「裏方から金に向かって跳ぶ!」ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
裏方から金に向かって跳ぶ!
先日閉会したばかりの冬季北京オリンピック。
昨年の夏季東京オリンピック時と同じく、開催前はコロナ(それと、開催国に対する国家間の諸々の事情)などの問題で色々意見あったが、いざ開催されたら、連日選手たちの活躍が日本を沸かし、結果冬季オリンピック最多のメダルを獲得。また、開会式も東京オリンピックより段違いに魅せるものがあった。
…と語っておきながら、私実はあまりスポーツに興味無く、オリンピックもほとんど見ておらず、ニュースで結果をぼんやりと見るくらい。ハイ、非国民です…。
公開延期を経て、昨年の“オリンピック・イヤー”にやっとジャンプした本作。
オリンピックへの関心高まり、“金メダル”級の大ヒットを狙ったのは明白。
が、結果は“銅メダル”にも届かない不発…。(2・4億円…) ベタ過ぎと、作品自体も賛否両論の声…。
公開時観に行こうかなと思ったけど、結局スルーし、レンタルリリース時もすぐには見ず、北京オリンピックが閉会しての今のこの時期にやっとこさ鑑賞。それも、特別見たい!…っていう感じではなく、あ、まだ見てなかったから一応見ておくか…くらいの何となく程度に。
で、実際見てみたら、思ってたより良かった。
さすがに大傑作!名作!…とは言い難い。
“This is THEベタ邦画”。感動煽る演出、時々臭い演技、実話とは言え展開読めるストーリー…。チクチク指摘されたのも分からんでもない。
でもその分、分かり易く見易い。
殊にスポーツやオリンピックに疎い私にとって、これでヘンに色出した作風だったらあまり乗れなかっただろう。
これでちょうど良かったのかも…?
遡る事24年前…。
長野オリンピックでスキージャンプ団体悲願の金メダル獲得。
それを描いた“表舞台”の選手たちの物語ではない。
知られざる“舞台裏”の英雄たち。
“テストジャンパー”。
競技開始前、ジャンプ台の安全性を確かめる為に跳ぶ“裏方”。
全く以てそんな存在の人たちが居る事を知らなかった。
金メダル獲得を裏で支えたテストジャンパーたちの姿にスポット。
長野五輪スキージャンプ団体のテストジャンパーに選ばれた西方。
が、その胸中は複雑…。
4年前のリレハンメル五輪で、エースの原田のまさかの失敗で銀メダル…。
金メダルは目前だったのに…。原田が失敗しなければ…。自分は金メダリストだった。
諦めきれず、4年後の長野に向けて闘志を燃やす。今度こそ、金を!
そんなある日、西方は腰を痛めてしまう。
一時は選手生命も絶たれたかのように思えたが、不屈の精神、懸命のリハビリの末、復帰。まだ長野出場には間に合う。練習にさらに身が入る。
そして、遂に来た長野五輪スキージャンプ出場選手発表。
…そこに西方の名は無かった。
選ばれたのは、原田や葛西らかつての仲間、新進気鋭の若手たち。
何故、自分は選ばれなかった…?
実績は残している。
怪我が響いたか…? それとも、事実上の潮時勧告なのか…?
あの時失敗した原田は選ばれたのに…。
とてもとても納得出来るものではなかった。
落胆と失望の中、コーチの神崎からテストジャンパーの誘いを受ける。
家族を養わなければならない生活の為、今後の為にスキー連盟へ恩売り…訳あり動機でテストジャンパーとして長野オリンピックに“参加”する事になるのだが…。
テストジャンパー。その名の通りの“テストジャンプ”。
本選出場なんて勿論、観客も歓声も拍手も無い。記録にも成績にも残らない。
自分はメダリスト。銀だが、後少しで金だった。
そんな自分がこんな裏方仕事。何の為に跳ぶのか…?
屈辱。
西方の他にもテストジャンパーに選ばれた面々。
その胸中は様々。
乞音症の高橋。明るい性格で、ただただ跳ぶのが好き。跳んでる時だけ自由になれる。
唯一の女子で高校生の小林。当時、スキージャンプに女子は無かった。女子は跳べない。それでも、テストジャンパーでもオリンピックの場に立てる。そしていつの日か、女子スキージャンプが正式種目となり、その時は選手としてーーー。女子スキージャンプが正式種目になったのは2014年のソチからだという。つい最近…!
日本スキージャンプの未来の為、自身と夢の為に。
一方…
西方と顔馴染みの若手の南川。西方と同じく、テストジャンパーに対して否定的。“テキトー”にやればいい。所詮、テストなのだから。
テストジャンプ開始。
小林や高橋は懸命に。が、南川や西方は身が入らず。
実はテストジャンプで一度も跳んでない南川。神崎からジャンプを強制させられる。
辞退する南川。跳べなかったのだ。何故なら、失敗し怪我を負ったトラウマを抱えている。
キツい言葉を投げ掛ける神崎。
境遇が似ている西方。意見がぶつかり合う。
トラウマが怖い。もし、また失敗したら…? もし、また怪我をしたら…?
酷ければ選手生命が絶たれる。こんなテストジャンプ如きで。
それを乗り越えてこその真の選手。恐怖やプレッシャーを感じているのは一人だけじゃない。皆、同じ。それに甘んじているから、本選に出場出来ずここにいる。
テストジャンプでそこまで熱心にやる必要あるのか…?
