「許しを決断する時」幸せへのまわり道 sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
許しを決断する時
愛している者ほど許すことが難しいという台詞はとても真理を言い当てていると感じた。
人は無条件に人を愛するということはなかなか出来ない。
こちらが愛を示せば、相手もそれに応えてくれるとどうしても期待してしまう。
そしてその期待に裏切られた時ほど心の傷は深い。
許すということはその心の傷を抱えたまま、相手を受け入れることであると思う。
言葉で言うほど簡単ではない。
売れっ子ではあるが辛辣な記事を書くことで有名なライターのロイドは、過去のわだかまりからどうしても父親を許すことが出来ない。
その理由は物語が進むにつれて明らかになっていくが、妻のアンドレアがいくら諭しても、父親のジェリーが歩み寄ろうとするのを頑なに拒み続ける。
攻撃は最大の防御というが、彼は自分の心の弱い部分を守るために父親に対して怒りの感情をぶつけ続ける。
そして人の神経を逆撫でするような記事を書き、他人に対して冷たい態度を取ってしまう。
そんな彼は編集長から子供向け番組の人気司会者フレッド・ロジャースへの取材を依頼される。
オープニングのとても可愛らしい番組のセットがとても印象的だ。
そして物腰柔らかくテレビの向こうに語りかけるフレッドの姿から、彼が常人とは違う意識で物事を見ていることに気づかされる。
彼はおそらく人と接する時に、ほぼ意識のベクトルが相手側にあり、あまり自分を防御することにフォーカスを当てていないのだろう。
だから彼はロイドが不躾な質問をしたり、否定的な意見を言ったりしても、それを聞き流すのでも反論するのでもなく、ただそのまま受け止め気付きを与えてくれたことに感謝の言葉まで述べる。
最初は自分が取材をする側なのに自分のことばかりを話させるフレッドに戸惑っていたロイドだが、何故か彼のことを気にせずにはいられなくなってしまう。
それは彼がありのままの自分を受け入れようとしてくれるからだろう。
人はどうしても防御のために自分を飾り立ててしまう。
やがてフレッドは徐々にロイドの心を解きほぐしていく。
つくづく人の頭は不思議なものだと考えさせられる。
同じことが起こっても人によって捉え方はまったく異なるし、どれだけ有難い教えを受けたとしてもそれが心に響かなければただ素通りするだけだ。
フレッドは人に気付きを与えてくれる存在だ。
彼の言葉は子供だけでなく、むしろ凝り固まった大人にこそ必要なのかもしれない。
やがてロイドは自分の弱さを受け止め、感情と向き合うようになる。
そしてジェリーとのわだかまりも少しずつ解けていく。
ジェリーは病気の妻と子供たちを放り出して別の女のもとへ行ってしまう身勝手な男だったが、彼もまた自分の弱さを受け入れ、過去を償いたいと思い続けていたのだ。
しかしジェリーは病により余命僅かとなってしまう。
ようやく生きる道が分かって来たところで、残された時間がもうないことに苦笑するジェリーだが、それもまた人生というものなのかもしれない。
まるでヨガの瞑想をするかのような安らぎを与えてくれる映画で、フレッド役のトム・ハンクスの穏やかな物腰に心が温かくなった。
完璧な人間などどこにもいないように、ラストにピアノを弾きながら少しだけヒステリックな姿を見せるフレッドの姿に思わず苦笑いしてしまった。