、差別だったり、パワハラだったり、
本当にこんな世界があるの?と思う反面、もしかしたら、
もっとすごい世界が存在しているのかもしれない、とも思う。
衝撃的な台詞は、切り絵作家・翠(みどり)を演じた
「水川あさみ」さんの口から飛び出した。
そのシーンの前にこんな夫婦の会話がある。
「私ね、妊娠したみたい」と夫に告白した妻。
「翠はどうしたい?。俺はどっちでもいいから」と夫。
そして、悩んで悩んだ挙句、産婦人科へ。
病院から帰ってきて、夫にボソッと告げる。
「私、赤ちゃんおろしたの」
「そうか、残念だけど仕方ないよ。こんな世の中だし」
「あなたの子供だから。あなたの子供だからおろしたの」
この台詞を夫は、どんな気持ちで聴いたのだろうか。
「滑走路」というタイトル、物語とうまく繋がらなかった。
時折、発生する地震のような揺れも・・。(汗)
アンビバレントな印象を爽やかに残す
個人的な好みで言うと、思っていた以上に好きな作品で
定期的に観返したいなと思えた。
エンディング~エンドロールの橋で二人が別々の方向に歩いて離れるところで
グーっとカメラが引いて(おそらくドローン撮影)、タイトルが出る、
終わり方として絶妙にいいと感じた。
アンビバレントな感想を言うと
良かったところが、
・「滑走路」という詩集に寄り過ぎなかったところ
・変にエモーショナルにまとめようとしなかったところ
・単純なトラブル→解決という結論にしなかったところ
ここはもう少しだったなというところが、
・「滑走路」という詩集を元にしたので、
モチーフとなる詩を書く人を出すか、「詩」自体を関連付けて欲しかった
・いじめられていた学級委員長の卒業後の様子がもう少し欲しかった
・翠(水川あさみ)について、学級委員長と繋がる部分がもう少し欲しかった
特に翠と学級委員長は中学時代、思春期にああやった交流と別れがあったのなら、
なんだかんだ思い出すか、仮に忘れていても自殺したという同級生からのLINEで、
もう少し思い出してきて、そこに何らかの形でリンクしていくのが
観ている側として腑に落ちるかなと思っていたけど、
あまりにもありきたりな話の流れや展開を避けようとした結果、
必要な分量の繋がりまで削ぎ落してしまったのかなという感じはあった。
ラストで別れた夫との間にできた(ひそかに産んでいた)子が
飛行機の絵を持ってくるところだけだと少し取ってつけた感じは否めないかなと。
それに何か繋がるものが少しでもあるとクドくなくいい感じだったように思えた。
いじめ描写も少し前に観た「許された子どもたち」程のえげつなさはないにしても、
十分なリアリティと深刻さは伝わってくるし、親との関係もとてもいい空気感だったし、
大人になった鷹野(浅香航大)と母親(坂井真紀)のやり取りは秀逸だった。
男として情けない翠の夫、拓己(水橋研二)もいい感じのクズさで良かった。
中学時代の翠役の木下渓は、さらにいい俳優になってほしいなと思った。
あとほんの少しのところで救われたかもしれないもどかしさ
本作に登場する主要キャストの隼介も鷹野も、翠のいずれも、多少の違いはあるものの、弱さと強さ、優しさとたくましさを併せ持つごく普通の人々。翠の夫や隼介母だってそうだ。弱さを曝け出すこともできない、かと言って自分を曝け出したままで、強く生きていくこともままならない。
あとほんの一言がだせれば、あともう少し自分の思いを吐露できれば上手くいくはずなのに、いじめや職場の圧力、非正規雇用という先の見えない不安感や疎外感がそれを妨げる。本当にあと少しのところなのに、それができない。
ここからはネタバレになるので、あまり多くのことは語れないが、翠が最悪の選択をしなくて、ホッとした。「あなたの子だから産まない」というセリフには本当にドキッとさせられた。
でも最後の隼介母が鷹野に贈った言葉は、本当の強さを持った人でなければ言えない。鷹野にあれほど厳しく優しい言葉をかけられるなんて。
キレイな佐々木、イン、マイマイン