神崎のある台詞が響いた。
お前(西方)が銀メダルを取れたのは、テストジャンパーたちが居たからだ。
言われてみれば、そうだ。縁の下の日陰の裏方たちの努力があってこそ。表舞台のスターたちは華やかなスポットライトを浴びれる。スキージャンプのみならず、どんな世界に於いても。
各々の葛藤、複雑な心境…。
しかし徐々に、テストジャンプに対する考えも改め始める。
小林は西方にジャンプの個別指導を乞う。
南川もアドバイスを助言して貰う。
ずっと選手一本だったが、“教える立場”になった西方。ご本人も実際、現在は後進育成に励んでいるという。
長野五輪開幕。
選手たちは当然だが、我々テストジャンパーも緊張やプレッシャー、気合いが自然と入ってくる。
自分たちの手で、選手たちに金メダルを…! 望みを託す。
競技開始前、西方は原田と再会。アンダーシャツを忘れたという原田。それを西方に借りに来た。(←私これ、本当の意味が何となく分かった)
お前の分まで跳ぶと、原田。
その言葉が、実は未だ一人燻っていた西方の感情に、火に油を注ぐ。
原田への嫉妬、テストジャンプへの不満…全てをぶちまける。
原田がジャンプ台に立つ。
仲間たちが、テストジャンパーたちが、日本中が原田に期待を寄せる。
今回こそ、金を!
…ただ一人を除いて。
落ちろ、落ちろ…原田の再びの失敗を願う西方。
その願い通りになった。
突然の強い風雪となり、悪天候に阻まれ、またしても結果を出せなかった原田。
金メダル王手だった日本は、4位後退…。万事休す…。
この時西方は、どう思っただろう。
それ見ろ、やっぱりまた。お前じゃ無理なんだ。
その一方、こうも思っただろう。
日本がまた金メダルから遠退いた。悲願の金メダル…。オリンピックに出場したかつての日本代表として、胸が張り裂けるほど悔しい。
でも、西方や日本中以上に悔しい思いをしているのは原田だろう。
「失敗しちゃったー」なんて朗らかな性格で笑顔で言うが、その顔の下の本当の心境は…。
またしても自分がやってしまった。
またしても自分のせいで、仲間の首に金メダルを掛ける夢を遠退けてしまった。
並々ならぬ意欲で今回の長野に闘志を燃やしていた原田。朗らかな笑顔の下に。
あの時以来、原田は日本中から“戦犯”扱い。金メダルを取れなかった全ての責任。
実際、脅迫を度々受け、今回のジャンプに対するプレッシャーは我々には分かり知れないほど。
また失敗したら、今度は“戦犯”どころではない。“永久追放”レベル…。
それだけに…。
そんな原田に対し、自分は何と卑しい感情を抱いてしまったのだろう。
仲間、同士、友ではなかったのか…?
今回の原田の失敗は、原田自身の不調が原因ではない。悪天候。
が、日本中はそれで納得しない。
今度こそ、やってくれると信じてたのに…。またやりやがった。
2本目のジャンプで好成績を残せなければ、日本は確実に金メダルを手に取れない。まさに、背水の陣…!
ところが、悪天候で2本目を行うかジャッジ。
それを託されたのは、テストジャンパーたち。
彼らがテストジャンプでこの悪天候の中でも競技出来れば、2本目を行えると下される。
が、それは非常に危険でもある。一歩間違えれば…。
テストジャンパーがそこまで命を危険に晒す必要があるのか…?
しかししなければ、日本はまたしても金メダルを逃す。
金メダルか、日本スキージャンプの未来の為か、自分の為か。
迫られた決断の行方は…?
実話なので決断と結果については言うまでない。
まさしく、事実は小説より奇跡なり!
実話は別として、前述した通り演出・脚本・演技など“作り”にステレオタイプなベタさはあり。
が、それでも良かった点、感動した点はあった。
序盤は平凡だったが、テストジャンパーのドラマが始まってから引き込まれた。
特に、原田が西方や葛西からシャツやグローブを借りて挑んだジャンプ。本当は忘れたのではない。“仲間”と共に跳ぶのだ。
支えた者たち、一人一人の思い、皆の思い。
それに向かって跳び、掴んだ金メダル。
ただの金メダルではない。色んな意味で、“特別”な金メダルなのだ。
もう少し早く見ていたら、今回の北京への関心も違っていただろう。
今回団体では金メダル獲得にはならなかったそうだが、男子個人では金メダルを獲得。
才能ある新たなジャンパーが跳んでいる。その中には、長野時正式種目でなかった女子ジャンパーも。
活躍中のジャンパーたち、これから頭角を現してくるであろうジャンパーたちの着地点は、すでに4年後のイタリアはミラノ・コルティナオリンピックに向かっている。
その時は私自身も少しは関心寄せれるかもしれない。
ソウルとパッション抱いて、跳べ!日の丸飛行隊!
映画の“オリンピック・イヤー”は続く。
昨年は本作。今年は河瀬直美監督による東京オリンピック2020のドキュメンタリー映画。
これは劇場で観てみたい。
自分も感動したのですが、これを美談として語ることはやはりダメなんじゃないか、と思い、非常に評価に困りました。落ちたら怪我するのに、この悪天候で、全員に飛べと(暗黙に)強制している姿は、やはり美談で残してはならないもののように思います。