「楽しみつつ、思い出に冷や汗」マルモイ ことばあつめ コージィ日本犬さんの映画レビュー(感想・評価)
楽しみつつ、思い出に冷や汗
前半のコメディタッチから後半の涙の物語に変わる構成が実に上手い。
その中軸をなす、キャラクター設定がいい。
主人公が、スリのおっさん。
その日暮らしで教養がなく読み書きできない中年男が、人との出会いから文字を次第に覚えていき、親として子どもたちに自国の誇りと未来を遺したいって思うように変わっていくのが実に良かったです。
『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本家による、初監督作品。
朝鮮語学会の会員を検挙投獄した「朝鮮語学会事件」と、朝鮮語の辞書を作るために奮闘した人々の、実話をベースにした作品。
学会を隠蓑にして朝鮮独立と日本打倒を目指した政治団体だったから投獄したという説もあるので、完全に実話とは言いきれないかもという疑念とともに、話は多少盛って演出するものの、『タクシー~』同様に芯は変えない姿勢は本作でも同じ。
言葉というものが、いかにその国の文化・歴史・思想・倫理観そのものなのかという、あたり前のことをしっかり描いていました。
日本人の表現が怪しい部分がある(特に日本語のイントネーション等)のが、少々残念。
日本人が高圧的かつ暴力的過ぎな表現ではあるのですが、これまでの中国や韓国の「抗日もの」ドラマと比べてみればおとなしく、このくらいはあったかもしれないと納得するレベル(日本国内でも、日本人の戦争反対派を投獄し、死刑にしたり獄中で拷問死させたりした例は多数あったわけで)。
それに、日本が朝鮮を植民地化し、日本の一部として併合しようとした時代の末期、現地の言葉を弾圧し、次々に学校で朝鮮語教育を禁止し朝鮮人に日本語を覚えさせ、日本名へ改名させようとしたのは事実なので、それだけで十分にひどいこと(そもそも1440年代に出来たハングル文字を、20世紀の朝鮮に普及させて、読書を一般化した運動には、日中戦争後殖民地化政策へ舵をきった初期の日本が助力していたのにだ)。
実際、ソウルオリンピックのころ観光旅行で韓国の飲食店に行くと、高齢者の店主はだいたい日本語を喋れて、日本人の私は旅で不自由しなかった経験があります。
当時は「助かるな、楽ちん」としか思いませんでしたが、本作を見ながらその歴史的背景に今さら思い至り、冷や汗をかくのでありました。