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親友がいじめられていたのを助けたがために自分がいじめの対象になってしまった学級委員長と、厚生労働省で働く不眠症の鷹野と、学級委員長と淡い恋をしていた今は絵作家の翠、3人の話。
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鷹野と翠のパートは現代で、学級委員長は学生時代の時の話。なので、話の流れは『佐々木、イン、マイマイン』と同じ。学生時代の時の友達が、大人になった自分の背を押してくれる。
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そのヒーローは『滑走路』でも死んでしまう。そんなヒーローが社会の端に追いやられて、時には死期を早めてしまうことが悲しい。
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大人になると、収入だったり社会的な立場に差がついてきて何となく会うのが嫌になったり気まずかったり、そんなことを考えずに学生時代の友達に定期的に会わないといけないね。
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終始胸が苦しくなる
マイナーな映画なのか、公開している館が少なくて不安でしたが、観たらすごく良かったです。
最後の方に来てようやく大人達の関係性や時間軸が分かりました。
いじめのシーンは見ていて辛かったけど、主人公の男の子の強さや優しさ、そしてそばにいてくれる彼女?に救われます。いつでも虐められている子がいつまでも辛い思いをする。辛いです。
俳優陣の繊細な演技力は素晴らしい。
特に中学生役の子、もっとドラマや映画に出て欲しい。
主題歌もすごくハマってます。
なぜ、滑走路ってタイトルなのかが最後わかります。
最後に出てくる短歌も刺さりました。
若い子に観て欲しい。
水川あさみが、あなたの子だから堕ろすと言う言葉は決意が込められていました。言う方も辛かったでしょう。
優しさと優柔不断は表裏一体。優しさと思っていたのが実は決断力の無さだったり。
どうしてあんなに強かった男の子が自殺してしまったのかは最後まで分からなかったけど、、イジメはダメ、絶対。
中学生では自分ではどうにもならない事が多すぎますね。
どうか若い子達は周りの人の出会いに恵まれますように。
いじめって‥
いじめって、こんなに苦しくてあと引いて、人格まで変えてしまうんだな‥
胸が苦しくて、心筋梗塞になるんじゃないかと思いました。
いじめより、いじめられていることを母親に知られるのが何より辛い学級委員長。
いじめを助けられるより、自分の弱さを知られる方が辛い幼なじみ。そして自分は悪くない、と逃避する。
委員長は「お前ら暇だな」と抵抗してたのに、いつしか逃げ回るようになる。
辛い‥
その中で清涼剤のように癒してくれた女の子を、絵を傷つけるだけで、身体を傷付けないでいてくれて、良かった‥
いじめっ子には、それだけは感謝だ。ま、中学生だしね‥。
結局彼は、何故自殺してしまったんだろう。
それだけが謎。
当人にしかわからないことある、とか、自殺した人を責めないで、とか言う意見もあろうが、自殺はダメ、絶対。
自殺した子の母親の言葉が、1番良かった。
「忘れずに、あなたは生きて、結婚して、授かった子供を、宝物のように育てて命懸けで守りなさい」
中学生3人と、女の子が成人して作る、切り絵が秀逸。
最後に流れる主題歌も、良かった。
もやもやが残った
イジメてた奴らが一番悪いんだよ。オマエラのせいでこんだけの人間の人生が狂ってんだよ。イジメる方にも事情があるとか関係ねえからな。自分の事情を他人に押し付けんじゃねえよ。なかったことにしてのうのうと生きてくとか許されねえからな。
というのを観てる途中で思ったの。
