泣く子はいねぇが : 特集
映画.comが自信をもって本作を推す“5つの理由”
男は根源的にバカである――切実さに満ちた必見の良作
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1年に1本あるかないかの「人生に殴りこみをかけられたような衝撃」を受ける作品を見た。11月20日から公開される「泣く子はいねぇが」(佐藤快磨監督)だ。
本作、軽妙なコメディもあり非常に見やすいが、根底には“男という生き物”についての普遍的なテーマが脈々と流れており、僕はそこの部分で見事に“食らった“。
主人公は娘が生まれたものの自身のしょうもない過ちゆえ、妻から愛想をつかされてしまった男。僕と彼は、住む場所も境遇も違う。けれども1人の男がのたうつ物語に、なぜか、僕はどうしようもなく心を奪われてしまった。
あまりにも良い作品(僕にとって)だったので、とにかく多くの人に勧めて回りたいくらいだ。そこで本特集では、映画.com編集部(というか僕)が、作を激烈に推す5つの理由を紹介する。
なお、あらかじめ宣言しておく。この記事はおよそ冷静さや客観性とは対極に位置する内容なので、あしからず。(構成・文/編集部:尾崎秋彦)
【激推しの理由①】あなたの人生に殴りこみを
かける、あまりに切実な物語
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この記事を書く僕は30代の男性編集者だ。繰り返しになるが、本作は僕にとって1年に1本あるかないかの、人生に殴りこみをかけられたような衝撃を受ける映画だった。
物語の舞台は「ナマハゲ」で有名な秋田・男鹿半島。20代も終盤に差し掛かった後藤たすく(仲野太賀)に娘が生まれる。たすくは喜ぶが、妻・ことね(吉岡里帆)はそんな夫の「子どもじみているうえに、父になる自覚がまるでない」様子にいらだちを募らせていた。
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大みそかの夜、たすくは「酒を飲まずに早く帰る」と約束を交わし、地元の伝統行事であるナマハゲに参加する。しかし、たすくは案の定酒を断ることができずに泥酔。ナマハゲの面を付けたまま全裸で街へと走り出し、その姿がテレビで全国に放送されてしまう。
ことねと地元に愛想をつかされ、逃げるように東京へと向かうたすく。それから2年。東京に彼の居場所はなく、「ことねと娘に会いたい」という思いを強めていく。
……僕は秋田出身でもないし、全裸で街を走り回ったこともない。けれども本作は、2020年公開作のなかで僕にとって極めて大切な作品となった。それはなぜか? 描かれる事柄は、男として生きるうえで「思い当たる節」があまりにも多いのだ。こう感じるのはおそらく僕だけではないだろう。
モチーフとなるのは、故郷や愛する人といった誰にとっても無関係ではない“普遍的なあれこれ”。そして、たすくの一挙手一投足を通じて表現されるテーマは「男は根源的にバカである」という自己批判的な自意識だ。程度の差はあれ男はみんなバカであり、大切な何かを失いかける(あるいは失う)ものなのだ。
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物語はそんなバカなたすくが故郷へ戻り、もう一度大切な人のためにあがく姿を映し出す。中盤から終盤にかけての切実な展開に、僕はもう、胸からこみ上げるアツいものを押し止めることができなかった。
主人公と年齢の近い20代以降の男性は、望むと望まざるとに関わらず本作を食らってしまうはず。心して見てくれ。
【激推しの理由②】超才能・佐藤快磨監督現る
是枝裕和も惚れた新星
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で、そんな作品を生み出したのは誰なのか? 監督・脚本を手掛けたのは「ガンバレとかうるせぇ」「歩けない僕らは」などの短編で業界の注目を集めた佐藤快磨。31歳の同監督、本作が初めての長編劇場公開作(しかもオリジナル脚本)だ。さらに「万引き家族」などの世界的名匠・是枝裕和監督をして、「(本作の)脚本がとにかく面白かった」と言わしめた期待の超新星でもある。
佐藤監督の特徴は独特な人間心理の捉え方にある。言葉では的確に表現できない曖昧模糊とした感情や状況を、登場人物の意外性の高い行動と、実感がこもったセリフまわしを総動員しフィルムに焼き付ける――誰も真似できない唯一無二のセンスが、全編で光っている。
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僕が特にショックを受けたのは物語のラスト、たすくが全てに“けじめ”をつけるシーン。詳述は避けるが、「そう来るか」と「そこで終わるか」が同時にやってきてひたすら唸らされた。佐藤監督はこのラストが初めに頭に浮かび、それをきっかけに物語を書き上げていったそう。普通とは一線を画すこのラストに、是枝監督も絶賛を寄せているほどだ。
本作の企画協力として、是枝監督率いる映像制作者集団「分福」が参加。エクゼクティブプロデューサーには「新聞記者」「MOTHER マザー」など数々の衝撃作を手掛けた河村光庸氏(スターサンズ)が名を連ね、佐藤監督を強力にバックアップする。つまり品質は折り紙付きだ。
