「TENET」TENET テネット 南 貴之さんの映画レビュー(感想・評価)
TENET
このタイトルに尽きる。
一度は観賞された人ならある種どれだけ難解な映画だと感じても
この感覚は共有できるであろう。
私はこの映画の完成度の高さに、驚き、畏れ、観賞後の時間がだいぶ経った今でも涙が出る。
いまだ心の整理と内容の理解が追いついていない気もするが、鉄は熱いうちに。
まず、自分個人の率直な感想はさておき、映画自体のストーリーに目を向け書く。
TENET 回文だ。
逆行する時間という題材を手に、始まりと終わりが絶妙につながる。
不思議、わからない、いわゆる伏線を全て回収するようなストーリーだと思う。
回転する扉で、正の時間と負の時間を行き来できるというのが視覚的にわかりやすく、
近未来感を感じさせるようで、その上で飽きさせない。
印象となるカットを重要なところで散りばめ、見る側に飽きさせもしない。
(難しい題材の証拠だからこそだ。)
またCノーランだからこそできる映像表現も巧みなのは間違いない。
逆行する時間を意識することを作中ではっきりと見せ、見せ場となる最後の戦闘シーンをどちらの側か、見せようとする独りよがりでは無い作り方、本当に素晴らしい。
映画を見終わったあと、友情という部分で感動した人もいたかもしれない。
そういったところも独りよがりにならない、人に見せるものとして、エンターテイメントの範疇で作られている気がする。
作品で涙を誘ったのは、ここのシーンではあるのだが、それはそのシーンに対するものではなかった。
ここからが僕の感想。個人の独我的なものだ。
まずこの映画を見ていて感じていたのが、ニール(ロバート・パティンソン)と”男”(ジョン・デヴィッド・ワシントン)の妙な近さだ。
「初めて会った気がしない」感覚。なぜニールがこの”男”にTENETのことを簡単に漏らすことができる関係性なのか、バックボーンが全く説明されないまま話は進む。
そもそもこの”男”はCIAなのか?それともなんなのか。そもそも冒頭のシーンの「テスト」とは何のテストなのか。
頭から見ていると「スパイ映画」の相棒という感覚で、なぜか見れてしまう。
しかし、引っかかる。
そのまま作品は進み、時間の逆行する”システム”がわかり、印象的なカットとストーリーとともに
回文のごとく裏返しに見返すことができる。
まさにこのニールとの関係性の引っ掛かりは最後に回収される。
そして最後のシーン。最後のセリフ。
これが全てなのではないかと感じてしまった。
クリストファー・ノーランが何を考えているかはわからないが、この作品において「主役」は間違いなく”男”だ。
冒頭のテストも、全て男の中の世界だ。
だからこそ「起きてしまったことは仕方ない」という言葉の重みがわかる。
全て正対象に、美しく成り立っているのだ。
前から見ても、後ろから見ても、これは立派なストーリーとなる。
さらに言うなれば、映画というメディアは、大概のものが余韻を作るために
後半、特にラストシーンに考えさせる「何か」を用意する。
この映画で感じたのは、それが前にも後ろにもあるということだ。
後ろで考えるとするならば、正義的価値観で見れる。
しかし、前で考えるとすれば、畏怖だ。
男が主役の世界であるとするならば、もし最後に自分の命を守るために銃弾を当たらないようにした
つまり、自分の思うがままに世界を作り替えていたのならば、それは神の仕業だ。
この男一人が世界を作っているかのようにも見える。
これが「起きてしまったことは仕方ない」という言葉が違和感を感じる使い形で最後に出てくる要因ではないかと思ってしまった。
TENET この言葉には神話的要素もからむ言葉だ。
読み方を変えれば、神の名前とも読むことができるという回文。
つまり世界は見方を変えれば、何にでも変わる。
そういう世界もあるということなのか…
肩書が無い”男”が主役という部分が大きなミソだ。
どういう見方も客に提示させる。
ここが美しい。
人間の思考力の美しさを体現した映画だ。
これも個人的感覚だが、映画は全て個人的感覚をどう揺さぶるかが
その映画のある種「価値」でもあると思う。
映画に監督が長い年月をかけ、今の時期に放ったこの作品の意味。
考えるべきだ。これは全ての映像制作に関わる者が考えるべきだ。
考えなくてはいけないのだ。
さらに映画館という閉鎖的空間で見るという行為にも大事な部分があると思う。
もちろん、この映画はIMAX、少なくとも大きいスクリーンでないとその意味をなさない。
監督の本当の力が発揮されるのはスクリーンでだろう。
さらに閉鎖的空間で、時間も閉鎖し作品と向き合わさせるということも意味を持つ。
制作物である以上、個人の主観があるのはそうだ。事実と虚構、そのどちらのジャンルもそうだ。
しかし、やはり人は考える生き物。これを楽しむという時間を強いられるのも映画の良さではないのか。
ヒストリーという言葉の中にはストーリーという文字が入っている通り、全ての事実に対しても
振り返り、”お話”として楽しまれることがある。(これは悲惨な出来事であっても、語弊があるかもしれないが、時間を消化するものとして楽しまれていると考える。)
人間一人にも生から死までストーリーがある。そうも捉えられる。
このTENETという映画はそこも見据えて作られているのではないか。
「起こってしまったことは仕方がない」という言葉には負の感情も、その逆も感じる。
今の世の中だからこそだ。
全てはその人の捉え方次第。映画もそうだ。
最後に、涙が止まらなかった理由について。
正直、どうにも敵わないと思った。
美しすぎるし、これ以上のものは書けない。
(一応)脚本や台本を書く身としては、この上ない悔しさがあるとともに、
新しい、誰にも作れない、しかも圧倒的な力で見せきられたことに対して
心の中から涙が出た。映画ってこういうもん。そう自分は感じる。
僕は映画って「人生」だと思うんで。