水川あさみが最初に出てきたシーンで、「影絵のクオリティがすごい! これは、小道具さんの仕事じゃない」と思ったのね。それから中学のシーンで水彩画が出てきたときも「これもすごい。ほんとうの作家を使ってるだろ」と思って。エンドロール観てたら影絵と絵画制作がクレジットされてて、公式サイトで確認したら影絵:河野里美、絵画制作:すぎやま たくやで、二人とも作家さんだった。ここに気を配れるのいいなと思ったな。
前半は映像化された詩を観てる感じなんだよね。叙情的な表現は少ない気がするけどなんでだろうと思って観てたの。詩みたいな台詞が多いからかな。
前半は「自殺したのは裕翔(最初にイジメられてた子)で、厚生省官僚が委員長(イジメられたのを助けたら、自分がイジメられた子)だな」と思って観るのね。
「ところがそれは逆でした!」ってのが解って、厚生官僚は最初にイジメられてた子で、自殺したのが委員長だったの。ここが「えー!」となって引き込まれるんだよね。
引き込まれるんだけど。委員長はイジメがトラウマになって高校受験も大学受験も失敗して、非正規労働者になってるんだよね。この「トラウマになって高校受験も大学受験も失敗する」ってところが、納得感なかった。
そもそも委員長は最初はイジメっ子と堂々と対峙して、裕翔を助けてるからね。そう簡単にイジメられっこになると思えない。そしてイジメられてからも、翠にけっこう救われてて、勇気をもらってる気がすんのね。それでもトラウマになるのか。
「翠に救われるのは一時的なものだから、そりゃ残るよ、トラウマ」と言われたら「そうなのか」と思うしかないけど、納得感が今ひとつ。
友達を売った裕翔が、そのことを気に病んで人生がうまくいかなくなって、自殺するなら「そうかもな」と思うの。
水川あさみは最後は離婚する決断をするんだけど、そこも何故なんだって気はしたの。旦那さんはどんなときも「翠はどう思う?」って聞いてダメな奴全開だから、まあ別れるのは解るのね。
ただ中学時代に戻ったラストシーンで委員長が「オレは翠がどんな選択をしても嫌いにはならない」って言ってるから、翠は、自分の選択を許してくれる人が好きなんだろうと思うの。
「そうだと思ってたんだけど、それは、この旦那がやってることとは違うの」ということかも知れないけど、そこは良く解らなかった。
全体を観ればすごく面白くて、文句はほぼないんだけど、この作品の魅力の中心が「普通は自殺しないと思っていた方が自殺する」ってのがあるのね。そこの理不尽さが色んなことを際立たせる。
「だから面白くて良かったじゃない」という気持ちと「面白くするために納得感犠牲にしてるよな」という気持ちがあって、もやもやしたものが残ったよ。
先の読めないマトリクス
時代が、約10年ずつ離れて3つ(ラストを入れると4つだが)。
主人公は、しゅんすけ、鷹野、翠の3人。
よって、時代と主人公で作る2次元のマトリクス(行列)の要素は、3x3=9ポイントある。
(あるいは、時代をたて糸、主人公をよこ糸とすれば、交点は9個。)
しかし、3人がそろって存在するのは、1番目の中学時代だけ。
2番目の官僚時代には、鷹野と、しゅんすけ(直近で亡くなった故人として)。
3番目の影絵作家時代には、翠のみ。
結局、9ポイントのうち、6ポイント(=3+2+1)のみが映画で語られる。
この6ポイントで、人間関係と時代が、何度も何度も交錯し、先の読めない緊張感が続く。
というか、見終わって初めて「ああこの6ポイント(だけ)なんだ」と分かる仕掛けになっている。
6ポイント相互の関係性は緊密だ。安っぽいフラッシュバックに陥ってないし、無駄に複雑なわけでもない。
内容および役者の顔の類似性から考えて、「中学時代のしゅんすけ」が成長して「官僚時代の鷹野」になったと思いきや、実際にはそうではない。
自分は観ている最中、ずっとこの点において混乱していた。
テーマは2つで、メインテーマは「いじめと、そのいつまでも続く後遺症」、サブテーマは「産むか産まないか」。
サブテーマは、夫の非正規雇用問題以外では、メインテーマから外れている。この点にも、自分は混乱した。
しかし、生きづらい世界の中においてさえ、生命(いのち)が大切だと訴えていると考えることができる。
