「一番成長したのは主人公健一自身である」ステップ 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
一番成長したのは主人公健一自身である
妻に先立たれた普通の若い夫が子育てに奮闘する話である。それほど貧乏ではないが少なくとも金持ちではないという設定が絶妙で、主人公武田健一を人格の安定した常識人とすることができる。誰もが感情移入できる主人公だ。
話の肝は、子育てをする過程で時折接することになる義父母との関係性が変化していくところである。当初健一は、自分は妻朋子と結婚したのであって朋子の両親と結婚した訳ではないし、子供の美紀は妻との子供であって朋子の両親の子供ではないと思っていたフシがある。だから君はもう息子だという義父の言葉に違和感を覚える。
しかし妻朋子の両親は、朋子を幼児の頃から健一と結婚するまで育ててきて、その間に培った経験があり、親として豊かに育んだ愛情がある。その溢れんばかりの愛情が健一と美紀に向けられるのは当然だ。朋子の家族である健一と美紀は、両親にとって朋子の人生そのものなのである。
健一は自分が美紀を育てていく過程で、徐々にそのことに気づいていく。義父母にとってそれが何より嬉しい。健一の幸せは自分たちの幸せなのだ。朋子の死は一生背負っていく記憶だが、健一には兎に角幸せに生きてほしいと願う。
愛情に満ちたこの夫婦を名人の國村隼と余貴美子が演じ、相手役の広末涼子、幼稚園の保母さんの伊藤沙莉、喫茶の店員の川栄李奈(朋子の写真は多分この人)の3人の女優陣も好演。お膳立ては万全だ。
そして徐々に変化していく主人公健一を山田孝之が名演。年齢や見た目が少しずつ変化していくのに併せて、考え方や心境も少しずつ変化していく。娘の美紀が育つのはある意味当然だが、実はこの十年間で一番成長したのは美紀を育てた健一自身なのである。
美紀がこれから中学生、高校生となっていくにつれ、更なる試練が健一を待ち受けているのは間違いない。健一は周囲の人達の助けを借りながら、これからも少しずつ変化し成長していくのだ。
少しずつ=一歩一歩=step by stepという意味と、義父母=step father、step motherという意味の両義から、本作品のタイトル「ステップ」が生まれたのだと思う。山田孝之の俳優としてのポテンシャルが存分に発揮された、とてもいい作品である。