劇場公開日 2021年8月13日

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「僕の夜勤明けの朝。 そして「モロッコ、彼女たちの朝」」モロッコ、彼女たちの朝 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0僕の夜勤明けの朝。 そして「モロッコ、彼女たちの朝」

2021年10月5日
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鑑賞方法:映画館

久しぶりの映画館。
塩尻市の「東座」に駆け込みました。

先日観た「髪結いの亭主」も舞台はモロッコ=カサブランカ辺りであったような?
カサブランカ(=白い家々の街)。アフリカとヨーロッパの交差点。
中東文化へのワクワクな期待感は、タイトルに流れるアラブ音楽で高まります♪

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極端にセリフの少ない映画なのですが、僕にとってはこの寡黙さが逆に画面への集中につながりました。

そしてそのインパクトの大きさはかなりのものだったのですね、
観終わっての一週間、なんだか雑音にかき消されるのがもったいなくて、テレビも映画も見るのを一切やめて、静かに作品の余韻に浸りました
(借りていた他映画のDVDも見るのをやめて返却したくらい)。
僕までちょっと無口になって、登場人物の表情や、心情や、あの二人の頭上に差していた朝な夕なの空の光に、ずっと心がとらわれていたのです。

レビューが長文になるのも、そういう訳。

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【①アブラのこと】
事情があるのですね・・
女ひとりでやりくりをする小さなパン屋。
頑張り屋さんです。でも警戒感丸出しの、ゴリゴリに硬い表情の女、アブラ。

ナイフとフォークを1㎜の誤差も許さずにならべ、起床時間やら娘ちゃんの学校の宿題と成績についてやら、毎日いちいち確認を取るのが彼女アブラの譲らないルーティン。

夫の不慮の死と葬儀のあとの
・身持ちを守る覚悟と、
・娘ちゃんを立派に育て上げる決意と、
・言い寄る男へのガードと・・
他者を寄せ付けないアブラの“防御姿勢”の城壁の厚さったらない。

それが変わるんだなぁ・・
『my favorite music』 のカセットテープを無理やりに聞かされてね~。
あのくだりに僕はハッとしましたよ、
“アブラの髪が、まるで朝露に濡れた蝶の羽のようにみるみるうちに艶やかに変わっていく素ん晴らしいシーン!”

サミアと掴み合って、妊婦の馬鹿力に組み敷かれて、
長かった長かった夜が明けて、あの時にアブラの喪が明けたのだと思いました。

【②サミアのこと】
大都会マラケシュに出てきて美容師見習いをしていた田舎娘=サミア。
サミアのような娘はどこにでもいる。
孕ませて逃げていく男もまたしかり。

寡婦は寡婦として、ふしだらな女はふしだらな女として、一生“黒い布”を被って生きるべきだという社会の因習もあるのかも知れない(=「あなたの名前で呼ばせて」に似て)。

アブラは寄る辺ない妊婦サミアの境遇に自分をどこか重ねている。
寝付けない。
窓から覗く。
追いかけて街中を探す。
やもたてもたまらず、救いの手を差し出したんだな。

二人の女が人生迷路のマラケシュの街で、ほんの短い時間だったけれど一緒に生きて、出来る限りの感謝のプレゼントをお互いに残した。
助けた者が逆に助けられた小さなお店。

僕は、出て行ったサミアの行く末を想うと心配でたまらない。
でも身重のサミアも、ふるさとの母親に会わせる顔がない自らの“不始末”へのつぐないを、アブラへの恩返しとして返したのだろうし、
パン生地をこねながら、これからの人生を考える大切な休息の時を、この貧しいパン屋で与えられたのだと思う。

アブラの店は、シェルターだったのだね。

空気読めない男たちが祭に浮かれる街で、ドラマは人知れず女たちの思い出に刻まれてゆく。

かくして生まれたアダムよ!
頼むぞ!君は夫なき女たちを=アブラたちをサミアたちを、必ずや守る男へと育ってくれ。

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【③娘ちゃん】
監督マリヤム・トゥザニは、彼女が幼かった頃の事件=未婚で身重の女性を招き入れた監督自身のお母さんのエピソードを映画にしたのだそうです。
つまり、劇中のあの娘ちゃんはかつての子供時代の監督自身というわけですね。
お姉さんのサミアが来てくれたことが嬉しくって仕方ないし、大きなお腹に触らせてもらった体験も映画でリアルな描写です。
実体験だったからです。

