劇場公開日 2021年9月17日

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「敗北主義万歳!」君は永遠にそいつらより若い 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0敗北主義万歳!

2021年9月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 敗北主義万歳。そう言いたくなる。佐久間由衣が演じたホリガイは、負けることを前提にして生きてきたと告白する。公務員になれたのも運がよかっただけだと言う。この人生観は素晴らしい。

 人を勝ち組と負け組に分けて、なんとしても勝ち組に入れと命じる教育は、負け組を切り捨てる教育である。人をピラミッドのようにランキングして、上位から段々と収入が減少していく社会を保持しようとしている。逆に言うと、人を職業で分類して、高収入の人間がヒエラルキーの上位にいて社会を動かし、下位の人間は繰返し単純労働力として低収入に甘んじる。
 上位の人たちの子供は教育に費やすお金があるから成績がよく、高収入の職業に就くことができる。東大生の親の6割は年収1000万円以上である。しかし下位の人たちの子供は塾にやるお金も参考書を買うお金もなく、場合によっては学校を休んで働かされる。これではよほどの天才を除いて成績が上がらないから、落ちこぼれとなる。親は成績が悪いことを責め、子供はますます内向する。口を利かない子供に腹を立てた親は、暴力を振るったり放置したりする。
 という訳でホリガイが役所で担当することになっている児童福祉司の仕事は、ほとんどランキング下位の人たちの子供が対象だ。自分が負け組だと思っているホリガイには落ちこぼれの子供の気持ちがわかるだろうから、関わった子供は救えるかもしれない。しかしホリガイがどんなに頑張っても、勝ち組負け組のパラダイムがなくならない限り、すべての児童を救うことは出来ないだろう。やるせない人生がホリガイを待っている。

 役者陣はみんな好演だったと思う。特にヨッシーを演じた小日向星一が自然な演技で、とてもよかった。主人公ホリガイに大きな機会を与える役で、日常的で無造作な感じが素晴らしい。その反面で苦悩を抱えている様子も見せる。
 このところ映画に軸足をシフトした奈緒だが、いろいろな作品に引っ張りだこだ。この人は独特な台詞の間と、個性的な柔らかい声に存在感がある。映画「はるかの陶」を観て、女優さんとしての大きな可能性を感じた。その後は大活躍である。
 本作品ではホリガイの相手役?のイノギを演じ、友達の少ないホリガイが本音で接することのできる唯一の存在となる。クライマックスのひとつであるホリガイとのラブシーンは、演出だったのだろうが、イノギは大胆にディープキスに挑む。処女の設定のホリガイが受け身でイノギが攻める側になる。観ていて、ここはキスをする展開だろうなと思っていたら、その通りになった。必然的な展開だったのだろう。奈緒も佐久間由衣も見事な演技であった。リアルで美しいキスシーンである。

 学校の成績で子供をランク分けする教育が児童虐待の温床となっている。中には成績が悪くても芸術やスポーツで目覚ましい活躍をする子供もいるかもしれないが、そういう子供たちも収入ランキング下位の人たちからは出現しない。芸術もスポーツもお金がかかるのだ。大多数の成績下位の子供たちは、収入上位には行けない。繰返し単純労働力でも熟練工になれば高収入になるような仕組みを作らなければならない。
 加えて、低収入の人たちにも芸術や文化に触れられるような対策も必要だ。政府は予算を使い切るために箱モノを造って終わりにするが、同じ箱モノを造るなら、図書館をたくさん建ててほしい。一駅隣りの図書館にたまに行くが、席が埋まっているから長居するのが難しい。図書館は無料で長く勉強できる場所であり、下位の子供たちに逃げ場にもなる。全国に図書館を増やすのは喫緊の課題だと思う。
 格差が児童虐待の温床であることは誰でもわかっている。格差を是正して収入ランキング下位の人にも、健康で文化的な最低限度の生活を保障する。それが国の役割だ。児童福祉司に激務を課すのではなく、児童福祉司が不要の世の中にしていかなければならない。負け組を自認するホリガイの望みも同じだろうと思う。敗北主義万歳。

耶馬英彦