劇場公開日 2020年2月29日

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「瓦礫のなかの笑顔」娘は戦場で生まれた ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0瓦礫のなかの笑顔

2020年3月9日
iPhoneアプリから投稿

戦場にあっても笑顔を絶やさぬよう努める人々が、そこには確かにいた。

大人のおどけた行動に声を上げて笑う幼児。
柿をもらって笑顔で喜ぶ大人。
顔に落書きをし合って喜ぶ医師ら。
背中におぶさっていた子供が、爆弾の音に驚いてお漏らしをして、背中にあったかいものが広がったと笑って皆に話す大人。

大怪我をした妊婦から帝王切開で取り出された息もせず心臓も動いてなかった赤子が、医師達の必死の蘇生で泣き声を上げたのを見て、おもわず手を叩いてしまった。
そこには確実に人の生きようとする力があった。

だが、つくづく地獄は人間が作り出すものだと思う。
天や神が地獄を作ったのではない。
人間が作り出すのだ。

シリア内戦は、アラブの春に呼応して始まったスンニ派の人々のアサド政権に対する民主化運動に端を発したものだ。
アサド政権は、これに強硬に反発。

アサド政権打倒を目指すアメリカやフランスは反政府勢力を後押しするが、反政府勢力の内部分裂や、イスラム国の侵攻、クルド人組織の関与、周辺のトルコやサウジアラビアなどは国境線の防衛のために軍を派遣したり、内戦は一層複雑化していった。

そして、アサド政権側はイランの支援を受けるイスラム過激派のヒズボラのみならず、ロシアの支援も受け、反政府勢力の拠点、アレッポへの攻撃を強化していく。

こんな中、アメリカではトランプが大統領となり、シリアへの関与は薄まり、イスラム国のとの対決は継続したものの、イスラム国の掃討をもって、シリアからは手を引き、シリア民主化はより一層遠退くことになった。

アレッポの街は、まるで映画のセットで誇張されたゾンビの住む廃墟のような感じだ。
とても、現実とは思えないよう瓦礫の世界だ。

犠牲者は既に38万人を上回り、国内外の避難民は合計で1200万人にのぼると言われている。

ロシア軍の空爆には憤りを禁じ得ない。
アサドは第二次世界大戦後で最も多くの人を死に追いやった人物とも言われている。
こんな酷いことをなぜ同じ人間が出来るのか。

やはり、地獄とは人間が作り出すものなのだとつくづく感じる。

だが、伏線がある。
第一次大戦後のオスマン帝国の崩壊を機に引かれた国境線や支配者は主に欧米戦勝国の思惑などを孕んで生まれたもので、民族や宗派など十分に考慮されたものではなかったこと、のちにイスラエルの建国で中東の緊張が一気に高まったのだ。

中東の地政学だといって先進国が傍観していられるようなものではないのだ。

また、こうした政府、反政府勢力への武器供与は欧米やロシアなどからも行われており、シリア難民の受け入れを積極的に行わない先進国武器輸出国は単なる責任逃れをしているに過ぎないとの非難は、ローマ教皇の弁だ。

やはり、地獄は人間が作り出すのだ。

僕達が幼い頃から聞かされた地獄と違うところがあるとすると、この地獄は、亡者が蠢くのではなく、人の信念や生への渇望があるところだ。

この作品を観て、「彼らは生きていた」や「1917」で感じたことも吹き飛ぶようなインパクトを覚える。

人間の残酷さや非道。
逆に、人の信念や生への渇望。

そこにはエンターテインメントとは真逆だが、圧倒的なリアリティとメッセージがあった。

出来る限り多くの劇場で長く公開されることを祈ります。
特に若者に観て感じて欲しいと。

ところで、日本は僅か50人程度のシリア難民の受け入れも拒否している。
また、日本がロシアにシリア民衆に対する空爆を止めるように強く抗議したと聞いたこともない。
ロシアを慮って、経済協力ばかり進めても、北方領土の返還ばかりか、返還交渉のテーブルにも着けてないではないか。
外国人労働者の受け入れが急務になる今、せめて難民の受け入れ程度は実施して欲しいと心から思う。

ワンコ