よってサブテーマは、メインテーマを別の角度から補強していると言えよう。
ある程度、観客を混乱させて手玉に取ろうと、作り手が意図していることは明らかだが、決して自分は不快ではなかった。
萩原慎一郎の歌集は未読だが、“映画全体”として観たときに、萩原慎一郎の世界観を実現しているのであろう。
スゴい脚本と演出だ。
厚労省のお役人がますます嫌いになりました 私の気持ちは滑降路
32歳で夭逝した非正規雇用歌人の歌集(滑走路)からインスパイアされて、ストーリーを作ったとされる映画。
時系列が前後し、どんな展開でラストを迎えるのかと集中していました。
母子家庭で、母親に心配かけないように気を遣う優秀な学級委員長(寄川歌太)と絵が得意で、大好きだが、成績がさがったら絵を辞めさせるという厳しい父親をもつ天野翠(木下渓)。図書館や公園のシーン、彼女の絵、切り裂かれた絵を張り合わせるシーン、自転車、広い河川に架かる橋。それぞれのシーンやカットアングルはすごくきれいで印象的。
水川あさみと水橋研二はともに美術に関わる夫婦。
おしゃれな部屋のソファーに横たわる水川あさみの脚。キレイでしたね。天井からのカット。切り絵もすごくきれいで、水川あさみの指が想像に反して(喜劇・愛妻物語の影響w)きれいでした。手のモデルは使ってなかったようでした。
若手官僚役の浅香航大。
中学生のいじめ役3人。
寄川歌太の母親役には最近よく見る坂井真紀(宇宙でいちばんあかるい屋根、461個のお弁当)。
不妊・少子化問題、いじめ問題、母子家庭問題、雇用問題。観るものに一番訴えたいのは何なのかが中盤から観ているうちにだんだんわからなくなって、もやもやしてすごくストレスが溜まりました。
いじめから救ってくれた親友が、25歳で亡くなったことをNPO法人から提出された自死した非正規雇用者リストから知ることになる若手厚労省官僚。NPO代表が「このSSさんは須和駿介さんで」という場面でノーリアクションだったことから、リストから選んだ時点ですでに確信していて、確認しただけなのだと思いました。睡眠時間がとれないほど忙しいはずなのに、駿介(寄川)の死に対する自分の罪悪感が正当なものか否か確かめたいという身勝手な動機で、単独行動をとる刑事のように調べてゆく浅香航大に強い違和感を覚えたのみならず、母親(坂井真紀)に自分の卑怯な行動の象徴である数学の教科書をわざわざ見せるという無神経な行為(返してない事実も判明!)に私は強い怒りを覚えてしまいました。
母親役の坂井真紀の冷静な返答の言葉、「これはあなたが持っていて、忘れないように・・・・そして、自分の子供ができたら死ぬ気で守りなさい」には雷に撃たれたような気持ちになりました。切り裂かれ、張り合わせられた絵をひとり息子の遺品としてずっと飾っている母親の気持ちを思うと重くて仕方ありません。
その絵を描いた翠の選択。「あなたの子供だから堕したのよ」の優柔不断な男に対する強烈パンチ。しかし、産婦人科でのシーンは直前に止めたはず。展覧会で駆け寄る息子とのシーンは翠が産んだことを明らかにするものでした。
浅香航大と精神科医のシーンのセットは前衛演劇みたいで、「あれじゃ、治らないよ。」と、心の中で突っ込んでいました。医者も精神科医らしくない突き放した態度だし。
3人の生き方、3つの時代
しみじみいい作品でした。
いじめや自殺、非正規雇用の問題が奥底に敷かれ、3人の人生、3つ(いや、4つ?)の時間が重なって、織り成していく。
生きていくことの難しさに、正面から向き合った内容でした。
時代を行ったり来たりするため、描いた時代がいつかなのかを読み解くのに、努力が必要となる部分もある。
キャラを掴む以外にも、画面の色調(過去は少し退色したフィルムっぽい)や、出てくる小道具が役に立った。
電話器、服のデザイン、ミュージシャン……
特に、テレビの形がわかりやすかった。
ただ、同時に3人の年齢や年代に「?」の山になりました。
3人が中学2〜3年の頃に、「ビートルズが聴きたい」ってセリフがあったから、1960年代後半?
