「トランスジェンダーだけじゃない、心が痛くなる映画」ミッドナイトスワン 上田さんの映画レビュー(感想・評価)
トランスジェンダーだけじゃない、心が痛くなる映画
ネトフリにあったので観ました。
一見トランスジェンダーのお話がメインのようでそれが取り上げられがちだけれど、そこは割とどうでもいいかな。心が弱く頭が悪い人たちの群像劇とでも言いましょうか、非常に刺さりました。
一果にバレエをやらせるために男性の格好をして男の本名で男性がメインでやるような仕事に就く凪沙。でもそれは自分に正直に生きていたい凪沙には耐えられなかったのでしょう。表向きは男性として仕事をしていた方がお金も稼げるし惨めな思いもしなくて済む。女装は趣味として割り切って、理解者たちのいる場だけで欲求を満たす程度にしていれば後ろ指をさされなくても済んだわけです。手術後も自分の体のケアすらできないほど心が弱ってしまったのでしょう。
一果は一果で、守ってあげるという母親と一緒に暮らしているのにグレてリスカをする。
夢を絶たれた一果の友達りんも、幸せいっぱいな人たちを目の当たりにし、その人たちに群衆や親の視線を奪われ、ここで飛び降りたら、私が死んだら誰か私のことを考えてくれるかなという欲求に勝てなかった。私が小中学生の時にいつも思っていたことです。(実行はしてないけど。)思春期の心の揺れというやつです。心が本当に弱ってしまった人はその揺れに負けてしまう。
3人とも頭が良くて先のことまで考えられて、心を強くもって一人でも孤独でもきちんと生きていけたらそんなことにはならなかった。唯一、一果は凪沙の最期を胸にしまって一人外国で強く生きていく決心をしたのかな。
弱い人たちの人生を見せつけられるので感動で泣ける映画ではないです。三人中二人は弱すぎて死んでしまったのだから、苦しすぎて泣けもしない。三人は誰一人として悪くないからです。
私はトランスジェンダーではありませんが、自分のせいではない苦境が何年も続き「なんで私だけ」と泣いたことが何度もあります。そういう意味で共感し刺さりすぎた映画でした。多くの人にとってはこの物語はリアリティがないでしょう、これで泣くのもなんだかきれいごとという感じがします。でも刺さる人にとっては逐一リアルで細かい表現が多く、心が痛かったです。
草なぎさんはいつも淡々としていて演技が上手いと思ったことはあんまりないのですが、髪を短くして作業着を着た時に一番女性らしく強い母の顔、優しくも決意と希望に満ちた目をしていたのは素晴らしかったです。痩せていて、不細工ではないけど決して綺麗な女装ではない感じといい、この役がとてもしっくりきていたと思います。
海のシーン、バレエのシーン、非常に美しかったです。汚い物とのコントラストが強く鮮烈でした。