「いくつもの怠慢のツケを払わされたのは罪のない兵士」潜水艦クルスクの生存者たち mamemameさんの映画レビュー(感想・評価)
いくつもの怠慢のツケを払わされたのは罪のない兵士
ソビエトが崩壊してあらゆる軍備が保守されず朽ちていったロシア軍。ICBMですら「腐った爆竹」(ちゃんと飛ぶか、そして核弾頭が爆発するかも怪しい)と形容されていた。
その象徴的な出来事が潜水艦クルスクの沈没で、その史実をそのまま映画にしたのが本作。
話の背骨はもちろん主人公ミハイルが潜水艦でどのように行動し、死んでいったかなのだが、その生き様に厚みを持たせる話(親友の結婚式)や死後の遺族の反応も描かれている。
迫り来る死を前に戦った彼の行動の前では、陸の上での平和なひと時(たとえ給料が払われなくても)は遠い姿のように見える。それがビスタとシネスコの切り替えという演出にもなっている。
死を目前にして、それでもメッセージを残そうとする試みは、日本では御巣鷹山に墜落した日航機123便の話が有名だ。ダッチロールのなか、恐怖に震える手で残されたいくつもの手紙は、それまでの人生、そして家族に伝えたかった数多の言葉をのみ込み、メモ紙1枚に収まる文字数でしたためられていた。
そこに書かれたこともさることながら、そこに「書ききれなかったこと」を痛烈に感じさせるその手紙を、クルスクの乗組員たちも残した。
映画の中で描かれている彼らは、調査資料から浮かび上がってきた行動履歴から肉付けされた「想像」だ。しかし「書ききれなかった」彼らの素顔を想像で肉付けするのは、彼らの実像に少しでも近付く、残っていない彼らの最後の瞬間を少しでも知って、それを後世に残すという試みだ。
見るものに伝わっていれば成功だし、単なるエンターテイメントとして消化されるなら失敗だ。
今作ではそれは成功したと思いたい。
この悲劇は数々の怠惰と分不相応な見栄によって引き起こされた、と映画では語っている。そのうちの一つでもまともに対応されていれば、事態はもっとましな結末を迎えていたはずだ。
しかしこのような悲劇を「失敗」の一言で抹消する国も存在する。
ロシアは、この事故で何かを学んだのだろうか?