中学生の彼らが公園で見上げる飛行機が、今2020年頃に運行しているタイプっぽい。
そのうちの1人が幼児の頃を撮ったビデオが出てくるが、映すテレビの型が1980年代前半のブラウン管カラーテレビ、再生するカメラの画質がVHS。
彼らが大人になって、うち一人が厚生労働省で働く25才の青年になって出てきたが、厚労省が出来たのが平成の世(2001年以降)。
20代後半〜30代前半に成長し、切り絵作家となったヒロインが手にしていたのが、LINEの使える現行(2019年以降)のスマホ……
ヒロインの個展が、メインの舞台から4〜5年後……
はて、それぞれの時代は「何年」なのだろうか?
きみのため 用意されたる 滑走路 きみは翼を 手にすればいい
様々な社会問題を取り入れ、3つの人生の歯車がかみ合わず、息苦しさの中でそれぞれの心の叫びが交錯する。厚生労働省の若手官僚の鷹野、中学時代の委員長と天野、そして30代の切り絵作家の翠が夫婦関係に亀裂が入る様子を描く物語。時系列のスリリングな交錯と名前のギミックが絶妙だった。
まずは厚生労働省の過労による自死についてNPO団体から陳情を受付け、それに対処しながらも上からの指示で何度も徹夜させられ、不眠症にまでなった鷹野(浅香航大)。正規・非正規社員の問題をも軽くえぐり、過労死の現実を突きつけられたかたちだ。自死を選んだ者のリストを見せられ、そこで同じ年齢の一人の青年を見つけた鷹野は彼の死の原因を一人で調査していく。時系列的には翠の妊娠が2029年だったことから、この鷹野のエピソードは2017年だったと思われる。そして原作者・萩原慎一郎の没年も17年・・・
その年齢から2005年辺りの中学2年生の教室。委員長は教科書に落書きしつつも、数学の問題はすらすら答えられる優等生。幼馴染みの裕翔がイジメに遭ってる現場で助けに入ったことが元で今度は委員長がイジメられることになった。そんな中、天野翠の描いた“夜明け”という絵に魅入ってしまい、彼女と親しくなる。
翠は切り絵の才能を発揮し、様々な催し物に展示することで名声を得るようになったが、美術教師である夫が突如クビになってしまい夫婦関係に亀裂が入る。そんな時、妊娠が発覚するのだが、産む産まないの選択で夫の態度で心が変化していく様子。
最初は、委員長の頭の良さから彼が官僚になったものだとばかり思っていたが、それが違っていたことに驚いてしまった中盤。さすがに廊下に展示してあった水彩画には天野翠と書いてあったため木下渓が水川あさみになるのはわかるのですが、交錯するようでしない関係もあったりして、映画のテーマが別にあったのだと予想がすべて覆された感じでした。
派遣をはじめとする非正規社員と過労死の問題。さらには若手官僚が退職するのも自分のやりたいことができないのが原因。折しも19日のニュースで、20代官僚の自主退職が6年で4倍超になっていると知ったばかり。そして青年の死が非正規を嘆いたためではなく、失恋が原因?そして過去のイジメによるトラウマが原因だとわかるのです。
それぞれの中学時代に集束し、手を差しのべること、翼を広げること、人の痛みを理解することなど、考えさせられることが多い。旅客機好きの委員長、授業中校舎に旅客機の影、いったいこの飛行機はどこから飛び立ったのだろう。そしてどこへ降り立つのだろう。「傷ついて翼が折れたとしても誰かに否定される人生なんてないんじゃないかな」・・・この言葉が心に沁みる。滑走路という意味も離陸だけかと思っていたのに、シュンスケだけは違った意味になるかと思うと悲しすぎる・・・でも、翠の心を受け止められたんだから少し救いがあったかな。
