「【スペインの歴史】」プラド美術館 驚異のコレクション ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
【スペインの歴史】
プラド美術館のコレクションはスペインの歴史そのものなのだ。
イベリア半島をイスラム教徒から奪還した後、間もなくしてスペインは日の沈まぬ国になった。
しかし、それは侵略と外国との戦乱だけではなく、異文化との交流で文化的なアイデンティティが揺さぶられる歴史でもあった。
そして、衰退と内乱。
この映画は、プラド美術館が所有する作品を事細かに紹介するというより、主要な作品を中心にスペインの歴史を織り混ぜながら、その背景を含めてフィーチャーすることで、観る人をプラド美術館に誘おうとしているのではないかと思う。
スペインは、世界にカトリックを広げる中心的役割を担った。
だから、プラド美術館では、プラドの礎になったティツィアーノから、ティントレット、フラ・アンジェリコ、エル・グレコまで宗教作品はものすごく充実している。
修復の場面が紹介されるフラ・アンジェリコの受胎告知は、是非、伊フィレンツェ、サン・マルコ美術館のフレスコ画と比べて欲しい。マリアの表情から戸惑いが感じられないだろうか。
エル・グレコは、岡山県倉敷市にある日本初の西洋美術館・大原美術館のメイン作品でもあるから、日本人にもファンは多い。
マドリッドから列車で近いトレドの教会もついでに訪れてみたら、もっとファンになるかもしれない。
スペインはフランドルをかけて、プロテスタントと戦い、後にフランドルで盛んになった肖像画や静物画表現、ヒエロニムス・ボスの抽象表現にも触れる。
肖像画表現はスペインの支配者を歴史の記憶としてとどめる一助にもなった。
ボスは、バベルの塔などで知られるブリューゲルに大きな影響を与えたし、日本の漫画家の浦沢直樹さんもボスのファンを公言しているし、僕は三浦建太郎さんの漫画「ベルセルク」のベフェリットはボスのキャラクターそのものではないかと思っている。
そして、ハプスブルク家の不穏さを感じざるを得ないベラスケスの「女官たち」。
プラドのメインだ。
多くの幾何学的配置が謎とされ、そこをメインに語られることが多いが、僕は、中心の少女の肌の色の白さが、近親相関が多かったスペイン・ハプスブルク家の暗い行く末を、逆説的に暗示しているように感じる。
ベラスケスは、陰影表現をイタリアのカラヴァッジョから学んだとされる。
カラヴァッジョの生涯も波乱に満ちたものだった。
ベラスケスが描いたハプスブルク家と少し重なる。
ゴヤのナポレオン軍との戦いの場面は歴史の教科書でよく見かけるし、巨人や、着衣と裸のマハは、お馴染みの作品だ。
それまで、女性の裸身は神の物語として描かれることがほとんどで、陰毛が描かれることはなかったが、ゴヤは裸のマハで陰毛を描いた。これによって、ゴヤは絵画をエロに貶めたと非難されたのを、皆さんはご存知だろうか。
とは言っても、カトリック絵画に慣れ親しんだ白人は、宗教絵画の陰毛のない裸婦に慣れ親しんでるために、女性は他の民族と違って、剃毛に抵抗がないということを聞いたことがある。
人はいつのまにか、神と自分を重ねてしまうのだろうか。
でも、なぜ、こんなゴヤの話をしたかと云うと、絵画鑑賞は、肩の力を抜いても良いと思うからだ。
いざ、プラド美術館に行くと、その作品群に圧倒される。
ルーブルやニューヨークのメットと同様に、時間がいくらあっても足りないし、作品をいちいち事細かに鑑賞しようとしたら、脳の疲労感も尋常ではない。
だから、この映画は、将来プラドを訪れた時のガイダンスとして観たらどうかと思うのだ。
印象に残ったアーティストを中心に鑑賞するのも良いと思う。
映画で紹介される作品たちが、時系列もあちこち行ったり来たりするので、そこは難点だけど、僕は、プラドに、もう一度行きたくなった。