「空白を埋める者」空白 終焉怪獣さんの映画レビュー(感想・評価)
空白を埋める者
2021年9月9日 新潟県長岡市 Tジョイ長岡にて
特別試写会に当選し、一足先に鑑賞させて頂きました。
𠮷田恵輔監督作品の鑑賞は今作が初めてです。
予告からも誰しもが感じる負の連鎖による精神的ダメージが凄まじい内容でした。
「誰しもが加害者であり、被害者」
「誰しもが正しいし、間違っている」
「誰しもが善意を持ち、悪意を持っている」
そんな言葉では片付けられない。
日々、当事者ではない第三者の立ち位置で俯瞰している私達は、そんな言葉を振りかざしていいのだろうか。
私達の正義は何処まで行っても独善の域から出ない。
劇中、多くの無自覚な善意と悪意が充満している。
何故、彼女は万引きをしたのか...
その理由は観客が感じたものだと思います。
しかし「きっとこういう事だよ」と持論を展開して、自身の中の正解を言うのすら躊躇ってしまう。
劇中の登場人物達のように憶測で物を語ってはいけない...そんな圧を感じてしまう。
それでも烏滸がましいですが、私なりに登場人物の空白を考察してみようと思います。
【花音】
両親の離婚、粗暴な父親、自分のペースを理解してくれない周囲...
余りにも空白が広く、この日常から放たれたい衝動に駆られてしまった...
何でもよかった...その行為が偶々、万引きだった。
【添田充】
口調が荒く、常に苛立ちを隠せない父親。
こういう人は私達の日常にいるが、「何であんなに苛立っているんだろう?」程度で済ましている。
性格であり、どういうバックグランドでそのような人格になったのかも憶測で語るしかない。
彼自身もその苛立ちの源泉は分からなかったのではないかと考えました。
【青柳直人】
自己主張を上手く出来ない性格で他人との会話も苦痛に感じている。
感情を押し殺しているが、海苔弁当の件で電話で怒りの余り暴言を吐き、その後謝罪の電話をするシーンが印象的でした。
その際、「海苔弁当、美味しかったです」と云う言葉が彼の全てを物語っていたと思います。
【野木龍馬】
劇中数少ない良心の青年。どれだけ充に悪態着いても彼を心配する。不穏な空気を読んで仲裁に入ったり、港でマスコミに怒号を上げる等、随所に優しさを感じた。
【草加部麻子】
「行き過ぎた善意は悪意と変わらない」と云う言葉を思い出させてくれる人物。
善行を重ねる自分にいつしか酔い、自分の正義に盲目的になる人も現実味がありました。
そんな彼女も同じボランティア活動で要領の悪い人物に強く当たっている。
彼女もまた空白を埋めたがっている人間。
最後の涙は、今まで誤魔化してきた自身の在り方を自覚したように感じた。
【今井若菜】
花音の担任教師。子供を導く立場にあれどもやはり人間。花音のマイペースさや葛藤を察してあげられず、強く当たってしまう。
花音の死後、自身の指導に落ち度があったと吐出するが、同僚の教師の「それは狡いですよ。死んだ後に理解者ぶるのは」と返される。
このやり取りは凄く刺さりました。
私達も日常でこのように手の平を返したかのように理解者ぶる...ゾッとした一面でした。
【中山緑】
花音を最初に撥ねてしまった女性の母親。
彼女こそがこの空白に光を齎した。
自責の念に堪えきれず自殺した娘。
充に対して強い憎悪を持っていたにも拘わらず、充に出た言葉が衝撃的でした。
大切な娘を「心が弱かった」「逃げ出して申し訳ありません」なんて言いたくなかったでしょう。
それなのに憎しみを断ち切った。
とある作品の台詞「憎しみや悲しみは誰かが歯を食いしばって断ち切らなくちゃダメなんです」を思い出しました。
【その他の人々】
粗暴な言葉を吐くクラスメイトの男子、常に無関心だったクラスメイトの女子、番組を盛り上げる為に捏造をするマスコミ、教育する立場でありながら学校のイメージを優先した学校、憶測で正義を振りかざす国民...
誰も彼もおぞましいです。
しかし私達は、そんな人々を非難できるのか...
私達もきっと変わらない...
【最後に...】
最後に充が他人の言葉に耳を傾け、心を理解しようとしたのは良かったです。
絵を描き始めた充ですが、花音と同じく空に浮かぶイルカのような雲の絵を描く。
充も花音もイルカを“三頭”描いた事に心が救われました。
そして青柳君にも救いがあったのは良かったです。
店を畳み、交通誘導員として働く彼の前に現れたトラックの運転手らしき人間。
また好奇心に駆られ、話し掛けてきたかと思いきや、「焼鳥弁当美味しかったです」「ありがとうございました。本当にお疲れ様でした」と感謝の言葉。
劇中、彼が本当に欲しかった言葉...
両者にささやかではありますが、空白を埋める光があった事は本当に良かったです。
鑑賞後は、充が言ったように心に靄が残り続けるかも知れません。
しかし、この映画を是非、一人でも多くの人々に観て貰いたいです。
人間の本質に対して答えを見付ける作品ではなく、「明日から人に優しくなろう」と云う教訓的な作品でもない。
皆さんと一緒に考えて行きたい...そんな作品です。