今年は印象的な役が多い水川あさみですが、ここにきて大女優の片鱗を見せてくれた。そして、コメディ向きだと思っていた浅香航大もシリアスで良かったし、中学生たちの演技も素晴らしかった。染谷将太の無駄遣いも感じられるし、坂井真紀は安定の演技だし、俳優陣も凄すぎる。ただ、ビートルズに関するものがあればもっと良かったのになぁ。
【”涙が枯れるまで泣いたら、苦しいけれど一歩前へ進もう・・。”現代社会が抱える諸問題を軸に、生きる事の辛さと”生”を選択する事で得る”光”を描いた作品。作品構成も素晴らしい、見応えある重厚な作品。】
ー 物語は、三つのストーリーを平行して映し出しながら進む。そして、中盤までは、観ていて精神的に辛いシーンが多い。-
1.ストーリー➀ -画像の風合から、描かれた年代が現代ではないのではないか・・。-
・メイン舞台は中学校。
苛められている”幼馴染の男の子”を助けた委員長シュンスケは、逆に苛めの対象になってしまう。幼馴染の男の子は苛めをしていた連中からの指示で、シュンスケの数学の教科書を盗み、故に、不登校になる。
ー 幼馴染の男の子が、自分を苛めていた連中よりも、自分を“弱っちいな・・”と呼んで助けてくれたシュンスケに対し、複雑な思いを抱いて屈託し、自室に引きこもる姿。
自分の弱さを、直接指摘される方が辛いのだろうか・・。-
・シュンスケはプールに投げ込まれたシュンスケのカバンを"髪を濡らしながらも"届けてくれた絵の好きなアマノさんと徐々に仲良くなる。が、”自分が苛められている事”を母親(酒井真紀)に知られたくないが故に、苛めをしていた連中から言われたままに、絵の好きなアマノさんが描いた”賞を獲って校内に飾られていた絵”をカッターで切り裂いてしまう・・。
- アマノさんの画の魅力をきちんと指摘しながら、その画を傷付けてしまった罪の意識から、ズル休みをしてしまう、シュンスケ。
キツイよなあ・・。誰にも、弱音を吐けない辛さ・・。
このような出来事が、彼の"トラウマ"になってしまったのだろうか・・。-
・アマノさんが、引っ越すことになり、自分が切り裂いてしまった絵を、テープで張り直し、届けようと自転車で追いかけるシュンスケ。
ー 追いつかなかったが・・、訪れた奇跡。そして、アマノさんに届いた”自分らしく生きろ!”と言う、シュンスケの想い。-
2.ストーリー②
・メインは、厚生労働省の官僚として、激務の日々を過ごすタカノ(浅香航大)。不眠に悩まされ、精神科医に通っている。
- 彼の不眠の ”本当の理由” が徐々に明らかになって行く過程の描き方が、上手い。そして、その過程で、エピソード②とエピソード①が時空を超えて、徐々に絡んでいくのである。ー
・タカノは非正規雇用者達の”自死”の問題に直面していく中で、自分と同じ25歳の男性の死の原因を追究していく。そこで明らかになった、”その男性”と自分との関係性。
- タカノが”その男性”の母親(酒井真紀)に土下座して詫びながら渡した、”中学生の時に盗んだ数学の教科書”。それを涙を流しながら、タカノに返し、母親が言った言葉。
”貴方が持っていなさい。そして、シュンスケの分まで生きて、結婚して、子供を作って、大切に育てなさい。ゴメンね、受け取ってあげられなくて・・。”
◆涙腺が、崩壊直前まで行ってしまったシーンである・・。-
3.ストーリー③
・ミドリ(水川麻美)は切り絵作家。夫は学校の非正規美術雇用の先生。二人は瀟洒なマンションに住み、一見仲が良さそうである。夫がミドリのかける言葉は常に”優しい”
- が、この夫は”決して、自分の意見を言わない・・、のではなく、自分自身に自信と軸がないので、意見を言えないのであろう。妻の様々な問いに”君の好きにしていいよ・・””君はどうなの・・”
ミドリから”妊娠した”と告げられた際の、彼の言葉を聞いた際には
”ハッキリ、自分の意思を愛する人に伝えろよ!”
