「はちどりの羽ばたき」はちどり(2018) 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
はちどりの羽ばたき
監督のキム・ボラは本作が長編デビュー作で、実体験がベース。
だとしたら、何と痛々しく、悲しく、切なく、でも優しく、温かく、美しく。
複雑な感情が交錯しつつも、思春期の感情がリアルにひしひしと伝わって来る秀作。
好景気に沸く1994年の韓国・ソウル。
その片隅の集合住宅で、両親、兄姉と暮らす14歳のウニ。
受験競争の学校にはついていけず、友達は別学校の生徒。
時折その友達と悪さをしたり、ボーイフレンドや後輩の女子生徒とデートをしたり。
それもこれも両親の気を引きたいから。
両親は仕事が忙しく、全く見てくれない。
唯一見てくれるのは、優秀な兄だけ。
しかし、この兄が問題。
両親が見てないのをいい事に、しょっちゅう暴力を振るってくる…。
ここから見えてくる韓国社会の問題。
以前見た『82年生まれ、キム・ジヨン』と通じる。
圧倒的な男性上位。
それは、家庭の中でも。
父親は絶対。所謂、昔の日本のような家父長制。
この父親は特別尊敬に値するいい父親にはどうしても思えない。口を開けば、仕事や世間に愚痴、家族に対しても説教…。
父親は百歩譲ってまだ分かるとしても、兄が卑屈。
一度、兄が暴力を振るっている事を両親に訴えたが…、両親はまともに取り合ってくれない。「兄妹喧嘩はよして」
母親は毎日疲れているように生気ナシ。
孤独感、息が詰まるほどの閉塞感…。
もしあの時、あの人と出会えてなかったら、私はどうなっていたんだろう…?
通っている漢文塾。
新しい教師がやって来る。
女性教師のヨンジ。
何処か不思議な雰囲気のヨンジ。でも聡明で、何よりウニの話に耳を傾け、聞いてくれる。
こんな鬱憤だらけの日々の中で、先生と会う日だけが唯一の楽しみになった。
思春期の少女が年上の女性に憧れを抱くのはよくある事。
同性から見ても素敵だから。一緒に居て楽しいから。良き理解者だから。助言者だから。
「殴られたまま黙っていてはダメ」
思春期の少女の悩み、心の揺れ、家族や周りとの関わりを繊細に描いたキム・ボラの演出は、これが長編デビューとは思えないほど。『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ドヨン同様、韓国からまた才能ある女性監督が続く。
本作は監督の実体験がベース。監督の少女時代となったパク・ジフのナチュラルさ、瑞々しさ。そこに複雑な感情も体現。
ヨンジ役のキム・セビョクが好助演。劇中の役同様、不思議な魅力で印象を残す。
ある時、耳の下にしこりが見つかったウニ。
心配し、私の為に泣いてくれた父。
初めてというくらい家族の温もりを感じた。
手術、入院。
友達や先生も見舞いに来てくれた。
病室の人たちもいい人たち。
退院は早かった。
少女は皆の温かさに包まれて…。
まるでハッピーエンドのようで、これで終わりかと思いきや、そうじゃなかった。
とにかく本作、多感な年頃の少女の心情をまさしく表すように、淡々としながらも展開が変わっていく。
先生が突然塾を辞めた。最後に会えなかった。
それが原因で塾と揉め、塾をクビに。
当然、家族は激怒。
またウニの鬱憤が募る。
本作はほんの数ヶ月の出来事。
“北”ではトップが変わり、韓国社会も変わりゆく真っ只中。
経済も急激に発展。
自分の周りも変わっていく。
そしてまさか、この2つのある悲劇に見舞われるなんて…。
1994年に起きた聖水(ソンス)大橋陥落事故。
日本人なので全く知らなかったが、韓国では知らぬ者は居ない、手抜き工事が原因で多くの犠牲者を出した大事故らしい。
姉はいつもバスでこの橋を渡って通学していた。その日は通学に遅れ…、助かった。
今度は兄が涙する。家族の一人が犠牲になっていたかもしれない。
やはり、家族なのだ。
しかし…、犠牲者はいた。
先生から小包が届いた。
それを頼りに先生の実家に会いに行く。
先生の母親。悲観に暮れた表情。
くどくど言うまでもないだろう…。
この世界は時に残酷。
大事な人を一瞬で奪っていく。
出会えたのも、ほんの僅か。
でも、その出会いがあったから。
家族ともやっていける。
私自身も羽ばたいていける。
はちどりの羽ばたき。