一方で音楽は注目のミュージシャン・折坂悠太(31歳)が担い、3人のプロデューサーは20~30代前半であるなど、若手も存在感を発揮。年代・ジャンルを問わないさまざまな才能が融合し、これ以上ないほど調和した結果、第68回サン・セバスチャン国際映画祭では最優秀撮影賞に輝いた。
【激推しの理由③】尋常でない俳優力
仲野太賀、吉岡里帆、寛一郎ら熱演
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俳優たちの芝居がなければ、劇映画は完成しない。主演の仲野太賀をはじめ、共演の吉岡里帆、寛一郎らが物語をときにコミカルにときに切なく体現し、僕たちを感情の坩堝(るつぼ)に誘ってくれる。
主人公のたすくは、自分の行動を熟慮したり考え抜いたりせず、娘が生まれたことにも、地元から逃げ出したことにも真正面から向き合えない。ヘラヘラ笑ってどっちつかずの態度をとり、このままじゃダメだと思っていながらも、大体の状況を「ごめんね」と言いグズグズのまま済ませてしまう。
そうした決断を先送りにする人物像を完璧に演じきった太賀を見て、「ごめんね」が似合う俳優だなとしみじみ思った。彼にちょっとでも感情移入してしまったら、もうやばい。深みにどんどんハマり抜け出せなくなるだろう。
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吉岡はポップなパブリック・イメージが先行しがちだが、女優としての力量は目をみはるものがある(「見えない目撃者」を見ればわかる)。本作では妻・ことねに扮し、育児に家事に仕事に追い込まれ、しかし夫が論外な男なので自分が身を削るしかない、そんな女性のやるせなさを魂で表現している。
太賀と吉岡が共演した場面はどれも素晴らしい出来だが、あえて一つ例に挙げるなら娘が生まれた直後、夫婦関係に亀裂が走るキッチンでのひと幕が印象的だ。第一子誕生直後の夫婦のピリピリ感というか、疲弊しきった妻の怒りの導火線に火がついた焦げ臭さというか、この世の終わり感が非常にリアルだった。
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また僕が最も感銘を受けたのは、寛一郎の芝居だった。本作ではちょっと不良っぽいが、たすくを見捨てない親友・志波亮介を演じ、全編を通じて際立った実力を見せている。特に亮介が警官の職務質問を受ける場面は出色の出来だと言っていい。
穏やかな波がゴツゴツした岩礁に打ちつける海岸。そこで警官に詰め寄られる亮介を、たすくが双眼鏡で遠くから見つめている。亮介はタバコの煙を深々と吐き出し、たすくに目を向ける。その直後、彼はどんな表情を浮かべるのか? ここの寛一郎の“選択”を見たとき、僕はいたく感動してしまった。
最初は“意外な表情”に見えたが、亮介とたすくの関係性を考えれば考えるほど“これしかない表情”だと思えてきた。あの瞬間にあの顔ができるのは本当にすごい。ちなみにどんな顔なのかは、申し訳ないが劇場で確かめてほしい。
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上記の3人以外にも山中崇、余貴美子、柳葉敏郎らの存在も重要。キャストのあらゆる動き・表情・セリフまわしを観察しているだけでも、豊かな映画体験が味わえるだろう。「神は細部に宿る」と言うが、本作はまさに画面の隅々まで冴えわたっている。
【激推しの理由④】唸るクオリティ
監督×製作陣×俳優=傑出した作品力
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佐藤監督をはじめ感覚が研ぎ澄まされた若き才能たち。数多くの実績を誇る業界のトップランナーがそろった製作陣。そして、新たなステージを登りつつある俳優陣。
彼らのクオリティが足し算ではなく掛け算で膨れ上がり、傑出した“作品力”を生み出している。いくつかのアングルから本作の特徴を語ってきたが、最大の魅力は“完成度の高さ”に尽きると思う。
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ワンシーンにこめられる情報量は半端ではなく、物語運びは普遍と特殊の間を自在に飛び交う。セリフは無理がなく自然で、俳優たちの芝居からは静かに“人生”がにじみ出る。これを初の長編劇場公開作となる佐藤監督が創り上げたというのだから、その手腕たるや恐るべし。
説明的な言及やナレーションはあまりないので、もしかしたら本作はわかりやすさとは無縁かもしれない。しかし自信を持って「必見」と断言できる数少ない作品であることは確か。ぜひ映画館へ足を運び、全神経を集中して“感じて”ほしい一作だ。
【激推しの理由⑤】“好きなシーン”が、
無限に湧いて出てくる
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最後に。ここから先は、本編を鑑賞したあとに読んでもらいたい。この作品、なにはともあれ「好きなシーン」を語り合いたいタイプの映画である。
「細かすぎて伝わらないかもしれないけど、個人的にめちゃ好きなシーン」が非常に多かったため、野暮を承知で7つほど挙げさせてもらった。
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