「本作を観てロシア新体操界を志す人がいるとしたら、その人こそ真の強者。」オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
本作を観てロシア新体操界を志す人がいるとしたら、その人こそ真の強者。
本作の主人公、マルガリータ・マムーンはロシアの新体操選手として数多くの実績を残していますが、2016年のリオ五輪の直後に引退しているため、新体操に関心のある人を除いて、彼女の名前を記憶している人はそう多くはないかも知れません。そんな彼女のドキュメンタリー映画をなぜ今公開なのか?という疑問を持ちつつの鑑賞でしたが、冒頭からそんな考えは吹き飛んでしまいました。
20歳にも達していない彼女が練習や競技の直後からコーチから受けるのは、激励や労いの言葉ではなく、罵倒の嵐(もちろん編集に当たってその部分を重点的に盛り込んでいるのでしょうが)。マムーンに、文字通りの「パワーワード」を浴びせかけます。
「あなたは人じゃない、アスリートよ。感情はいらない」
「まさに負け犬。本当に愚か」
などなど。
ロシア語の罵倒語を知りたい人にとっては語彙を増やす好機かも知れませんが、通常の観客は、マムーンでなくとも思わず耳を塞ぎたくなるでしょう。
本作では特に、ロシア新体操界の伝説な指導者イリーナ・ヴィネルの存在感がすさまじく、映像に自分のどのような言動が映されているのか、まったく意に介していない様子。70歳近い御年なのに、マムーンを置いて颯爽と歩き去る彼女が履いていたのは赤くいピンヒール。「そこも隙なしかよ!」と危うく声に出しそうに。
時折挿入されるマムーンの見事な動きには目をみはりますが、制作者の意図なのか、割とあっさり見せ場を切り落としています。新体操の女王としてのマムーンを観たい人には相当フラストレーションが溜まるでしょうね。
これも製作上の意図なのか、本作には登場人物の説明やナレーション、独白などがほとんど含まれていないため、マムーンとコーチの関係はおろか、マムーン自身が何を考えて、どうして苛烈なしごきに耐えているのかがほとんど読み取れないようになっています。
画面に映える衣裳はきらびやかなのに、人物の感情や表情が全く掴めない…。ある米批評誌は本作を「ホラー」と評しましたが、その気持ちも分かる!