「愛され続ける反骨児」エルヴィス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
愛され続ける反骨児
フレディ・マーキュリー、エルトン・ジョンに続くレジェンド・ミュージシャンの伝記映画は、彼らにも多大な影響を与えた“キング・オブ・ロックンロール”。
エルヴィス・プレスリー。
音楽に疎くとも、勿論その名は知っている。『監獄ロック』や『ビバ・ラスベガス』、曲名は知らなくても聞けば知ってる曲も幾つか。
映画でもよく楽曲が使用され、彼自身もモチーフに。
映画俳優としても活躍。
音楽のみならず、彼の存在そのものがアメリカ文化の一つのようなもの。
スターとしてのエルヴィスや数々のレジェンド、レガシーは知っているが、一人の人間としての生い立ち、背景、苦悩や内面はほとんど知らない。
エルヴィスの熱狂的ファンには2時間半超えでも物足りないかもしれないが、エルヴィス初心者には入門編として無難。
エルヴィスの伝記であると同時に、彼のマネージャーの話でもあり、バズ・ラーマン・ショーでもあった。
華麗なるザッツ・エンターテイメント・ショー!
幕開けから映像、テンポ、音楽センス…全てがショーアップ。
前半はコミカルに。徐々にドラマチックに、悲劇を謳う。
ケレン味たっぷりの演出、世界観。
『ダンシング・ヒーロー』~『華麗なるギャツビー』まで、この一貫したスタイルは、バズ・ラーマン節と言っていい。
ミュージカル/音楽物を任せて、これほど頼もしい監督は居ない。(やはり『オーストラリア』だけは不向きであった)
エルヴィスのマネージャー、トム・パーカー大佐の語りで進められていく。
エルヴィスを見出だし、売り出し、伝説を作り上げた。
その一方、良くない噂を聞く。
見て納得。強欲。ビジネス、金儲け主義。エルヴィスを我が手中から手離さず、過剰に働かせる。
ギャラもほぼ折半。エルヴィスの稼ぎの半分を摂取。
悪徳マネージャー。しかし、敏腕マネージャーであったのも事実。
エルヴィスを金を生む卵とする一方、ショーが成功したら褒めちぎり、重宝もする。
憎々しく嫌な奴であり、凄腕のパートナーで恩人でもある。
そんな曲者な二面性を、トム・ハンクスがさすがの巧演。
善良な役が多いハンクスがこういう役を演じるのも珍しい。本作の見所の一つであり、個人的にも楽しみにしていた点。
エルヴィスが大佐に見出だされるシークエンスが絶妙。
地方のライヴでは評判を呼んでいたが、まだまだそこに留まっているだけ。
奇抜な髪型、女みたいな化粧、ピンクのスーツ。端見、痩せっぽっちの田舎の若者。
緊張し、観客からも野次られる。
が、歌とダンスが始まるや否や、豹変。
新星が今まさに輝き始めた瞬間。
何だかそれがまるで、初の主演映画、初の大役を射止めたオースティン・バトラー自身と被った。
『ボヘミアン・ラプソディ』のラミ・マレックよろしく、彼も本作を機に一気に飛躍するだろう。
なるか、オスカーノミネート。…いや、受賞!?
オースティン・バトラーの魅せるパフォーマンスが素晴らしい。圧倒される。
3年掛けてトレーニングしたという、歌、ダンス。
メイクの力を借りてエルヴィスの風貌そっくりに似せつつ、オースティン本人から滲み出る仕草、佇まい、表情、眼差し…。
それらが堪らなくセクシー。同性でも本当にそう思う。
このライヴで大佐に見出だされたエルヴィス。
人気や知名度が地方から一気に全国区へ。
“エルヴィス伝説”の始まり。
そして同時に、社会との闘い、大佐との闘いの始まりでもあった…。
派手なパフォーマンスや腰をくねらせるダンスが若い女性たちを熱狂どころか失神させるほど。
しかしそれが品位に欠けると社会の保守層から圧力。TVやライヴでも禁止令。
カントリー音楽が主流だった当時に、ロックにゴスペルやR&Bを融合させた斬新で画期的な音楽。
ゴスペルやR&Bは黒人音楽。エルヴィスの音楽のルーツ。
しかしそれも集中砲火を浴びる。まだまだ人種差別が激しかった時代。
今見ると呆然。だって今では、それらは音楽のスタイルの一つ。
何でも最初は叩かれる。先駆者が闘い、切り拓いてくれたからこそ、今がある。
エルヴィスの最大の難敵は、やはり大佐だろう。
間違いなく大佐はエルヴィスを食いぶちにしていた。
ほぼ言いなりにさせ、出兵させ、映画俳優として売り出し、グッズやエルヴィスのイメージとかけ離れたクリスマス特番も。
クリスマス特番は別にしても、そのほとんどが成功。
大佐無くしてエルヴィス伝説も無かったのは、まずその通りだろう。
が、エルヴィスもずっと言いなりではない。時に抗う。
抗った時、エルヴィスはまた一段と飛躍する。
クリスマス特番で禁止されていた本来のスタイルで歌った時も。黒人の敬愛者が亡くなり、荒れた国に届ける為捧げの歌を歌った時も。
ぶつかり合っては、各々に結果を残す。
良くも悪くもな、この大佐とエルヴィスの関係性が本当に不思議。
ビジネスに関わる事になった父。母っ子で特に母親を愛していた。
妻プリシラや娘リサ・マリー。
家族を愛していた。
が、仕事やファンに応える余り、家族との距離が離れていく。
大佐と関係がこじれ始めた時、別の協力者たちが。彼らと狙う海外公演。
大佐の策略で海外公演は見送り。“安全”な国内で殺人的なスケジュールをこなしていく。
孤独、過労、自分自身をも見失い…。
手を出してはならない“定番”に手を出してしまう。
気付けば、もう40。若いロック・ミュージシャンやグループが現れ人気を得、自分は“巨大な鳥かご”の中で同じ歌ばかり歌う。
この行き詰まり、苦悩。羽をもぎ取られ、羽ばたけず、このまま朽ちていくしかないのか…?
本作の主題の一つ。エルヴィスの死の謎。
クスリか。
過密スケジュールにより大佐に殺されたか。
その大佐は…
“愛(ファン)に殺された”
愛に応える為、こちらも愛で返す。
最高のショーを。
それがどんなに苦しくても。苦しい時でも。
名声と人気と愛を得た者の宿命。
哀しくもあるが、スターとしての生きざまを見た。
エルヴィスは孤独だったのか…? 辛く、哀しかったのか…?
そうでもあり、そうでもないと思う。
哀しく、苦しかったでもあろう。
でも幸せでもあり、誰も受けられないほどの愛を受けた。
彼の熱唱や圧巻のパフォーマンスからもそれが分かる。
そうでなければ、今もこうして、いや永遠に愛され続けはしないだろう。
エルヴィス・プレスリー。
それは特別な歌、輝き、存在ーーー。