劇場公開日 2020年11月20日

  • 予告編を見る

「あなたが持っていなさい、忘れないように。忘れずにあなたは生きるの。あなたは、 結婚して子供産んで、その子を宝物のように命がけで守りなさい。」滑走路 栗太郎さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0あなたが持っていなさい、忘れないように。忘れずにあなたは生きるの。あなたは、 結婚して子供産んで、その子を宝物のように命がけで守りなさい。

2020年11月24日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

中学生のパートと、成人してからのパートが入れ違いながら映画は進む。その成人後を演じる水川あさみと浅香航大がなかなか絡まなくてヤキモキしだした頃に、二人それぞれの委員長(須羽シュンスケ)の死との時間差で、この成人した二人は別々の時間を過ごしていることに気付かされる。そう、時間軸は全部で3つあった。委員長主観でいえば、人生が急転した中学時代と、当時の彼を取り巻く二人の友人がのちに彼の死を知ったことで変わっていく何か、とでも言おうか。

誘導として、はじめ、カウンセリングに通うくらい仕事に行き詰っている若手官僚(浅香)が出てくる。勉学優秀だった委員長が成長した姿だと思った。イジメを克服して、国を動かす側の階段を上っているのだと思った。それが、途中であれ違う?と気付く。登場人物を名字と名前とあだ名で言い分けていたので、こちら側がうまいこと騙されていたのだ。この裏切られ振りが巧妙で、その分、委員長の自死の衝撃が増してくる。それまで過程をそれなりに知った後だからこそ、ああ、彼は負けたのだと思った。だけどそのあとに、いや、彼は彼なりに懸命で優しくて純粋であった、なにより逃げなかったのだと思い直す。そして気付くのだ。そんな彼だからこそ、自分の尊厳を守るべく死を選ぶしかなかったのだと。
彼の死を知ったあとの鷹野と翠も、その純心さを思い出し、今の自分を不甲斐なく思ったのだろう。だから、二人もそれぞれ、今の立ち位置から前へ前へと飛び立とうと密かに決意するのだ。委員長に恥じない自分であろうとするかのように。孤独な友人の死を知らず、何もしてあげらなかった自分を悔やむ二人を観ているのに、なぜかこちら側の気分が晴れやかな感情に包まれているのは、二人の思いに贖罪の感情ではなく、"借りを返していく決意"のようなものを感じたからだろう。そうだ、委員長は二人が前に進むための"滑走路"を用意してくれたのだ。
永六輔もいう。「生きているということは誰かに借りをつくること。生きていくということはその借りを返してゆくこと」と。二人だけでなく、僕自身も、「ああ、自分は今、誰かに生かされている」と気付かされた。

当日、舞台挨拶あり。寄川歌太(委員長子役)、浅香航大、水川あさみ、大庭功睦監督。水川あさみの親しみやすさはいつも気分がいい。歌太くんの今後、期待してます。

このあと小説も読んで、裏設定を補完するのをおススメします。タイトルのセリフは、なぞるように何度も読み返してしまいました。そしていくつか、映画に描かれなかった人間関係や人物の名前などにハッとさせられることがあるはずです。

※補足
地震のシーンの意味は「直面している問題が大きすぎて、この程度の地震なんてどうでもいい」ってことかな。介入する第三者がいれば、その人を無視する場面なんだろうけど、人付き合いの少ない夫婦なので、邪魔が入るのは自然現象くらいなのでしょうね。

栗太郎
栗太郎さんのコメント
2021年1月2日

鳥の種類まで明確にしなかったのは、こちらの手落ちでしたね。小説も是非。

栗太郎
ジョンスペさんのコメント
2021年1月2日

おっしゃる通り「羽」が共通する、須羽隼介(ハヤブサ)、鷹野裕翔(タカ)、天野翠(カワセミ)ときて、翠の子供が「飛ぶトリ」=飛鳥(アスカ)なのですね〜。ほんとに余韻が深い!小説版にも目を通してみたくなりました。

ジョンスペ
栗太郎さんのコメント
2020年12月30日

※ネタバレあり。
おわかりのことかも知れませんが、翠たちは成田(もしくはその近辺)で中学時代を過ごしていますよね。で、翠と鷹野は転校してしまうのでその後の委員長の消息を知らずに大人になっています。翠は、福岡に転校し学校も出、結婚もし、そのあとで仕事がらみで東京に引っ越ししてきます。そしていただいた仕事が成田での仕事だったので、当時を懐かしみ旧友と連絡をとり委員長の自死を知るわけですね。ちょっと変な言い方をすれば、神様は翠を、委員長の事実を知らないで過ごす時間を造るために福岡に遠ざけ、こっそりと知らせるために東京に寄越した、と思ってしまいました。
演出の妙、おっしゃる通りです。登場人物の名前も、須羽の「羽」、鷹野の「鷹」、翠の「羽」とすべて空を飛べるのですよね。そして最後に出てくる子供が「飛鳥」。これは小説でないと文字がわからないのですが、この文字を目にした時、鳥肌でした。
なんとも余韻の深い映画です。

栗太郎
ジョンスペさんのコメント
2020年12月29日

ご返信ありがとうございます。私も途中までは、なんで地震?と思ったのですが、何度か頭上を機影が通ること、序盤で翠の作品が「成田」に展示されると話していた(多分)ことから、そう考えました。わかりやすく説明せず語る演出が巧みな作品ですよね。栗太郎さんが書かれている、委員長が浅香航大と思いきや…のところもプラネタリウムを出しておいて、のちに星座早見盤で実は…という展開でうまいなーと思いました。

ジョンスペ
栗太郎さんのコメント
2020年12月29日

飛行機の離発着ですか。その発想はなかったです。たしかに、何かにつけて「飛ぶ」ことが物語の主軸になっていますからあり得ますね。でも、それならせめて飛行音も欲しいところです。普段から民間の住宅があそこまで揺れていたら、住みにくいとも思います。
そうは言っても、ご意見を勘案したときとても新鮮でした。映像から読み取る想像はいく通りもある、と言うことですね。

栗太郎
ジョンスペさんのコメント
2020年12月28日

一応の原作者である萩原慎一郎の人生もストーリーに織り込んでいて、見事な作品だと思いました。ちなみに水川あさみの家での地震は、飛行機の離着陸による振動ではないでしょうか。パイロットになりたいと言っていた委員長への思いがどこかにあって空港に近いところに住んでいる、夫との重要な話題の時には彼を思い出させる飛行機が上空を飛んで自分の気持ちに正直になるよう心を奮い立たせる、とか?

ジョンスペ
栗太郎さんのコメント
2020年11月27日

コメントありがとうございます。
起きてしまったことは取り返しがつかない。せめて忘れずに胸に刻んでいて欲しい気持ちですね。
地震のシーン、まさにそう思えるかどうかで、あの夫婦の亀裂を実感できますね。

栗太郎
だるまんさんのコメント
2020年11月27日

そのタイトル通りですよね。
原作者の遺族が望んでいるのは。
公開して欲しかったり、食い悔やんで欲しいのでななく、ただ「忘れずに」
地震のシーンも謎ですよね。私は身構えてしますので。夫婦でも恋人でも、いくら喧嘩してても、ある程度の地震が起きれば、相手の手を握ったり、ハッとして喧嘩を中断すると思うのです。でもこの夫婦は、1度目はそのまま険悪な雰囲気が続き、2回目は何事も反応がない。つまり、2人の関係は終わっていて修復不可能ってことなのかなと。

だるまん