「歴史を守り抜く」TENET テネット 終焉怪獣さんの映画レビュー(感想・評価)
歴史を守り抜く
待望のクリストファー・ノーラン監督の最新作
「TENET テネット」を鑑賞して来ました。
最初に驚きなのがノーラン映画の音楽と言えば、ハンス・ジマーと云う固定観念があったので「クリード」や「プラックパンサー」を担当したルートヴィッヒ・ヨーランソンが手掛けていた事。
いつも新作を制作する度に影響を受けた作品、元ネタとなる作品を挙げているノーラン監督ですが、今回は殆ど公表していない。
この辺りから今作は、いつもと何かが違うと思うように...
ノーラン監督と言えば「007」シリーズが大好き。
いつか撮りたいと仰っていましたが、
今回の「TENET」を「おれが かんがえた さいきょうの スパイえいが」と比喩する人も居るようにスパイ映画的な構図となっています。
物語は、「時間を逆行させる装置を持つ敵より第三次世界大戦を防ぎ、人類を救う」と言うノーラン史上最もシンプルなあらすじ。
対してその中身はノーラン史上最難関な構成となっています。
ハッキリ言って私は理解出来ませんでした。
勿論、監督のやりたい事、物語の向かう先などは解ります。
物語構成自体は過去のノーラン映画と何も変わらない。
にも関わらず何故、理解出来なかったのか?
①順行と逆行の2つの視点を1つの画面を映したり、逆行組の演出がなかなか解りづらい。
②登場人物や世界観の説明を省いている為、常に観客は頭の中で整理しないといけない。
③良くも悪くもテンポが良いので①や②を整理する余裕が無い。
この辺りがこの作品を難解と言わしめている要因だと思います。
本編で語られる「理解しようとするな、感じろ」と言うのは、ある意味この映画の正しい見方でもある。
以下、良かった点と悪かった点。
【良かった点】
○芸術的なシーンの数々。冒頭のキエフのコンサート会場での銃撃戦。観客が寝ている中での銃撃戦は緊張感がありながらも不思議と美しさも感じられた。
また実写撮影に拘るノーラン監督らしく実在のジャンボジェット機を買い、爆走させるオスロ空港のシーンは見応え抜群。
○順行と逆行する人間・事象の映像が衝撃。常に新しい映画体験を見せてくれるノーラン監督。今作の時間逆行体験は新鮮でした。
○順行と逆行が交差するカーアクション。逆行する車が良い意味で不気味さと緊張感を生み出してくれる。
○伏線回収。キエフで主人公を助けた謎の人物、オスロ空港で逆行して来た謎の兵士等々、伏線が綺麗に回収しており、謎が解けた時は爽快に感じる。
○クライマックス、主人公と相棒ニールの別れのシーン。人間ドラマに重きを置かない本作に於いて、唯一と言っていい友情ドラマが描かれた場面。これまでの経緯とニールのタイムラインの結末を知っているだけあって観客は感情移入出来る。
【悪かった点】
○エントロピーの逆行により時間の流れは反転する。この辺りの設定は話半分で問題ないです。しかし逆行された世界のルールとして酸素ボンベのマスクを装着するはずなのに終盤、その設定に矛盾するシーンがある。
○「理解しようとするな、感じろ」と言う台詞があるが、余りにも複雑な演出のせいで全体像解りにくい。今、主人公達はどんな行動をしているのか?今は順行シーンなのか、逆行シーンなのか解らない。
ザックリこんな感じですが、悪かった点に関しては大したマイナス要因ではないので私的に大満足な映画でした。
ただ繰り返しになりますが、所見でこの映画を完璧に理解出来る人間はほぼほぼ居ないです。
観客自身に状況を理解させようとし、圧倒的な情報量とテンポで押し潰して来る映画なので不親切極まりないと思う人も居るかと。
それを含めて私は、この映画はノーラン監督の気概を感じる素晴らしい映画だと思います。
ノーラン監督と言えば、歴史の積み重ねを大切にする方。
インターネットで得られるのは情報であり、知識ではない。
日々、アップデートされるネットでは積み重ねは無い。
だからこそインターネット嫌いなのでしょう。
今作から感じたのはノーラン監督にとって最も怖れる終焉を食い止めて歴史を守って行こうと言う想い。
戦争であれ、昨今の新型肺炎であれ、どんな苦境でも人類の歴史は続いて行く。
ノーラン監督にとって最も怖れる終焉とは歴史が途絶える事。
現実問題、新型肺炎のリスクもあり映画館が縮小されて行く現状に対して心を痛めているノーラン監督。
映画館と言う歴史を守り抜くと言う意味でこの映画は現実と密接にリンクしているのではないでしょうか?
長くなりましたが、ノーラン映画史上最高難易度の作品ではあり、敷居がとても高い内容ではありますが、この映像体験は映画館だからこそ。
是非、劇場で観て欲しい作品です。