「終わっていない問題」ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男 SP_Hitoshiさんの映画レビュー(感想・評価)
終わっていない問題
「ダーク・ウォーター」といえば、ホラー「仄暗い水の底から」のハリウッド版リメイクだが、複数形がついたこの映画はそれとは比較にならない本物の恐怖を描いている。
何しろこれは実話で、汚染規模は全世界で、更にまだ終わっていない問題である。
焦げつかないテフロン加工のフライパンや、撥水性の素材等に広く使われていた便利な化学物質PFOA。デュポン社はこの物質の危険性を知っていながら、PFOAを使った製品を作り続け、大量の排水を水道水の取水源に流していた、というのがこの映画の内容。
この映画におけるデュポンはまさに悪魔のような企業だ。とても実話とは信じられないようなことが次々に出てくる。PFOAによる汚染で牛が190頭も死んだとか、PFOAを含んだタバコを社員に吸わせて健康に影響があるか調べたり、PFOAの製造に関わった社員がガンになったり、30%もの子供に先天性異常が出ていたり、主人公の弁護士を妨害するためにあの手この手の汚い妨害をするとか…。
もちろんデュポンはこの映画の内容のすべてが事実だとは認めていないだろうが、少なくとも裁判で負けたこと、PFOAが有害な物質であること、現在は世界的に規制されていることはまぎれもない事実だ
デュポン社の日本のホームページを調べてみると、一応PFOAについての記述は存在していたが、すべて英語だった(こんな重要なこと、日本語訳を載せておくべきでは?)。映画で語られていることとの違いを探すために少し読んでみた。
まず、「デュポンはPFOAが有害だったことは当時知りえなかった」、としているので、明らかに映画の話とは違う(以下)。
Based on the available science, DuPont did not believe there were any adverse health effects and that PFOA could be manufactured safely.At no point did DuPont ever knowingly harm anyone or dispose of PFOA illegally.PFOA was not a regulated compound at that time, nor is it today, and our wastewater, air and solid waste disposal methods were permitted and legal.
また、メディアなどで報道されていることは事実ではない、もしくは完全な話ではない、としている(以下)。
DuPont’s historical use portrayed in documentaries such as The Devil We Know and as often reported by the media is simply not true or does not tell the full story.
健康への影響については、「因果関係がはっきりしているわけではない」「病気との関連についての証拠はほとんどない」というアメリカ政府とオーストラリア政府の見解を載せている(以下)。
“A large number of studies have examined the possible relationship between levels of perfluoroalkyls in blood and adverse health effects in workers, highly exposed residents, and the general population.Although statistically significant associations have been found, the studies do not establish causality.”
“There is mostly limited or no evidence for any link with human disease” and “there is no current evidence that supports a large impact on an individual's health.”They also report that “there is no current evidence that suggests an increase in overall cancer risk.”
PFOAやその類似の物質による汚染は非常に大きな事件だと思うが、日本ではほとんど話題にされていないことが不思議。在日米軍では今もPFOAは使用されていて、つい先日(12/28)も、沖縄の米軍施設でPFOAやPFOSの汚染水が漏れたことに対する調査結果が発表された、というニュースがあった。映画公開中でまさにタイムリーな話題なのに、テレビでは大きく扱われない。
特集番組らしいものでは、2019年放送のNHKのクローズアップ現代が最後っぽい。この番組では、主に以下の問題提起がされていた。
・日本の浄水施設の中で有機フッ素化合物の濃度の調査をしているところが非常に少ない(現状どのくらい汚染されているのか不明の状況)
・日本には有機フッ素化合物の濃度の基準値が定められていない
・有機フッ素化合物は低濃度でも胎児への影響がある可能性がある
・沖縄の浄水場の取水源となっている河川では、PFOAなどの高濃度の有機フッ素化合物が検出されている(アメリカ軍基地内で消火剤などに使われたものと考えられている)
・PFOAのような化学物質は規制されるとまた新たに同じ機能を持つ似た物質が開発される、というイタチごっこの状況にある(有機フッ素化合物は数千種類存在する)
これらの問題は改善されていないだろう。だからこの問題は解決済みの問題では全くなく、現在進行形の問題だ。今年6月のニュースでは、環境庁が全国の河川や地下水など143地点を調査したところ、12都府県の21地点で暫定的な目標値(アメリカの環境保護庁による、飲料水の健康勧告値を参考にしたもの)を超えていた(大阪市の地下水が最大で、110倍)ことが分かったという。汚染されている場所がいくらかでも分かったことは一歩前進だが、全国の浄水施設は6400箇所以上あるので、調査が足りていないことは明らかだ。
映画の公開時期もちょっと謎だ。アメリカでは2019年11月公開で、日本では2021年12月公開。なぜ日本の公開はこんなに遅かったのだろう? もし2019年公開だったら、5月に国連の国際条約でPFOAの製造・使用の禁止が決議されたばかりなので、タイムリーでもあったのに。
この映画を見ると、大企業を相手に戦う、ということがどんなに困難なのかよく分かる。まさにすべてが敵になる感じ。
こんな戦いを誰もができるわけがない、と思ってふと気づく。ということは、世の中にはまだまだ明るみになっていない恐ろしい事実がたくさんひそんでいる、と考えなければならない、ということか。