劇場公開日 2020年10月16日

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「酷評コメントを見にきた人٩( ᐛ )و」夜明けを信じて。 たけさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0酷評コメントを見にきた人٩( ᐛ )و

2020年10月18日
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鑑賞方法:映画館

知的

難しい

幸せ

まず、断っておきたいのは、他の方の意見は多分にあると思います。
「宗教」という目で見る人、「映画」として見る人、「信じる対象」として見る人。
それぞれの見る立場によって、見方によって作品の評価の仕方が変わるのは当たり前だと思います。
だからまずどういう目を持ってこの映画を観るか、これを考えてから色々なコメントを見に来ていただきたいと自分は思います。

では自分はどの見方をしているのか。これは隠したらこのコメントを読んでくださる方にも信用を失うでしょう。結論から言えば信者ですし毎回映画がパワーアップしていく感じがして、イイ波乗ってんね〜って感じです。
今回の映画は、「大川隆法」という人の半生を元に作ってある、実話を基盤とした作品になっています。
それ故に、この作品に関しては、宗教的信条や、どの宗派の人が見るかとか、無神論の人が見る、またはオウムと同じで宗教はことごとくやばいと見るような見方の人にも、自分が言いたいことは、

「あなたはこの人の生き方について、何か文句があるのでしょうか」

ということです。
宗教家の半生を描いているわけですから、それを絵空事であると「宗教」という目で見ることもできます。
それは多分、霊やあの世の存在の言葉が普通は聞こえないからだと思います。
でも、この人は聞こえるし、それを堂々と公開して、その上で自分の評価など求めていない、こうした生き方を貫いているという「事実」を描いていると思うのです。

原因と結果の法則、というものが世の中にはあります。ジェームズアレンで有名ですね。原因となる事柄があって、結果としての物事が成り立って起きてくる。

考えてみてください。三十年と少しでイスラム圏から、アメリカから、台湾から、政治的に信用されているという事実があるんです。かになる方は、「事実」ですので、調べたらたくさん出てきますのでご自分でお調べください。

この映画ができる元、原因、として、人々のために自分を空くして、一人で立ち上がった人がいたのです。だからこの映画がいま作られているのです。宗教はヤバイという方にむしろお聞きしたい。何がどのようにヤバイのか。
東大を卒業し、商社に入り、ニューヨークのワールドトレードセンターで仕事をし、約束された未来を捨てて、なんと言われても構わない、教祖と言われようと構わない、と自分の生き方を決め、事実、人を救っている、救われた人がいて、いまこうしてこのコメント欄を見ている人たちがいるというこの事実に対して、何がヤバイのかを問いたい。

その事実を受け入れたら、今までの自分の価値観が変わってしまう、できていたことができなくなってしまう、だから否定する人もいます。
何か心に傷を抱えていて、腫れ物に触ることで自分を癒しに来ている方もいます。
そうした方に言いたい。
自分を傷つけるのはもうやめてください。
このコメント欄で何をどのように批評したところで、この生き方に賛同する方は事実どんどん増えています。
それが見えないのは、周りに縁がないだけであって、この文章を読んでいる今がその事実を知るキッカケ、縁に巡り合ったということなんです。

この文がウソや偽善に、誘導に見える方もいるでしょう。それはきっと、そのように見たいからそのように見るんだと思います。
「ああ、また洗脳された信者が何やら論争をしているな、愚かだな、自分の人生を棒に振って」と思う方もいるでしょう。
その方はその方で、自分は良いと思います。
思想信条は強制できるものではありませんし、強制すれば共産主義圏のように洗脳になってしまいます。
でも知っておいて欲しい事実があります。
幸福の科学の教えには「四正道」という教えがあります。
「愛・知・反省・発展」です。
この「知」の部分に関して、三角測量ということもよく言われますが、Aさん、Bさん、Cさん、の意見を聞き、どなたの意見が正しいか、それぞれの立場から、本物と感じるものを測量してゆく。幸福の科学では「他宗の教えを学んではいけない」などという規則はありません。
むしろどんどん学び、沢山の見識を広げることが大事とされています。

故に、ここにこられているあなたも、どうかそのような眼を持っていただきたい。
批判しに来ているコメントなのか、肯定しようとしているコメントなのか、おふざけの範囲をすぎないのか。
もちろん最終判断はあなた自身の裁量になりますので、ここでその賛否は問わないです。
でも、その裁量に、その人の人格と、信条、その人の見方、立場が現れてきて、自分の立つ位置を決めているということは自覚していただきたい。

映画の評論をするならば、これが事実であるならば自分は変わらなければいけないなと、思うタイプの人間であったということだけ、付け加えて書いておきます。

たけ