と脳内で思わず、罵ってしまった・・。-
・夫は、”カリキュラムから美術の時間が減ったから・・”、解雇されたとミドリに告げる。
ー 私は、このシーンから、この夫が”非正規雇用だった”と判断した。-
・そしてミドリは、逡巡しながら、病院に行く時に迷子になった男の子と出会い、小さいがふっくらとした暖かそうな手を握ったが・・
”貴方の子供だから、堕ろしたの・・”
と夫に告げる・・。
- 男としては、駄目出しされたと同じ事。哀しいが、当然、離婚である。
そして、このエピソード③も、エピソード①と繋がって行くことが、徐々に明らかになる過程の描き方も、絶妙に上手い。-
◆2年後、ミドリの個展で久しぶりにミドリが夫と再会するシーン。蟠りは無さそうだ。そして、彼が去った後、ミドリの元に駆け寄って来た男の子。”アスカ!(飛鳥かな・・)”と呼び、嬉しそうに抱き上げるミドリの母親としての柔らかな表情。
ー 中絶していなかったのか! -
このシーンでは、堪え切れずに、涙が溢れてしまった・・。
<三つのストーリーが中後半になるに連れて、時空を超えて繋がっている作品構成の妙に魅入られた作品。
そして、どんなに辛くても、枯れるほど涙を流しても、”生”を諦めてはいけない・・、
”誰かに否定される人生などない” という当たり前のことを再認識した作品である。
シュンスケが自死した背景は、曖昧にしか描かれていないが、
彼の死が、逆説的に、タカノとミドリに
”どんなに辛くても、”命”を大切にするのだ!”
という想いを持たせたのであろうと感じた作品でもある。>
■補足
<シュンスケが自死した背景の考察>
・様々な解釈が出来ると思うが、私は彼の中学時代の辛い経験が、”トラウマ”として彼の”生”を徐々に蝕んでいったのではないか・・、と解釈した。
それ故に、知識は有れど、サイクリックな仕事の町工場で働き(否定する積りは全くない。)、理由なく愛した女性と別れたのではないか・・。
ここが、もう少しキチンと描かれていればと言う想いはあるが、それが不鮮明であるからこそ、”生の儚さ”が浮き彫りになるのではないかと、私は思った。
それは、今作の発想の源となった方の詩集の内容と生き方とも、繋がるのではないかとも・・。
■蛇足1
・ここ数作の水川あさみさんの演技は凄い・・、と思っているのは私だけであろうか・・。
■蛇足2 <2020年11月22日 追記>
・鑑賞後、2日経ってパンフレット購入。今から読む。
水川あさみさんが選んだ、故、荻原慎一郎さんの一首は”自転車のペダル漕ぎつつ 選択の連続である人生をゆけ”
名門中高一貫校で、長期に及んだ苛めの後遺症に悩まされ、自死された方の短歌集を読むには、相当の覚悟が必要な気がする・・。
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