【僕の実家でも】
この筋書きに見事にそっくりな出来事がありました、
僕の母が=夜勤の看護助手のアルバイトをしていた=産院から、ある朝、若い産婦と、新生児と、4歳児+2歳児を連れて帰ったのです。
真夜中の産院で、暗い廊下で、居室に戻れず、新生児室にも行けず、このシングルマザーはうなだれて立っていたのだと。
これから先の生きるあてが無くて、暗い廊下にひとりで立っていたのだと。
父親が全員違ってね。

玄関にゴム草履が3つ。お母さんのゴム草履と小さいのが2つ。そして抱かれてやってきた赤ちゃん。

《アブラの店で生まれたサミアの赤ちゃんアダムは、その後どうなったのだろうかなぁ?》

何年も経ってからのこと、
見知らぬ中学生の男の子たちがサイクリングの途中に我が家に寄ってくれました
「おれ、昔この家に住んでいたことがあるんだぜ」と友人たちに屈託なく話すボーイ。

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塩尻市の映画館「東座」は、アブラのパン屋のような小さなお店。
女たちだけでやっているお店。
よりによった“いいパン”を仕入れて、僕ら観客を待っていてくれます。

ここは人生に疲れて駆け込むお客を迎える“シェルター”になってくれているかも。
いつもありがとう。

女支配人が切符を売り、妹さんが映写機を回します。
映画館を出て振り返ったら、小さなロビーで丸椅子に腰掛けたお母さんが僕を見送ってくれました。

なんかね、
サミアは、元気が出て、一念発起して、もしかしたらアダムを抱いてふるさとに帰った気がするよ。

きりん
はなもさんのコメント
2021年11月6日

こんにちは。
 この映画、好きです。アラブ音楽も好きです。とても心に残る映画でした。アダムって題名もとても意味深かったです。

はなも
NOBUさんのコメント
2021年10月5日

今晩は
 今作、佳き映画でしたね。風合が好きです。
 名古屋にモロッコ料理店があるのですか!ちょっとビックリ。
 きりんさんのレビューの東座(アズマザ)。凄い良い映画館ではないですか!
 マッツンの「アナザーラウンド」「ココ・シャネル」が上映されているし、私も今週末必見の「沈黙のレジスタンス」観たいけれど観れない「トーベ」・・
 長野県って、今は行けませんが、日本最古の営業している映画館「長野松竹相生座・ロキシー」には、出張した翌日に良く行きました。流石、文化県ですね。駅前のいつもガラガラの「千石劇場」・・。
 来年は行きたいなあ・・。では。(もしかして、きりんさんが6000円でタクシーで行かれたのはこの東座劇場ですか??)

NOBU
カールⅢ世さんのコメント
2021年10月5日

いいレビューありがとうございます。
あなたの名前で呼べたなら。また出ましたね。きりんさんのお母さんの話。おかえりモネの清原果耶のドラマデビュー作、「透明のゆりかご」を思い出しました。分娩費も立て替えてあげて、暫く面倒みたのですね。サイクリングボーイは4歳児の子でしょうね。覚えていたなんて!きりんさんのお母さんの料理がよほどおいしかったので、覚えているんでしょうね。塩尻の東座。いいですね。お釣を渡す時に手を挟むようにしてくれるんでしたっけ?浜の朝日の嘘つきどもとは観ましたか?

カールⅢ世
ぷにゃぷにゃさんのコメント
2021年10月5日

きりんさん
コメントありがとうございます。
モロッコのことが知りたくて、図書館からガイドブック借りてしまいました。
モロッコ料理店、検索してみます!
きりんさんの、映画館になぞらえたレビュー、泣きそうになりました。
他のレビューも読ませていただきます❗️

ぷにゃぷにゃ
きりんさんのコメント
2021年10月5日

まだまだ書き足りない(笑)

うちの子を抱いてお風呂に入ったとき、予期せぬことが!
赤ん坊が僕の乳首に突然強く吸い付いたのです。引き剥がすのが困難なほどの強い力で。
とにかく説明のつかない感覚にびっくりしました。
赤ちゃんの本能は凄いです。

そして我が妻は「赤ちゃんの泣き声が聞こえると途端に乳房が張って母乳が吹き出すんだよ」と教えてくれました。

乳をくれてやらず、名前も付けず、アダムを離れて隣室にいるサミアと、その様子を壁越しに音ずてに聞いているアブラの苦悩が、手に汗握るシーンでした。

きりん