劇場公開日 2021年9月23日

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「複雑な機微を、複雑なままに」空白 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0複雑な機微を、複雑なままに

2021年9月25日
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鑑賞方法:映画館

 娘を交通事故で亡くした父親がモンスタークレーマーと化すくだりはインパクトがあるが、その恐ろしさを描くための作品ではない。
 怖い怖いクレーマーのホラーのような話かと思いびくびくしながら観始めて、実際前半は色々恐ろしかった。娘の交通事故シーンのリアルさにおののいたし、古田新太の何をしでかすか分からない雰囲気にすっかり呑まれた。
 しかし、中盤以降はそんな恐怖がはるか遠景に見えてしまうような人間描写が展開される。

 娘を亡くした父親の添田、万引きをした娘を追ったスーパーの店長青柳、店員の草加部の3人の、多面的な描かれ方が印象的だ。
 添田の偏屈さと、時間の経過とともに変容する心。
 青柳の卑屈さと不器用な立ち回り。気持ちが追い詰められるにつれ、言動が不安定になる様がリアルだ。
 草加部の絶妙な薄っぺらさ。ボランティアをやったり理不尽なことに怒って見せたりしているが、相手の立場で考えることが出来ない狭量さが節々に表れる。

 それぞれの描写の匙加減が善人または悪人一辺倒にならず、こんな人いるよねと思わせる生々しさがある。だから、主要な登場人物が全面的には共感できない人間達で展開も息苦しいのに、引き付けられる。
 添田の傍若無人な足掻きが、我が子についての無知に気付き自分の中の空白を埋めるための彷徨だったということが、後半で徐々に分かる。作品全体の印象がちょっと変わる。

 エキセントリックな添田の迫力が際立つが、物語の中で一番恐ろしいのは添田や青柳に加害をする野次馬とマスコミだろう。
 添田もかなり理不尽で不愉快だが、当事者であるという大義名分が一応ある。マスコミの行き過ぎたゴシップや切り取り報道、姿を見せない野次馬たちの卑怯な犯罪は、何の正当性もない。
 本来事故とは無関係な彼らがあそこまでやるのは、視聴率や自分の日常の鬱憤の捌け口のため、それだけが理由だ。彼らは飽きたら自分たちの所業を都合よく忘れ、一生消えない傷を負った当事者だけが残される。

 終盤にはちょっといい話っぽい雰囲気が醸し出されるが、添田の行動が引き起こした事の顛末は個人的には許せず、また添田のような人間が実在したら前半の地獄が続くだけだろうとも思いもやもやとした。とはいえ物語としては適切な落とし所だったので複雑な気持ちになった。
 この、見た側が思いを引きずるような複雑な後味こそ監督の狙いだろう。不快指数は高いが、メインキャスト3人の演技や人物描写の説得力は一見の価値がある。
 いい人間と悪い人間の境目がはっきりしていて、よかれと思ってやったことが必ず報われるなんて、現実はそんなに単純なわけがないのだ。

ニコ